近づいたり離れたりを繰り返す二つの影。
明るい月夜の下では、まるで激しいダンスを踊っているよう。だが行われているのは互いの命の奪い合い。
そして、いつしか村へと出ていた。そこは巨人にでも踏み荒らされたような惨状だった。

(「何がどうなってこうなったのかしら・・・」)

ちらりと横目でそれを見ながら、 は地を蹴った。







































ーー貫かれた身体、そして・・・ーー








































どれほどの時間が経ったのだろう。
戦い詰めで短い時間がとても長い時間に感じる。
素早く移動しながら立て続けに矢を放っても、向こうには致命傷と言われる一撃は与えられていない。
むしろ時間が経つにつれ、こちらが不利になってきていると感じていた。
だが接近戦に持ち込むには、相手の能力が分からない。
苛立たしい相手だ。

「おっと、動くなよ?」

ティキの言葉に、それまで止まる事なかった足が止まる。
男が踏みつけている足の下には、意識を失った人間。
おそらくこの辺りにあった村人の一人だろう。

「もう、俺の仕事は済んでんだわ。
さっさと帰って千年公に報告せにゃならんのよ」
「ならさっさと帰れば?」
「エクソシストを目の前にしてか?冗談」

ティキは人ならざる残忍な笑みを浮かべた。
まるで殺す事に狂喜している、その様。

「折角、殺せるんだ。楽しみのお預けはないだろ?」
「・・・はぁ・・・」

お引き取り願えないらしい。
ウザイ奴だな、と は独りごちる。
そして、ティキの足元にあるものに視線を向けた。

「あんたソレを人質にでもしてるつもり?」
「まあな」
「私が関係のない奴を心配する訳ないでしょ?」
「ありゃ・・・少年とは随分違うな」
(「少年?」)

誰の事だ?自分の知り合いに少年と呼ばれるような知り合いはいないはずだ。
と、僅かに注意が逸れた。
瞬間、一気に間合いを詰めて来たティキの攻撃を は寸前でかわす。
が、男の背後。
あの食人ゴーレムが、村人に触れようとしていた。

「ちぃっ!」

思わず舌打ちをついた
崩れた体勢にも構わず、地を強く蹴る。
そして、矢先で蝶を切り落とし、村人を庇うようにティキの前に立ち塞がった。
その一部始終を見ていたティキは目を瞬かせる。

「・・・おいおい、関係ないんじゃなかったのか?」
「目の前で死なれると目覚めが悪いだけよ」

そう言い捨て、 は表情を険しくする。
この半日、戦い詰めで走り詰めだ。AKUMAも3桁に届く辺りで数えるのも馬鹿馬鹿しくなった。
そろそろ生身の身体には限界だ。
しかし、こちらの心情を他所に向こうは楽しむように嬉々としている。

「じゃあ、同時に複数ならーー」
ーーパチン!ーー

ティキが指を打ち鳴らす。
すると10体近くのAKUMAが現れ、その手にはまだ息がある村人を掴んでいた。

「どうする、エクソシスト?」

ティキがにやりと笑う。
こうなったら、一気にケリをつけるしかない。
虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。
は長く息を吐くと、意識を弦月に集中させた。

「・・・・・・上等」

そう言って、地を蹴り駆け出す。
そして矢を空へと構え、躊躇いなく放った。

白羽の矢イノセント・アロー !」

次々にAKUMAが消え、村人が地面に落ちる。
その光景にティキは口笛を鳴らした。

「ヒュー、強気〜」
「さっさと終わらせてもらうわ」

横っ飛びになりながら、 は続け様に矢を放つ。
動きを牽制しつつ、飛び込むタイミングを計る。

(「至近距離から頭を潰して終わらせる」)

その時、僅かにティキの動きが止まった事で は一気に間合いを詰めた。
空気の唸りが耳朶を打つ。
と、ティーズがいきなり小さな蝶に変わり、視界が埋まった。

(「陽動だ・・・あいつは・・・」)

動揺する事なく、 はティキの姿を探そうと動きを止め気配を探る。
その瞬間、

「残念でした☆」
「!」

いきなり目の前のから手が伸び、 の首を捕らえた。

ーードンッ!ーー
(「マズった・・・」)

内心悪態をつく。注意力散漫もいいところだ。
ティーズを囮にこの場を離れたと思ったが、裏をかかれた。
瓦礫を背に、首を掴まれ宙づり状態。
両手はこの僅かの間に拘束されてしまったようだ。
これでは弦月が使えない。

(「あぁ、厄日だ、本当に・・・」)

は息を乱し、荒い呼吸を繰り返す。
それを暫く見下ろしていたティキは口を開いた。

「・・・お前、何者だ?」
「は・・・ぁ?」

意味を図りかね、 は視線を上げた。
ぶつかるのはこちらを探る目。
向こうが優位だと言うのに、どうしてそう警戒してるんだ?

「お前が本当にエクソシストなら、俺らノアはすぐにでも殺したい衝動に駆られる」
「・・・だから何?」

そう、だから何だ?
殺したいなら殺せばいい。何人もそうしてきたのだから。
ノアとはそういう一族なのだから。
素っ気ない返答を返した に、暫く黙していたティキはようやくその疑問を口にした。

「お前に触れると、それが収まったんだけど?」
「?」

何を言っている?
自分にそんな特殊能力などある訳がない。
自分は単なる神の使徒の一人、ただの道具の一つ、聖戦の駒。

「なぁ、どういうことだよ?」

しつこく問いを重ねるティキ。
しかし、 自身にさえ分からない事、答えられる訳もない。

「絞め殺そうと、してる奴に・・・」

だが、素直にそれを言うのも癪だ。
は気丈に余裕の顔を返した。

「なんで、私が・・・教えてやんなきゃならないの」
「ま、そりゃそーだ。で、どうする?」

予測していたのだろう、すぐに納得した答え。
そして、ティキは残忍に笑い、

































「やっぱ、死んどく?」

































ティキの言葉に、 は息苦しさを押し込め、

「は・・・やれる、もんならーー」

































不敵に笑い返した。

































「やってみれば?」

































何者にも屈しない、真っ直ぐな視線。
全く絶望に染まらない意志の強い瞳。
それを直視したティキは気の抜けたような表情を浮かべた。

「・・・萎えるねぇ。少年といい、あんたといい。
死を目の前にそんな顔すんなんてよ」
「お生憎様ね、この根性なし」

傍に迫る闇を一蹴するように、 はティキを扱き下ろす。
それに、口が悪いなぁ、と呟いたティキは話を変えた。

「そういやぁ、俺の能力はまだ見せてなかったな」

そう言って、もう片方の手が に迫る。
何をするつもりだ、と がその動きに目を向けると、

ーードッ!ーー
「なっ!?」

腕が身体を貫いた。

「痛みはないよ。俺は俺が触れたいと思った物に触れることができるんだ」
「・・・悪、趣味」

目の前で見て、気分のいいものではない。
痛みはないと言うのに、そこに触れられている感触だけはしっかりする。
気色悪くて仕方ない。

「命を握られててる気分はどうだ?」
「・・・別に」
「つまんねぇのな。ま、ダンスを共にした仲だ。綺麗に殺してやるよ」
「ありがたい、わね・・・」

ティキの片腕が上がる。
瞬間、息ができなくなった。いくら呼吸しても酸素が取り込めない。
気道を止められたか、それとも肺を潰されたか・・・

(「いし、きが・・・」)

目を開けていられない。
体内の酸素は激しい戦闘によって、あっという間に消費される。
どんどん視界が狭まっていく。

「恨むなら、イノセンスの使徒にした神を恨めよ、エクソシスト」

恨め?恨んでやる義理もない。
・・・・・・あれ?
どうしてそんな風に思ったんだ?
分からない・・・
黒がどんどん濃くなる。
そして全てが闇に呑まれる瞬間、一筋の光が見えた気がした。


































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2013.9.24/2014.412 修正