新本部への引っ越しの前日。とても冷たい雨が降っていたその日。
殺しても死なないと思っていた奴が、消えた。
ーー別れと出会いの雨ーー
「なぁ、聞いたか?」
「まさか、あの人がな・・・」
「おい!それには緘口令が敷かれていただろ」
「誰も聞いちゃいないって」
「あぁ。研究員の受け入れは明日からに変わったんだしよ」
「今いるのだって、旧本部の数人だろ?」
「そうそう」
「にしても、どうなるんだ。この戦争は・・・」
声を潜める会話をしながら、中央庁の衛兵はぞろぞろと歩き去って行った。
そして、人の気配が消えたそこに柱の影から白衣をひっかけた一人の女性が現れた。
「・・・・・・」
今し方、聞いた会話が信じられず、
は動けなかった。
(「・・・どういう、こと・・・」)
クロスが消えた?
それも致死量以上の血を残して?
断罪者を残した上、適合者でなくなった?
あいつほどの奴を一体誰が襲撃したんだ・・・
「・・・よし」
は歩き出した。
クロスの安否は置いといて、その現場を見ておきたい。
そして歩き回ること数十分、これ見よがしに『立入禁止してます』的なとある部屋の前で警備にあたっている中央庁の衛兵が立つ部屋を見つけた。
(「あそこか・・・」)
物陰から伺った
。
数は二人。エクソシストとしてなら実力行使で簡単だが、それは今はできない・・・
はシャツの中に隠すように首から下げていたクロスを取り出して、意識を集中させた。
(「弦月、発動」)
薄暗い中、ほのかな光を放ったそれは弓へと変わる。
そして、それを衛兵とは反対の、かなり距離がある窓に向け立て続けに放った。
ーーガシャーーーン!ーー
『なんだ!?』
『あっちからだ』
『でも、持ち場を離れる訳には・・・』
『馬鹿野郎!状況確認しないままじゃ長官になんて言われるか分からないぞ』
『そ、そうだな』
走り去る足音を聞いた
は、物音をたてることなく、するりと目的の部屋に入り込んだ。
部屋に入った
はその場で隅々まで見渡す。
そこにあったのは、あいつがいた痕跡。
あいつが使っていたコロン、愛煙していたタバコの匂い、飲みかけのワイン、置かれたままのグラス。
そして、
「・・・へぇ、ホントにやられたんだ」
床にある真新しい、確かに致死量以上の血痕跡。
窓にもそれは飛び散り、そこから落ちたとばかりに割れていた。
そして、窓の桟。
いつも半顔を隠していたあの仮面も割れ、血がついていた。
跳ね上がりそうになる鼓動を宥め、
は窓に近づくと、膝を折った。
(「右米神に一発。
部屋を見ると、招き入れてこうなったってか?もしくは、脅されーーいや、それはないか」)
天上天下唯我独尊なあんな奴が、脅される相手を生かして置くわけがない(酷)
それにこれだけの出血量、普通の銃で撃たれたものじゃない。
何より、あいつに普通の銃が効くかどうか微妙だ。
・・・まさか、ノア?
(「いや、私を仲間に引き入れたいならわざわざそんなことするとは思えない」)
はすぐにその考えを打ち消した。
そもそもノアの能力をもってすれば、このようなことせずに見せしめるようにするだろう。
先の元帥狩りがいい例だ。
それに、あれだけの図体の奴が着弾の衝撃で窓に頭を叩きつけている。
(「相当な大口径か、それとも・・・」)
そこまで考えた
は、はた、と考えを止めた。
何か、ひっかかる。
なんだ?
(「・・・そうだ、クロスはどうしてイノセンスの適合者でなくなったんだ?」)
致命傷如きで適合者じゃなくなるなんて聞いたことがない。
それに断罪者
の適合者でなくなったなら、もう一つの方はどうなった?
神の使徒でなくなったのなら、もう一つも残ってなければおかしくないか?
まさか、と
は割れた窓を見た。
(「・・・まさか、断罪者で?
でも適合者が使っているイノセンスを他の誰かが使えるなんて話し、聞いたことないけど・・・」)
いくら考えても、分からない。
「ったく、調べる事が多いってのに・・・」
薄暗い部屋での呟きは、あっという間に静寂に消えていった。
数時間後、
はリーバーに連れられエクソシストの一団に紹介を受けた。
「はじめまして、ジェシカ・キャンベルといいます」
そこに居たのは、自分にとっては皆知ってる顔。
・・・ま、名前は微妙だけど。
「こんにちは。僕、アレン・ウォーカーです」
「リナリー・リーよ。よろしくね」
「どーも、ラビっす」
「よろしくお願いします」
儚げに挨拶を返す。
演じるは物静かで気弱な一研究員。今の所、バレた様子はない。
そして、
はチラリと視線を移した。
そこには顔を強張らせている、パッツンポニテがこちらを凝視していた。
「・・・あの、何か?」
「この人は神田。口が悪いけど、あんまり気にしないでね」
「そうなんですか・・・よろしくお願いしますね、神田さん」
小首を傾げて、
はさも初対面を演じる。
目に見えて、神田は不機嫌になっていくのが分かった。
ホント、こいつはウルトラ短気な奴だな。
「・・・ちっ!くだらねぇ、こんなことで呼ぶんじゃねぇ」
「あ!神田、どこに行くんですか」
「うるせぇ、モヤシ」
「アレンです」
苛立ちをぶつけ合う二人を
は横目に見る。
(「この二人、いつもこんなんなの・・・」)
餓鬼の喧嘩だ。要は似た者同士ということだろう。
歩き去って行く神田に、騒ぐアレンを宥めているリナリー。
そして、エクソシストの紹介は続く。
「あ、あの・・・ミランダ・ロットー、です」
「わざわざありがとうございます。よろしくお願いします」
にっこりと笑えば、向こうも慌てたように礼を返す。
おどおどさは初めて会った時と変わっていないが、少しは自分をしっかり持つようになったように見えた。
次はトサカ頭と、初めて見たオールバックに髪を結った青年。
ブックマンはコムイと話をしているため不在だそうだ。
そして、最後の人物に
は歩み寄った。
「マリさん、ですよね。これからよろしくお願いしますv」
「あ、あぁ・・・」
ぎこちなく返答を返してくるマリ。
この中で、唯一
の正体を知っているのは彼だけだ。
(「嘘つくの下手だなぁ・・・」)
は笑顔を装いながらも、内心では舌打ちをつく。
と、足がもつれたふりをしてマリにぶつかってみた。
「きゃぁ!」
ーードンッ!ーー
慌てたマリだが、しっかりと
を受け止める。
「大丈ーー」
「もっと普通にしてもらえる?何の為にマリに話したと思ってんのよ」
小声で素早く
は耳打ちをする。
それに固まるマリだが、
は体勢を立て直すと、再び猫を被った。
「ごめんなさい、マリさん。足がもつれちゃって」
「・・・いや、大丈夫か?」
「はい、勿論v
マリさんも大丈夫ですよね?」
何が、とは言わずとも
の声音からその意思をマリは汲み取った。
「あぁ、善処する」
「ふふ、よろしくお願いしますね」
「?」
噛み合わないような二人の会話を、リーバーは首を傾げながらも、聞き流すのだった。
Next
Back
2013.10.14