「はあぁぁぁ〜・・・」

荒野に重い溜め息がこぼれる。

「まずいよなぁ、結構無理ある出張申請だったしなぁ・・・」

ゴリ押しで通したが、これでは不審がられるのも時間の問題だ。
ズゥとの密かな再会をしてから3週間。
アジア支部から戻り謎解きの手を止め、これまで神田とアレンが任務で派遣された際の報告書を全てひっくり返した。

北米支部襲撃後、アレンが方舟ゲートで神田とアルマをどこかに運んだとリーバーから聞いていた。
方舟ゲートはアレン・ウォーカーが実際に見行った場所に限られる。
それだけだと場所の特定は難しいが、神田とアルマが身を隠すとなれば、神田が勝手知ったる土地である必要がある。
なら、神田の居場所はおのずとその二人が共に任務で行った場所に限られてくる。
報告書の場所をリスト化し、各地のファインダーからそれらしい情報を掴む。
そして、ようやく絞られたのがが今立っている場所だった。

































































ーー捜し人発見、この鈍感野郎めーー


































































南イタリア、マテール。
古代都市たるそこは『神に見離された地』と呼ばれていたらしい。
ここは神田とアレンが初めて組んだ任務で訪れた場所でもある。

「はぁ〜、誇りっぽいし暑ぅ・・・」

目深に被ったフードから、は不満たらたらに呟く。
旅人の噂で、ここの遺跡に何者かが徘徊しているらしい。
それも、3ヶ月ほど前から。
神田が北米支部から消えた日時とも合致する。

(「さぁて、ユウは一体、どこかいなぁ〜」)

とりあえず高い場所から周囲を見回しながら、は目的の人物を探す。
この3週間、ハズレっぱなしだった。いい加減、この辺で当たりくじとなって欲しい。
何より、これ以上のごり押し出張は認められないだろう。
あちらこちらと視線を動かし続ける
そして動くものがないはずのその場所に、歩く何かの影を捕らえた。

「見ぃつけた♪」

はにやりと口端を上げた。

































































廃墟に近い遺跡を歩いていた神田。
が、突き刺さってくる殺気に、一気に警戒を高めた。

(「AKUMAか!?」)

今までの経験から、どんな状況になっても対応できるように身構える。
そして、背後から強まったそれに勢い良く振り返った。
視界に飛び込んできたのは、

「靴?」

ではない。
正確には靴の裏側だ。

ーーメギョッ!ーー
ーーズゴン、ドガン、ドゴォーーーン!!ーー

予想外すぎる光景に避けられず、それが顔面にめり込んだ神田はものすごい勢いで地面を弾み、盛大に吹っ飛ばされた。

「っ・・・くそっ・・・」

パラパラと瓦礫の破片が降り注ぐ。普通の人間なら尸となっている状況だ。
ズキズキと痛む頭を押さえ、神田が悪態をついた。
その時、

ーースタッーー
「お久しぶりですね、神田さん」

瓦礫に埋まるようにしている神田の目の前に、誰かが降り立った。
自分を見下ろすような場所に立っている人物は、神田には見覚えがあった。

「なっ!てめぇ、科学班の・・・」

マントから流れる暗紫の髪、黒ぶち眼鏡からのぞく青い瞳、ぷっくりと熟れた唇。
神田の過去を知り、戦場で共に戦ったあいつに似すぎているこいつに近付きたくなくて、科学班に顔を出す事はめっきりなくなった。
まぁ、普段もそんなに行ってなかったが。

「ジェシカ・・・って、言ったな。なんでてめぇが、ここにいる?」

ドスのきいた声で神田は詰問する。
それにさも震え上がるようにジェシカは俯いた。

「お、怒らないでくださいよぉ」
「答えろ!」
「あの、乱暴はーー」
「さっさと答えーー」
ーードシュ!ーー

文句が止まった。
何故なら、神田の顔の真横。その壁に光の矢が突き刺さっていたからだ。
唖然とした様子でそれを見た神田は、再び視線をジェシカに戻す。
すると、

「調子こいてんじゃねーよ、ユウ」

当人から、そんな言葉を頂戴した。
まるで豹変したかのように、態度が180°違う。
尊大な態度、こちらを見下ろすようなその視線。そして、その手にある光をまとう弓。
格好は違うが、忘れる訳がなかった。

「・・・てめぇ、か?」
「ピンポーン、この鈍感が」

弦月を肩に置いたが、呆れたようにそう言った。


































































さて、まずは状況を理解してもらいましょ、とは神田の腕を拘束し街に向かう。
だが神田が素直に応じる訳などなく・・・

「・・・連れて戻しに来やがったのか?」
「だったら一人で来ないでしょ〜が。そもそも、私は教団に追われてるってこと忘れた訳?
ユウってば、キレてるんだかアホなんだか・・・」
「ケンカ売ってんのか?」
「やーねー、褒めてやってんのよー(棒読み)」
「どこがだ!いい加減、離しやがれ!」
「や〜なこった。逃げられてまた探すのめんどい」
「殴るぞ、コラ」
「こっちにゃイノセンスあんのよ。やれるもんならやってみろってんだ」
「・・・泣かす」
「ほぉ〜ん、組手で一本も取れなかった奴が、生意気言うじゃなぁい?」
「ぐっ!」

無意味で生産性のないやりとりを続けながら、宿屋に到着した。
そして部屋に入って早々、はようやく神田の腕を解放すると、

「よし、脱げ」

と言った。

「・・・・・・は?」

突然の言葉に、神田は思わず固まる。
だがはと言えば、不機嫌そうに眉間に皺を寄せて続けた。

「難聴?いつの間に爺ぃになったの?」
「どういう意味だ!」
「そのまんま」

そう言っては荷物から応急処置に必要な道具を取り出しながら、動こうとしない神田を急かした。

「ほれ、早く服脱ぐ。恥ずかしがる歳でもないでしょーに」
「・・・・・・ちっ!」

が何をしようとしているか意味を計りかねた神田だが渋々、服を脱ぎ始める。
と、

「あ、下まで脱がないでよ」
「脱ぐか!」
「大声で騒ぐな色餓鬼が」
「てめぇがさせてんだよ!」
「あー、はいはいはい。脱いだらそこ座ってろ」

単に服を脱ぐだけの事もスムーズに進まない中、ようやく神田は上半身すべての服を脱いだ。
その左胸には梵字の刻印と、それから伸びるようにアザのような模様が描かれていた。
それを目にしたは、僅かに眉をひそめたが臆する事なく呪符に触れる。
の読めない行動に神田は小馬鹿にしたように呟いた。

「てめぇに分かる訳ねぇだろ」
「・・・・・・」

しかし、神田の言葉が聞こえていないのかから反応はない。
呪符に触れたまま、それから視線を逸らさないでいたに、痺れを切らした神田が語気を強めた。

「おい、聞いてーー」
ーービチッ!ーー
「っ!」
「ちょっと黙ってろ」

強烈な指打では神田を黙らせると、再び視線を呪符に戻した。
そしてすっと両目を閉じると、その身体が淡く光を帯びる。
神田が息を呑むのが気配で分かったが、は続けた。
だが、神田がその身に宿す損傷の深さに、目に見えて眉間の皺を深める。
間を置かず光が消えると、神田は身体が軽くなった感覚にに問いただすような視線を向けた。

・・・お前、何をーー」
「・・・はぁ、付け焼き刃よ。時間がないから用件を済ますわ」

口早に言ったは、必要のなかった応急処置の道具を荷物に戻すと、代わりに厚手の封筒を取り出した。

「何言ってやがーー」
ーービシッ!ーー
「ほれ、それ本部で使ってるゲートの設置地点」

神田の顔面に封筒を投げつけたは事も無げに言ってのける。
こちらの質問には一つも答えがなく、一方的に進む会話。
話の主導権を完全にに握られている神田は、怒りに肩を震わせ顔に張り付いた封筒を剥がし取った。

「〜〜〜っ!てっめーー」
「あとこれ」
ーービチッ!ーー

今度は顔面に黒い何かが張り付いた。
怒りをぶつけるように神田はそれを引き剥がせば、一見、ゴーレムのようだった。

「本部で作られた最新型のゴーレム。探知されないようにした特注の改良品。
何かあったらそれに私から連絡してやるわ」

ベッドに座ったまま、投げやりにそう言った
意味不明なその行動に、神田は問いただそうとしたが、返される視線は『いいから黙って受け取ってりゃ良いんだよ』と言うもの。
しかしというかやはりというか、神田が素直にそうする訳もなく真意を聞こうとその口が開かれる。

「どういうつもーー」
「それと、ズゥ爺が倒れたの」
「!」

のその言葉に、神田は初めて苛立ち以外の表情を見せた。
それをちらりと横目で確認したは、持ってきた荷物を片付けながら続ける。

「ズゥ爺から渡したい物があるって、伝言を受けたからユウを探してた。
会いにきたのはそれだけよ」
「・・・・・・」
「私はユウがどんな道を進もうと構わない。むしろ、誰かに敷かれた道でない今の方が大歓迎。
この伝言は頼まれたからで、どうするかはユウが決めれば良い事だと思うから」

そう言って荷物を片付け終えたは立ち上がると、神田を部屋に残したまま出口へと向かう。

「じゃ、心が定まったら連絡して・・・」


ドアノブに手をかけたを神田が呼び止める。

「エクソシストを辞めたお前がなぜまだ教団にいる?」

その問いかけに、は振り返る。
そして普段のからかうようなそれではなく、自身の正直な思いを口にした。

「私の存在を私が知りたいと思ったから。
そう私が自分で望んだから、まだここにいる」
「どういうことだ・・・?」

ま、普通はそう返すだろう。
は肩を竦めながら続けた。

「どうにも、因縁があるみたいでね。この聖戦とやらとは。
身に覚えがなさ過ぎてハタ迷惑な限りだけど・・・」

神田に言えるのはここまでだ。これ以上言うつもりがない、と行動で示すようには片手を挙げた。

「じゃあね、ユウ」
「待て」

神田の言葉に再びの動きが止まった。
まだあるのかよ、と不満顔でが振り向くと、

「連れていけ、アジア支部に」
「支部?ズゥ爺ぃの所じゃなくて?」
「そうだ」
「・・・その吐いた言葉の意味、分かってるのよね?」

質したに返されたのは無言。だがそれは、返答に窮したからではない。
心を定めた者が向ける、決意の湛えた真っ直ぐな瞳がに突き刺さる。
言葉より雄弁なそれに、部屋に深々とした溜め息が響いた。

「分かった。
いろいろ準備する必要があるから、3日後また連絡する。それまでに身支度整えといて」
「ああ・・・」

短くそう答えた神田は、脱ぎ捨てた服を拾い始める。
その様子を見ていたの口が不意に動いた。

「ねぇ、ユウ・・・もし・・・」

もし、元を正したとして。
この状況を起こしたのがもしも私だったら・・・

















































ーー私を赦さず、殺してくれるだろうか?ーー


















































「あ?何か言ったか?」

神田の言葉には、はっと我に返った。

「なんでも。じゃぁね、ユウ」
ーーバタンーー

廊下に出たは、扉に背中を預け息を吐いた。

(「どうして、そんな風に思ったんだろう・・・別に、自殺志願者でもないっていうのに・・・」)

胸に広がるのは、後悔と謝罪。どうして、私はそう思ってしまったんだ?
だがその問いに答えるものは誰もいない。
はそれ以上考えるのやめ、重い身体を引き摺るように帰路についた。













































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2013.11.4