ーー白いエノキが倒れている。どうやら屍のようだーー
竹林に足を踏み入れれば、普通ではない白い靄に行く手を遮られた。
まるでまとわりつくそれに、フォーが悪態をつく。
「なんだこの靄みてぇなやつ!先が見えねぇ!」
ぶんぶんと手を振るうが、それは全く消えない。
逆にこちらにまとわりつくようだ。
フォーの声を隣で聞きながら、は彼女の言葉を否定した。
「靄、じゃないんじゃない?」
「なんで分かる?」
「・・・なんか意思があるみたいに感じるんだよねぇ・・・」
そう言って、は苦労の末、腕を上げると靄が渦巻く部分に触れる。
瞬間、呼んでいたのがこれだと確信した。
「・・・これが・・・?」
「?、どうした?」
フォーの呼びかけに、暫く固まっていた。
だが、我に返ると彼女に言った。
「フォー、あっちよ」
「あ?どうしてわかんだよ」
「説明は後、早く」
「分かったよ」
白い靄に阻まれ、フォーの悪態を聞きながらの案内で目的の場所に到着した。
するとそこには、散りばめられたトランプに埋もれるように人が倒れていた。
「ひでぇなこりゃ、もう手遅れじゃねえか?」
「・・・いや、大丈夫。かすかにだけど、脈がある」
首筋に手を当てたはフォーに返す。
そして、意識を失っているそれを見下ろした。
(「格好からしてエクソシスト、か・・・白髪だけど、まだ子供じゃない。
こんな子供まで使徒にするとはね・・・」)
一人、物思いに耽る。
と、
「おいおい、あたしに二人を運ぶのは無理だぜ」
フォーの抗議するような声に、は考え事を打ち切った。
「うん、こっちの方はかなりヤバそうだから、先にこの子連れてって。
バクにはゴーレムで連絡しておくから」
「はぁ!?あたしがかよ!」
嫌だ、と体全体で表現するフォー。
すかさず、は彼女だけに効く魔法の言葉を口にした。
「フォーしか頼りになる人がいないと思ったんだけど・・・放っておく?」
の台詞に、うっ、と言葉に詰まるフォー。
彼女の性格からして、そう言われるとそんな行動がとれない。本当は根が優しく放っておく事などできないのだ。
だからあえて、は含みがあるように言ったのだが・・・
普段なら、
『あんたしか動ける奴いないじゃん、さっさとやれ』
ぐらい言ってのけている。
「・・・ちっ!わーったよ!仕方ねぇな!」
「後で私も迎えに来てね〜」
ヒラヒラと手を振ったは、少年を抱えたフォーを見送る。
そしてゴーレムでバクに事の次第を告げ、治療の手配を済ませると、再び余計な事を言われる前に一方的に切った。
「ふぅ・・・」
一人、考え込む時間ができたは無意識に溜め息が零れた。
一体何が、どうなっているんだ?
さわさわと笹擦れの音が響く。
まったく、全身にまとわりつく倦怠感が邪魔だ、頭もぼーっとする。
億劫過ぎて怪我の具合も見れたもんじゃない。
(「それに・・・あの声」)
あの白い靄のようなもの。もしかして、イノセンスなのか?
でもイノセンスの声が聴けるなど、今までなかった。
自分のイノセンスでさえそんなことはなかったのに・・・
「・・・ゴーレムが使えてたら、映像とかで分かりそうなのに・・・」
そう独りごちた。
生憎と、今持っているものにそんな機能はついていないのだ。
と、その時、
ーーゴソッーー
「?」
団服の中を何かが這っている。
おいおい、こんな時になんだって言うんだ。
背中から腹の方に移動してきたそれは、どんどん上ってくる。
虫だったら、消し炭にしてやる。それ以外でも消し炭にしてやる。
仮にAKUMAだったら、嬲って嬲って消し炭にしてやる。
そして、
ーーぴょこーー
それはあろう事か、胸の谷間から顔を出してきやがった。
「・・・・・・」
『・・・・・・』
暫し、睨み合う両者。
それを先に破ったのは笑顔(黒い)を浮かべただった。
「・・・あんた、製造者と一緒ね。普段なら粉砕してやってるところよ」
『!(ビクッ)』
「逃げんな、コラ」
怒りを隠さぬまま、は逃げ出す尻尾をパシッと捕まえる。
必死に抵抗するティムをは目の前に引き寄せると、
「あんた、なんか記録してんでしょ?私が意識失ってるときの映像見せなさい」
先ほどの黒い気配から一転しての言葉に、ティムの動きが止まる。
そして、それに応じるように口が開いた。
が、映されたのは黒、そして途切れ途切れの音。
要するに、何も映っていない・・・
「音声だけって・・・使えないわね・・・」
呆れ果てるだったが、暫くそれに耳を傾ける。
届くのはティキの驚いた声、爆音。
そして、自分・・・のはずの声。
「・・・・・・」
なんだ?
なんだ、これは。私なのか?
何を言っているのか訳が分からない。
それに、音から察するに戦っている。
意識を失っているにも関わらず、こんな芸当ができる能力なんて自分は持っていない。
まるで・・・
(「まるで、自分じゃない何かが操ってるみたいじゃない・・・」)
無言になる。
と、頬に何かが触れてきた。
ーーぺちぺちーー
「・・・なぐさめて、くれるの・・・?」
まるでそうだと言わんばかりに、頷くティム。
大丈夫だ、安心しろ、と言葉を介していないのに、そう言われた気がした。
それには手を伸ばすと、
ーーグワシッ!ーー
『!?』
「余計なお世話よ」
握り潰すように掴み、凄んだ。
ゴーレムの分際でこの私を慰めるとは、何様のつもりだ、コノヤロウ。
暫くの間、睨みつけていたが八つ当たりしても仕方ないとティムを解放する。
そしてやる事がなくなったは、こちらと距離を置くゴーレムに訊ねた。
「で?あんたはどこに行くはずだった訳?・・・って、ゴーレムに聞いても時間の無駄か」
そう独りごち、は自分のゴーレムで再び支部に連絡を入れる。
「バク、聞こえる?」
『
!お前、言いたい事だけ言いやがーー』
「クロスのゴーレムがここにいるんだけど、なんか聞いてる?」
喚く相手をする事なく、こちらの用件を告げる。
すると、向こうは苛立ちを募らせ怒声を返してきた。
『おい!俺様の話をーー』
「黙れハゲ。早く答えろ」
『ハゲてない!!』
「答えないなら盗撮写真燃やすわよ?」
『んなっ!』
自身の秘めた(秘められてないが)ブツの脅しに、文句を呑み込んだバク。
そして、渋々とその口から情報が伝えられる。
『た、確かクロス元帥を追ってる本部のエクソシストが、道案内として連れていたはずだ』
「ふ〜ん、で?そいつらどこ?」
『おそらく港だろう。妓楼「天青楼」がサポーターだったはずだ』
ああ、確かここから近い港町にそんな人がいるって聞いたことあるような・・・
すぐに支部に戻っても良かったが、自身に起こった事を思うと受け止める時間が欲しい。
なら、これは口実にできるチャンスだ。
「あ、そ。じゃ、届けてくるわ」
『待て!使いならウォンを向かわせる。お前は戻ってーー』
「やだ」
バクの言葉を途中で遮って、即答する。
それに、ついにバクが向こうでヒステリーを起こした。
『子供かお前は!フォーから酷い怪我だとーー』
「AKUMAに案内役が壊されたら支障あんでしょ」
『そうはいかん、自分の状態を考えろ!』
「その私が問題ないって言ってんの。余計な口出しすんな」
『
!』
「話はそれだけね、じゃーー」
『わぁ!待て待て!ある、あるから!』
通信を切ろうとしたに、バクは必死に食い下がる。
仕方ないわねぇ、とわざわざ口に出したは続きを言うように促した。
「さっさと言って」
『クロス部隊に追加要員のエクソシストがいる。彼女と一緒に行ってくれ』
「はぁ?そんなの、現地集合でいいでしょ」
『地理に相当疎いらしい。それが嫌なら戻れ』
それで妥協するのも癪だ。
だが、今、支部から人手を回されれば、簡単に捕まってしまうのも事実。
「・・・分かったわよ」
『すぐにフォーと一緒にそっちに向かわせる。
いいか、それが済んだら必ず戻ってくるんだぞ!』
「はいはい!」
『すぐにだぞ!?』
「・・・粘着質な男は嫌われるわよ?」
『ねんちーー!?』
ーーブチンーー
本当に最後までくちうるさい。まるで小姑だ。
結婚すらしていないと言うのに、はた迷惑な話だ。
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2013.9.24