教団を去って、早2日。
何の前触れもなく訪れた突然の別れ。
去り際に向けられたリーバーの悲しげな瞳、痛みをこらえるような声。
とりあえず事情を話したとはいえ、恐らく誤解を解くまでには至っていないだろう。

「はぁ・・・」

は深いため息を零す。
そう、分かっているのだ。自分の行動が、かつての仲間の疑心をますます煽っていることは。
は頭を抱え、心の軋む思いを・・・

「っ〜〜〜!んもぉ!分っかんなぁい!!難解すぎ!!!」

・・・かけらも抱く訳がなかった。




































































ーー仕組まれていた謎ーー




































































手帳の手がかりを調べ終え、残りは線へと繋ぐだけ。
だが、その作業が今まで以上に難航していた。
2日を費やしても、それぞれの謎の意味は分かるが、それをどう繋げればいいかがさっぱりだった。
そして、何か見落としがあるのではないかと、はベラルーシとポーランドの国境、山間の遺跡を訪れていた。
ここには、天使ウリエルがイノセンスを人間に託すに至った経緯と、その際のウリエルの言葉が記されている遺跡だった。

「んー・・・」

遺跡の石文と膝を付き合わせて、3時間。
やはり、見落としはない。解読漏れも見当たらない。
一番怪しいと思っていたここが空振りとなると、やはりあとはひらめきと発想の転換なんだろうか?

(「・・・参った、マジで・・・」)

ガックリと力なくは項垂れる。
これでは、自分の方が先にハゲそうだ。
バクのことを馬鹿にしている場合じゃない。
よし。こういう時は、気分転換だ。
は顔を上げると背後を向き、こちらに背を向けている男を見た。
遺跡の近くには大きな池があり、長年、人の手が入っていない為に大きく育った鯉が悠然とその体を揺らしていた。

「ちょっと、そこで鯉釣ってる浮浪者」
「んぁ?」

監視という名目でついて来やがった為に、こっちも荷物持ちとして使っている男は振り返った。
口元には池で採ったらしい鯉の骨が咥えられている。
目の前で釣った鯉にカブりついたのを見た時は流石に引いた。
ま、これが本当に浮浪者の格好ならば違和感はなかったのだろうが・・・
そんな格好でついて来られるのはゴメンだと、日の目を見たくないならそうしてやる、と脅し忠告してやったのは、屋敷を出る前のこと。

(「コレが三ツ星とかに行ってるなんてね・・・世の中、間違ってるわ」)
「なんだよ?」

なかなか返答がないことにティキが聞き返せば、はそれに答えることなく自分からは距離がある荷物の一角を指差した。
そこには荷物と一緒に、本の山が出来上がっていた。
解読に必要な文献と参考書を山奥まで持ち込んだ結果だ。

「そこにある、一番下の青い本取って」
「へーへー、分かりまーー」
ーードサドサドサッーー

雪崩が起きた。
というか、ティキが面倒くさがって引き抜こうとしたのが原因だが。
おかげできちんと並べられた本が乱雑に散らばった。
そして、本の一番上に置いていたアレクの手帳の綴じ紐も雪崩の衝撃で切れたのか、中身が散乱した。
それを目の前で見せられたは、これでもかと眇めた視線を男に向けた。

「・・・・・・」
「あー、悪い・・・」
「手間こさえやがって・・・こんにゃろ」
「謝ってるだろ」
「あんたに頼んだ私がバカだった」

全く、これでは気分転換どころじゃない。
害された。
盛大なため息をついたは、手帳の中身の紙を拾い集める。
だが、目測15cmに届く紙束は簡単に集まるものではない。
全てを集め終える前に、紙の何枚かが風に舞った。

「ああっ!ちょっと、全部拾いなさいよ!
無くしたら潰すっ!池に落としたら沈めてやるんだからね!」
「わ、わーったよ!」

慌てるの脅迫に、仕方なくティキは空に舞った紙を掴み取る。
他に飛ばされた紙を拾い終えると、手元に視線を落とした。
そこには難解な古文の訳詞やら注釈やらが事細かく書かれていた。一枚だけでなく、拾い集めた全てが同じ感じだ。
内容は全く分からないが・・・

「にして、相当な量だよな。お前もよく解読したな」
「そりゃどーも」

男の素直な賞賛に、は素っ気なく答える。
あんたに褒められても嬉しかない、と思いながらは手元の紙束に視線を落とした。

(「はぁ、バラバラに・・・」)

順番なんていちいち覚えてない。面倒ごとが増えたと、気落ち気味だった。
その時、

「なぁ、この斜めっぽく書いてある印通りに並べりゃいいのか?」

こちらに近づきながら言うティキに、は不機嫌さを隠さずに言う

「はぁ?何寝ボケたこと言ってるの、印なんで付けてないわよ」
「は?じゃあ、これなんだよ」

渡された紙の束をは受け取る。
書類の左側には確かに斜めに走る線があった。
は先ほどの不機嫌な表情と打って変わり目を見開いた。

「これ・・・!」

急いで残りの書類もチェックしてみれば、同じようにあった。
一枚では点にしか見えないが、揃えばきっちりと対角線になる。

(「手帳の綴じしろ側だったから気付かなかったんだ!」)

思いがけない発見に、はバラバラになった紙束の順番を黙々と並び替える。
そして、それを隣で見下ろしているだろうティキに向け、は手帳が新たに導く真実に胸を高鳴らせながら口を開いた。

「ティキ」
「ん?」
「今までのことを水に流したくなるくらいナイスアシストだわ」

初めて見せたの弾んだ声に、ティキは目を瞬かせる。
が、これがちゃんと本人から言われた言葉だと分かると、無意識に口端が上がった。

「お、ようやく仲間に?」
「誰もそんなこと言ってないでしょ」

調子に乗った途端にその勢いを叩き潰され、今度はティキががっくりと項垂れた。









































































(「なんか、おかしい・・・」)

新たな発見をし、早々に屋敷に戻ったは並べ替えた手帳の紙束とにらめっこが続いていた。
並べ替えてみて分かったことがあった。
この順番通りに読み解いていくと、全てが線につながる。
まるで最初から仕組まれているかのようにだ。
もし、受け取った時がこの順番だったら、間違いなく半分、いや三分の一の時間で済んだだろう。
これじゃぁ出来レース。ゲームと同じだ。

「もしかして・・・」

確信に近い推測がどんどん組み上がっていく。
まさか、アレクはすでに全ての解読を終えていた?
いや、そう考えれば辻褄が合う。
でもそれは手帳に記さずに、自分だけそれを知ってあえて回りくどい方法を選んだというのか?
そう言えばあの時、クロスは・・・

ーー『あいつも同じ状況だった』ーー
「・・・・・・あれ?」

ちょっと待て。
そもそもどうしてクロスはそこまでアレクの事情を知っていたんだ?
単に友人だっただけでここまで知れるのか?

「あいつ・・・知ってたって事?」

は睥睨した視線を空中に向ける。
その場にそいつがいれば間違いなく向けていただろう。
それも容赦無く。
もし、そうだと仮定すれは、あいつは知っていながら自分に何も言わずにやらせてたと言うのか?

「・・・なんか、腹立つ・・・」

あいつの思惑通りというのが気に食わない。
まぁ、あの時にヒントをもらったとして、素直に受け止めたかどうかは微妙なんだが・・・
そういえば、あいつの居場所をそろそろ突き止めなければならない。
この真相を確かめるには、直接聞き出すしかない。

「それに、言い逃げさせるつもりはないしね」

ふっふっふ、とは不気味に笑う。
散々、こちらが理解する前に言いたい事だけを言って、あいつのせいで教団を去らざるを得なかった。
そのオトシマエはつけさせてやる。
だが、あいつが身を隠しているような居場所の見当がつかない。
神田からもアレンを見つけたという連絡を受けてない以上、クロスも見つかっていないのだろう。

(「でも、探すって言ってもなぁ・・・」)

世界は広い。
この中から目的の人物一人だけを特定にするには、どうしても金と人手と時間がかかる。
参ったなぁ、とが何気なく手帳を見た時だった。

「・・・ん?」

手帳の縫目がほつれ、中身が見えかけていた。
恐らく、ティキの奴が本を落とした拍子に、切れてしまったのだろう。
後で追加制裁だ、と思いながらは手元に引き寄せる。
と、カバーの中身とは明らかに違う色を認めた。

(「・・・中に何かある・・・?」)

分解してみれば、外革の中にあったのは古びた紙だった。






『お、よくこのメモを見つけたね。さすがは僕の娘だ♪
 これを見つけたと言う事は、真実に近いところまで来たと言う事だね。
 折角だから、一つヒントをあげよう。
 探しモノがあるなら、↓のホテルに行ってごらん。
 ここのオーナーとは仲良しでね、ディナーもイケるよ♪

 アレク


 ローマ ×××ホテル、スイート1960号室』






そのメモを見つけた事で、の推測の一つが確信に変わった。
そしてそのメモを手にし、もしかしたら目的の人物がいるかもしれないことに、にやりと口端を上げるのだった。














































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2013.12.22