パリより帰還した翌日。
書きかけの報告書を手にしたアレンは、仏頂面をした同僚に声をかけた。
「科学班に行きますよ〜、神田」
「・・・・・・」
しかし、返されたのは無言。
いつもでもあればわざわざ声をかけなくとも一人で行くというのに、アレンには神田が行くことを渋っているように見えた。
「不機嫌ですね、行きたくない理由でもあるんですか?」
「・・・いけ好かねぇ奴がいるんだよ」
「科学班に?いましたっけ、そんな人・・・」
んー、と考え込むアレンだったが、神田は盛大に舌打ちをついた。
「詮索すんじゃねぇ、モヤシ」
「アレンです」
ーー明らかになる謎ーー
科学班に到着し、同じく現場にいたジジに話を聞きに来たアレンと神田。
しかし、聞きたい話が聞けないことで、喧嘩腰のやりとりとなっていた。
その時、
「ジジさぁ〜ん、2班から追加のテントウムシの解析結果、持ってきましたよぉ〜」
顔の高さまである書類を抱えたジェシカがやってきた。
いかにも貫徹してます、なジジらとは違い、健康的な顔の
。
ま、それもそのはず。
伊達に十年以上のエクソシストをやってきている手前、体力気力もインテリに劣るなんどとは思っていない。
まぁ、みっともない姿を晒したくない意地もあるのは秘密だ。
そして、乱雑になっている机の中でも、まだ書類の山を置けるスペースに
は持ってきた書類を積み上げた。
ーードサッ!ーー
「ふぅ・・・」
「おぅ、ジェシカ!ちょうどいい、代わってくれ」
「はい?」
いきなり投げらた話に、
は首を傾げた。
一体、何を代われと言うのだ?
「解析のお手伝いなら、私では役に立ちませんよ?」
「ちげぇーよ。こいつらの相手だ、こいつら」
試験管を振りながらジジは親指でその場にいたアレンと神田を指した。
「?あの、相手って・・・」
「お前、孤児院の前で倒れたとき、衛兵と話してたろ?
こいつらに名前とか教えてやれ」
なんだそういうことかと、
はようやく話が飲み込めた。
しかし、ジジの言葉を聞いた神田はさらに不機嫌になると、その場から歩き去った。
「ちっ!俺は帰る」
「あ!ちょっと神田!報告書はどうするつもりですか!」
「知るか!そんなトロい奴の話なんざ聞けるか」
本人を前にそう言い捨て、神田は肩を怒らせ姿を消した。
その後ろ背を見送ることになったアレンは、しょーがないなぁ、と呟き
に向き直った。
「すみません、失礼なことを」
「いえ、気にしないでください」
にっこり、と笑って
は返す。
ジジからさらに追加の解析書類を渡された
は、それを抱え歩きながらアレンと話を続けた。
「倒れったって大丈夫なんですか、ジェシカさん?」
「ええ。ちょっとめまいがしただけですから」
結局、あの不自然に心臓が跳ね上がった原因は分からなかった。
本部に戻り、リーバーに引き摺られるように連れて行かれた医療班で検査を受けてもなんら異常は見つからなかった。
だが、異常なしと言うにはあまりにも不自然だったので、リーバーには貧血だったみたいだ、という言い訳をしたのは今朝早くのこと。
それにしても、アレンがこうまで紳士的なのがどうしても解せない。
なんだって、あれの弟子がこうなるのか・・・
(「いかんいかん、変なこと考えるのはよそ・・・」)
「こほん、お力になりたいのは山々なんですけど、私もその人達とはお話してませんし、名前も知らないんです。
リーバー班長に聞いた方がいいと思いますけど?」
「そうですか」
はぁ〜と、気重にため息をつくアレン。
どうやら、報告書に相当苦労しているようだ。
気分を変えるように、
は神田の話を持ち出した。
「私、神田さんに嫌われてるみたいですね」
「気にしないでください。神田が短気なだけですから」
(「歳に似合わずできる気遣いとか、ホント紳士だなぁ」)
アレンの言葉に、思わず
は感心する。
どこぞの男は貴族な格好しても全くそんなことが出来ないというのに。
ま、敵だった奴に紳士を求める気もないのだが。
そう思いながら、
は先ほどの神田を思い出した。
あの苛立ち様。顔を合わせた時の事も合わせれば、なんとなく理由は察しがついていた。
(「ま、見た目が似てるってのも気に食わないんだろうしね」)
教団を飛び出した奴にクリソツな奴が目の前に現れ、しかも態度も雰囲気も違えば嫌でも重ねてしまうのだろう。
神田とはエクソシストとして戦場で顔を合わせる機会が圧倒的に多かった。
AKUMAと戦っている姿しか印象がないだろう。
それなのに戦う力を持たない、あいつ風に言えばサポートしかできない、戦場で見た同じ顔が科学班にあるのが受け入れ難い。
そういうことなのだろう。
(「まだまだ餓鬼だなぁ・・・」)
ふぅ、と
は小さく息を吐いた。
と、
「それにしてもあの緋装束の人・・・」
小さなアレンの呟きを、耳敏く拾えば
は聞き返した。
「アレンさんはあの人達が気になるんですか?」
「あ、いや・・・」
言葉を濁すアレン。
戦いの現場を見ていなかったので、孤児院の中で何があったかを
は知らない。
そもそも、あの時はそんな事を気にかける余裕すらなかった。
だからこそ、今は情報が必要だった。
は、隣にあるアレンの顔を覗き込むように見上げ、
「良ければ相談に乗りますよ?
頼りないとはいえ、これでも科学班にいるわけですから。
何かヒントになるお手伝いができるかもしれませんし」
人畜無害な笑顔を向ける。
それを正面から受けたアレンは、僅かに頬を染めた。
あ、こういうのは年相応だ。いじり倒したくなるが、今は我慢。
暫くして、アレンは意を決したように口を開いた。
「・・・そうですね、仲間であるジェシカさんに隠すことでもないですし。
実はあの人・・・AKUMAを倒したんです。それもイノセンスを使わずに」
「!」
はアレンの言葉に、思わず目を見張った。
科学班に戻り、追加の書類を届け終えた
はアレンをリーバーの元へと送り届けた。
そして、そのリーバーからマリに検診の連絡を届けてくれという新たな仕事を頼まれた。
使いっぱかよ、と内心突っ込んだが、げっそりとした寝不足顔で言われては断ることも憚られ、引き受けることにした。
そして、実は医療班からは引き摺ってでも連れて来いと言われてたんだと、苦笑するリーバーに
は乾いた笑みしか返せなかった。
(「にしても、イノセンスを使わずにAKUMAを破壊?
そんなことが、できるの・・・?」)
歩きながら
は一人、考えていた。
アレンから聞いた話はにわかには信じがたい。ま、嘘を言ってるとは思ってないが。
かと言ってさらに詳しい話を、と同じ現場にいた神田から話を聞ける訳もない。
今は気付かれていないが、接触は極力避けた方がいい。
それ以前に、向こうは話すらしたがらないだろうが。
悶々と考えながら、
はついでに食事も済ませようと食堂に寄った。
そこでリナリーからマリは修錬場だとの情報をもらい、
は目的の場所へと向かう。
そして、修練場に着いた時だった。
ーードガアァン!!ーー
(「なんだ?」)
かなりな騒音に、
は音の元へと歩み出す。
野次馬の一人となった
が見たのは、イノセンスを発動したアレンが頭から血を流し、マリに介抱されている姿。
そして、対峙するように3人の緋装束。
(「!あれはこの間の護衛と同じ・・・」)
そのうちの一人、かなり体格がいい男の腕が、異様な形となっている。
は成り行きを見守る。
しばらくすれば、男の腕は元に戻った。
そして、その隣にいた髪をサイドアップにした男の言葉に
は血の気が引いた。
「我らは人体生成により半AKUMA化した第三エクソシストゆえ、イノセンスを受けつけぬのです」
そう言ってその男は、笑った。
「何卒、ご容赦を」
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2013.10.14