「自分の正体を知りたいんだろ?なら俺らの所に来いよ。
千年公も話すっつってるぜ?」
「お断りよ」
ーー落ちこぼれティッキーの勧誘道中、その3:コネクションを使ってみるーー
スペイン、バルセロナ。
サグラダ・ファミリア教会を横目に、カフェで一息ついていれば、性懲りも無く現れた男にはバッサリと切り捨てる。
しつこ過ぎて、もはや追い返すやり取りも無駄だと、その時間を手帳の中身の調べ物につぎこんでいた。
「まぁまぁ、そう固いこと言うなって」
ーーぺらッーー
「?」
手帳を隠されるように、差し出された紙。
仕方なく、は顔を上げた。
「何これ?」
「気が変わったらここに来いよ」
見るとはなしに見てみれば、書かれてあるのは人の名前、住所に最寄り駅からの簡単な地図。
まさか、ノアの隠れ家か?
「教団にこの情報渡すかもよ?」
「渡した所で、奴らには何もできないさ」
どういうことだ、とばかりに怪訝な表情を浮かべたは今度はしっかりと紙を見る。
そして、書かれた名前にすぐに反応した。
ファーストネームが、同じ事はままある。
だが、それがファミリーネームとセットとなると・・・
「ちょっと・・・これって、この国の外務大臣の名前じゃない。
どういう伝手?まさか国の中枢まで伯爵の手が入っているっていうの?」
「それ以上はノーコメントだ。仲間になるなら話は別だけどな」
口端を上げるティキに、の目が据わる。
「あんた、馬鹿?相手の事も分からないのに仲間になれとは、どういう了見よ。
味方なら手の内を見せろ」
「口が達者だ」
「ついでに頭も良いから、誰かさんと違って」
「悪かったな・・・」
だんだん話の主導権がに握られていく。
以前もそれで言いくるめられていたティキは、仕切り直すように当初の話を繰り返した。
「こちらに付く方が利口だと思うぜ?」
「なら力尽くでやれば?今までそうしてきたんだから」
「姫相手にそれはできんの知ってて言ってるだろ・・・」
「気色悪い呼び方、やめろって言ってんでしょ。
私はこれから確かめなくちゃいけないことがあるの。これ以上付きまとうなら、覚悟してもらうわよ」
「なら、来ない理由くらい教えろよ。納得できたらそれを千年公に伝えてやる」
ティキの言葉に、なんであんたに・・・、と思っただったが、付きまとわれなくなるならそれくらい教えてやるかと思い直す。
「千年伯爵にノアが雁首揃えてるところに、一人でほいほい飛び込むほどバカじゃないの。
いくら私が強くてもね」
「うわぁ、自分で言っちゃう?」
「現に返り討ちにあってる奴がいるしね」(「覚えてないけど・・・」)
「ははは〜」
はカップに手を伸ばす。
これ以上、こいつと話すことはない。まだ居座る気なら、今度は実力行使するまで。
優雅にコーヒーを傾けながら、ティキの返答を待つ。
そして、
「なら、俺の屋敷に来るか?」
「・・・は?」
どうして、話がそんな方向に行くんだ?
「シェリルんとこは確かに、千年公も他のノアもいる。
でも俺の屋敷なら、俺以外に誰もいない」
ま、使用人のAKUMAはいるけど、とティキは言い添える。
それを聞いたは、今までティキに見せたことのない憐れみの表情を浮かべた。
「今まで聞いた中で、一番聞くに耐えない冗談ね。
それとも、ノアってみんなそんな残念な思考回路なのかしら?」
「失礼な奴だな。こっちは親切心で言ってやってんだぜ?
「親切心?人を殺そうとした奴が?」
「まぁ・・・あれは勢いだから気にするな」
「なら、その勢い、ここでやってやりましょうか?」
「調べ物っつっても、拠点があった方がいいんじゃねぇの?生身の人間なんだからよ、一応」
こいつ、話を強制的に逸らしやがった。
本当に何を考えているんだ、この男は?
しばらく睨みつけていたは相手の思惑が全く掴めないことに、思わず疑問が口をついた。
「・・・分からないわね」
その言葉に、何が?とばかりにティキが目を瞬く。
「貴方がそこまでする理由がわからない。
伯爵からは是が非でも引き入れるよう命令されているんじゃないの?」
「まぁ、な」
「それなのに自分の立場が悪くなることをするのは何故なの?」
「簡単な事だ。あんたに興味があるんだよ」
「私はないし」
「あんたの行動は見てて飽きないしな」
その答えも、なんだか釈然としない。
そして、はほんの気まぐれを起こした。
何故かは分からない。
ただ・・・そう、前から気になっていたことをこの時、口に乗せる。
「ねぇ、貴方・・・本当にノア?」
「は?」
藪から棒のの問いに、当然ながらティキは疑問符を返す。
江戸へ行く前。
まだベッドで絶対安静を言い渡されていた時、アジア支部の周囲で起こっていた詳細を聞いた。
咎落ちしたエクソシストのこと、その末路。
そしてそうなるに至るまでのやり取りが記録されたゴーレムの映像も。
「貴方はやることから言動に至るまで他のノアと違う。
人間を虫けら同然視もしなければ、敵であるエクソシストに慈悲まがいなことまでする。
どうしてそんなに人間臭いの?」
だからだろうか?
普段なら、敵である相手に自分は容赦ないことを自覚している。
その最たるがAKUMA。
どのようにカムフラージュしていても、潜んでいても、なんとなく感じ取り躊躇いなどなく破壊できる。
なのにこの男にはそれがないのだ、AKUMAと同じ側にいるというのに。
伯爵やロードと対峙した時とは違う何かが、ストッパーになっている気がした。
は答えを見つけ出すように、ティキの瞳を真っ直ぐ見つめ返す。
すると、それまで黙っていたティキが口を開いた。
「そういうあんたは、人間か?」
思いがけない返しに、の方が面食らった。
(「何、当たり前のことを聞いてるんだ、こいつは・・・」)
やっぱり、ノアって残念なんだ。
と、が結論づけようとしているところに、ティキは続けた。
「目的の為なら平気で教団を抜け、追手であるかつての仲間にも容赦ない。
それに、敵であるノアが目の前にいてもなぜ殺さない?
やることが俺ら寄りだぜ」
あぁ、私の振る舞いのことを指していたのか、と納得した。
だがつい先日、のこのこやってきた追っ手の鴉を返り討ちにしたことが含んでいたことに、ティキへ返す視線を細める。
「覗き見も趣味な訳?」
「あんな派手に暴れてりゃ、嫌でも目に付く」
「つーか、鴉は仲間じゃないし」
「たいして変わらねぇだろ」
まぁ、そこは反論できない。
しかし初めて聞かれた、『人間か?』など。
そのようなこと、考えたこともなかった。
自分は戦う為の単なる道具、駒の一つとしか思ってこなかったから。
ただ、自分の前を阻むものを排除してきただけ。
だが、ここにきていろいろ周囲の状況が変わってしまった・・
「さて、ね・・・だから調べたいのよ。
自分という存在が何なのかを。それがはっきりするまで、伯爵側に行くつもりもないし、教団に協力するつもりもない」
自分の気持ちをはハッキリとティキに告げる。
そして、再び手帳へと視線を落とした。
の意志を聞いていたティキは、の口にしなかった言葉をわざわざ声にして聞いた。
「中立を取ると?」
「そう聞こえなかった?」
視線すら上げずには言い捨てる。
「ならその自分が分かったとして、期待通りの結果じゃなかったらどうするつもりだ?」
「私は結果に期待も不安も持ってないわ。はっきりさせたいだけって言ったでしょ」
「で、はっきりさせたら?」
「あー、もう!しつこいわね!」
ーーバンッ!ーー
ペンをテーブルに叩きつけたは苛立ちの視線を目の前に返す。
「伯爵側に付くべき存在ならそうするのかって、そう聞きたいわけ?」
「そうそう」
そうそう、じゃねぇ。
本当にめんどくさい奴だな、と睨みつけていたは迷うことなく、だが素っ気なく即答した。
「Yes・・・かもね」
(「状況にもよるだろうけど」)
とは言わずに、思うだけに留めた。
その答えに、目の前に座っていた男は笑った。
「なら、協力すれば仲間に引き入れることになるな」
「好きに解釈したら?」
分かったら帰れ、とばかりにはしっしっと手を払う。
(「ま、私は仲間になるなんて肯定の一つも返してないし〜」)
解釈の違いはいつの世もあることだ。
相手が間違ったままだからといって、がいちいち訂正してやる必要もない。
まして、こいつにそんな義理もない。
「くっくっくっ、ホント面白い奴だな」
頬杖をついていたティキは笑う。
どちらにも狙われていることを分かった上で、あえてどちらにもつかないの答え。
「どう転ぶが見てみたくなった。協力してやるよ」
すぐではないにしろ、仲間になる可能性がないわけでないことを確認できた。
千年公からは敵なら削除しろと言われていた。
そうでないなら、仲間に引き入れる方向でと指示されていたのだ。
(「でもこの女、分かってるか?」)
自分で言ったそれは、みずから孤立の道を選んでいるといことに・・・
ティキの言葉を受けたは、しばらく黙っていたが面倒そうに溜め息をついた。
「仕方ないわね。そこまで私に協力したいならあんたの屋敷に行ってやるわ」
「・・・まぁ、誘ったのは俺だけどよ・・・」
の態度に、ティキは不満気な腑に落ちない表情を浮かべる。
どうして仕方なく彼女が行ってやる事になってるんだ?
話の主導権を握っていたのはこちらだったはずなのだが・・・
まぁ、今はいいか、とひとまずそれを横に置いたティキは、散乱した紙を片付け始めたに聞いた。
「で?どうやって調べるつもりなんだ?」
「なんであんたに言わなきゃなんないの?」
「中立を望む奴のスポンサーなんだぜ?それ位ーー」
「頼んでないし。勝手にそっちがやらせてくれって言ったんでしょ」
「え?やらせてくれなんて言ったの、俺?」
そんな事、一言も言ってない。
到底、納得できていないティキだったが、準備の整ったは鞄を肩に掲げ、さも当然顔で言った。
「私を招くんだからそれくらい当たり前でしょ」
「・・・なんて横暴な・・・」
≫≫結果、なんか良いように丸め込まれたような気がする・・・
>余談
「ほら、さっさと馬車呼んで」
「んな事より、この間の25ギニーって、どういうつもーー」
「スポンサーなんでしょ?それくらいの端金、払えんでしょ」
「はぁ!?いや、むーー」
「男のくせに、無理なんて言わないわよね?ティキ・ミック卿?」
「うっ・・・」
「知り合いに外務大臣がいるんだもの、頭下げてきたら?」
(「それをしたくねぇんだよ・・・」)
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2013.10.14