支部に戻ったは、ばたばたと研究員が走り回る中、バクの姿を見つけた。
近くにあの白いエノキ少年の姿はない。
「あの子は行ったの?」
「あぁ。30分前位にな」
「あっそ。へぇ〜、これが方舟・・・」
聖書に書かれているものからは、てっきり船の形を想像していたのだが・・・
まったくこちらの想像が追いつかない代物だ。
しばらく方舟を見上げる。
んー・・・あれ?
なんか言わなければいけないことが、あったような気が・・・
そして、はた、と思い出した。
「あ・・・・・・忘れてた」
「ん、どうした?」
どんどん上がってくる報告書を捲りながら、バクが隣に聞けばは思い出した事を口にした。
「AKUMAから方舟の話、私も聞いてたから恐らくもう一つあるはずよ」
聞かされた言葉に、バクをはじめ周囲の研究員が硬直した。
そして、いち早く復活したのはやはりバクだった。
「な、何ぃ!?どこだ!どこにある!!」
「大声出すな、煩い」
「出させているのはお前のせいだ!」
「あー、はいはい。確か・・・このゴーレムが案内してくれるって話しだったかな?」
ーーうっかり忘れてたーー
蝶型ゴーレムの案内で辿り着いたのは南地区、支部の入口に近い所だった。
「で?何て言われた?」
「ノアが江戸で私を待ってるってだけ」
「ふむ・・・判断材料が少なすぎるな・・・」
大量の機材が運ばれている中、バクは考え込む。
バクに答えたは、視線を方舟に戻しそれを見上げた。
方舟の端には、あのゴーレムが止まって羽を休めている。
まるで、さぁどうする?とばかりにこちらの答えを待っているようだった。
「・・・バク、私行くわ」
「は?」
突然、言われた言葉にバクはぽかんと惚けた。
が、その意味を理解すると、
「はぁ!?待て待て待て!ウォーカーと同じとは限らないだろう!
しっかり調査してからじゃないと!」
「必要ないわよ」
「どうしてそこまで急ぐ?まだ病み上がりな事に変わりないんだぞ!」
どうして?それを聞くか・・・
借りを返しに、なんて言ったらまた口煩く反対されるだろうな。
殴り込み、でも同じか。
うーん、とは考え込む。
と、ぴん、と尤もらしい口実が思いついた。
は片頬に手をつくと、憂い顔で息を吐いた。
「だってぇ〜、他のエクソシスト達が心配じゃない?」
「・・・・・・は?」
バクを筆頭に周囲の皆が、再び唖然と固まってを見た。
それに物怖じすることなく、当人はにっこりと笑い返す。
「あら、何か?」
「べ、べ、別に・・・」
周囲はコレでもかと言うくらい、あからさまにから視線を逸らした。
相手の心情が手に取るように分かっていただが、自分の為に用意されたという方舟に視線を移した。
頭に響く、あのAUKMAの声。
ーー『再会の舞台は江戸に移す。今度は隠し球無しで会えることを楽しみにしている。エクソシスト、・』ーー
(「隠し球・・・私が意識を失っている間の事を、向こうは何か知ってるってことか・・・」)
知りたい、と思った。
何より自分の身に起こった事が分からず苛立っているのに、向こうは訳知り顔なんぞプライドが許さない。
は落ち着かせるように深く息を吐くと、くるりとバクに背を向けた。
「じゃ、着替えてくるから。本部には話通しておいてね〜」
「おい、
!待て!!」
呼び止める声に止まる事なく、は自分の部屋へ颯爽と歩いていった。
再び、は方舟の前に立った。
その身には団服を纏い、普段下ろしている髪は一つに結われている。
ーーキュッーー
「じゃ、行きますか」
最後の身支度である、手袋をはめ終えたは方舟を見上げた。
その背中に、説得するような声がかかる。
「、やはりもう少し・・・」
「諄い。あの少年だって行ったんだから文句言わせないわよ」
バクにキッパリとは言い捨てた。
もう何を言っても無駄か、と諦めたバクはため息をついた。
「はぁ・・・本部から許可を貰った。恐らく、もうそろそろーー」
『ハロー、聞こえるか〜い、ちゃ〜ん』
バクが言い終わるのを待たず、イヤリング型の通信機から明るい声が飛び込んだ。
それが誰か分かったは淡々と答えた。
「久しぶりね、コムイ。妹は貴方と違って随分可愛いわね」
『リナリーに会ったのぉ!そうでしょそうでしょ〜
リナリーは〜、なんたってーー』
「シスコンの話を聞かされるなら切るけど?」
『ごめんごめん。じゃあ、方舟に入ってもらうけど、僕の指示に従って貰うからね』
本部室長たる姿を取ったコムイの声に、はしばし口を噤んだ。
そして、
「コムイさ・・・」
『うん?』
「私があんたの言う事、聞くと思ってる訳?」
呆れたように言い返した。
すると、向こうもそれを承知していたように笑い声が返った。
『あははー、言ってみただけ〜。
君の唯我独尊ぶりはなんたって、クーー』
「コムイ?その先言ったら、あんたの持ってる妹コレクション、消し炭に変えるわよ?」
『ごめんなさいっ!!』
こんなんで本部室長なんだから、この戦争の成り行きに不安になるバクの気持ちも分からなくはない。
しかし、コムイが誰よりも自分達、エクソシスト寄りだと言う事をは十分すぎるほど知っていた。
「無駄話はこれくらいでいい?そろそろ方舟に入りたいんだけど」
『うん、じゃ行ってみようか』
コムイの合図で、は方舟に向き直る。
そして足を進ませる前に、肩越しに振り返った。
「じゃ、行ってくるわ」
「戻ってこいよ、」
「ご武運を・・・」
心配症の顔馴染みからの声には不敵に笑い返し、片手を上げるとその姿は方舟の中に消えた。
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2013.9.29