意識を取り戻したはまず飛び込んできた光景に、文句が口をついた。
ーー何かとんでもないことが起こったようです・・・ーー
「・・・管、多っ・・・」
自分から伸びる点滴や器材から身体に繋がる管やらコードの多さにがうんざりと呟く。
すると、足元近くから声が響いた。
「目が覚めたか?」
視線を向ければそこにはバクがいた。
手にしたファイルを閉じると、枕元近くにやって来た。
頭がぼーっとする、麻酔のせいだろうか。あれから何時間経ったのだろう。
「・・・何時間、経った?」
「12時間だ、まだ絶対安静だぞ」
その言葉に、ふ〜ん、と聞き流した。
そしてだんだんとはっきりしてきた思考にバクに疑問をぶつけた。
「調査の方は?」
「あぁ、それなんだが・・・」
傍の椅子に腰を下ろしたバクは、再び閉じたファイルを開き視線を落とした。
「結論から言って、まだよく分からん」
「は?」
「ゴーレムの解析を進めてはいるんだがな。いくつか確認したいことがある」
そうバクは言うと、持ってきたゴーレムの映像をに見せる。
見せると言っても、そこには何も映っていない。
それはがティムの映像を自分のゴーレムに記録したものだったのだから当たり前だが。
「ノアとの戦いで意識を失った後の記憶はないのか?」
「ええ」
「何か覚えていることは?」
そう聞かれ考え込むは記憶を辿る。
「そういえば・・・」
「なんだ!?」
「光を、見た気がした」
「光?」
あの時を事を思い出す。
あいつの腕が気道を塞ぎ、体内の酸素が細胞に食い潰され、視界が狭まっていって・・・
「意識が遠くなって・・・目の前が真っ暗になる直前、小さな光を見た気がした。
それがイノセンスに関係あるかどうかは分からないけど」
抽象的なの返答に、バクは考え込む。
しばらくして再び質問を重ねた。
「ふむ・・・他には?」
「ゴーレムが記録してた会話に覚えはない。
それに、英語でも中国語でもないあんな言葉、意味分かんないし喋れないし」
「あれは古代ギリシャ語だ。それもまだ解明されてない最古の遺跡で発見された、な」
「・・・良く分かったわね、そんな事・・・」
「本部の科学班班長は言語学が専門でな。それに近いものだと言っていた」
「さすがは世界一のインテリ集団・・・」
思わず賞賛してしまった。
だが、むくむくと疑問が鎌首をもたげた。
「・・・ってことは、何?私が無意識にそんな言葉使ったっての?」
いくらなんでも博学すぎる。
自分を褒めてあげるのは嫌いではないが、できない事をできると思えるほど、痛い子ではない。
「そこは調査中だ」
「なら、身体にあったはずの傷の方は?こんな怪我ノアと戦った時、負わなかったし」
「それについては、一つの仮説がある」
バクの言葉には耳を傾ける。
そこにあるのは普段のからかわれる相手と弄ぶ相手ではなく、支部長と一エクソシストだ。
「近くに村があったろ?」
「ええ」
「イノセンスの暴走で、瓦礫の下敷きになった村人が多数見つかった。
が、何故かお前が戦った場所付近にいた村人は傷一つなく発見された」
「は?それって・・・」
どういうことだ?
まさかと思うが・・・
「何らかの要因で、その村人の怪我をが引き受けた可能性があるってことだ」
「・・・冗談じゃないわよ・・・」
誰が好き好んで、他人の傷を引き受けなければならないんだ。
とんだおとぎ話だ。それがリアルだなんて余計に笑えない。
「だが、村人の出血部分と、の負傷箇所が一致してる。その可能性は大、だな」
「はぁ・・・」
「それと、もう一つ」
「まだあるの?」
「これが一番不可解だ。負った怪我だが、どうみても致命傷だった」
「・・・・・・はぁ?」
おかしいだろ。何故、過去形になってる?
いや、過去形であっているのか?でも使われた言葉が意味不明だ。
「四肢の複雑骨折から始まり・・・あー、脊損14箇所、硬膜下・クモ膜下出血、片肺は潰れ、
もう片方には肋が刺さり、その他、膵臓、腎臓、十二指腸などの多臓器破裂、エトセトラ・・・」
「聞くだけで痛いんだけど?
でもおかしいでしょ。それだけの重傷なら、ここにいる私は何だっていうの」
普通ならそんな怪我、即死だろう。
それが、自分に下された診断だと今の状態で信じろと言うのが無理な話だ。
当然のの疑問だったが、バクの方も不満気な表情を浮かべるだけ。
「言っただろう、致命傷『だった』と。
今言った事は全て、そうあったであろうという負傷だ。処置した時には、治りかけていた。
不思議なことにな」
「いや、不思議って簡単に片付けないでよ。人間の成せる技じゃ・・・」
「だから、不可解だと言っただろう」
こっちだって信じられん、と続けて呟くバク。
それをベッドから見上げていたは、溜め息をついた。
「・・・はぁ」
「どうした?」
「無能?」
「うるさいっ!!」
暴言にバクは吼える。
しかし、場所が場所だと言う事に気付いたのか、一つ咳払いをすると立ち上がった。
「兎も角、今は休め。敗血症による発熱が残ってるらしいからな」
「はいはい」
「抜け出すなよ?」
「分かったら、とっとと出てけ」
枕を投げつけようとしたが、それより早くバクは出て行った。
静かになった病室で、規則正しい電子音が響く。
剥き出しの岩肌が視界を埋める。
あんな事を聞かされて、どう休めというんだ?
(「冗談・・・じゃないんだろうなぁ・・・」)
バクにそんなユーモアがあったら、とっくに本部に引き抜かれているだろう。
ま、ユーモアのセンスでで本部異動なんざできないだろうが。
「はあぁぁぁ・・・」
盛大なため息をついたところで、解決などしない。
が、これがつかずにいられるかってんだ。
バクに言われた通り、熱があるのだろう。思考が覚束ない。
(「あー・・・そーいえばイノセンスのこと、言い忘れたー・・・」)
イノセンスの声が聞こえたなど、ますます人間からかけ離れている。
そもそもイノセンスが声を上げるなんて、まるで意志があるようだ。
AKUMAと戦うだけの武器のはずが。
それに、ゴーレムから再生され流れた声。自分の声のはずなのに、まるで別人。
知るはずない言葉を操り、響いた轟音。敵であるノア、ティキの驚きと焦る声。
(「どーなってるんだろう、私・・・」)
再び思考の海に落ちようとしたは、そのまま微睡みに落ちた。
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2013.9.24