身体が重い・・・
当たり前か、万全には程遠い状態で4人の天将の力を借りたのだから。
万全だったとしても、沙門からまだ力が足りないからときつく止められていた。
なのにそんな約束も、心配もすべて無視してわたしは自分の意志を通してしまった。

(「やっぱり、わたしは誰かを傷つけるしかできない・・・」)

それが嫌で、何度もがいただろう。
ーーけど、抗っても何も変わらなかった。
それが悲しくて、何度泣いただろう。
ーーでももう、涙も出ない。

(「・・・どうしてわたしはうまれたの・・・」)

物心つけば、周囲から向けられていた敵愾心や猜疑心。
存在を許されなかった毎日。
だから抱いた。
朧げな記憶に残る両親がいる世界への渇望を。
だから祈った。
自分をそこに導く何かを。
いくら傷を負ってもその先に自由があるなら、どんな危険な任務でも構わなかった。
でもいつも消えるのは相手だけ。
そして傷付くのは、わたしを疎む周りの人々。
早く手放してしまいたかった。
力も命も・・・何もかも。
でも自分勝手な願いで周りが傷付くのは、傷を負うより痛くて・・・
生と死の狭間で、わたしはどちらも選べずに途方に暮れるしかなかった。

(「・・・おねがい。だれか、わたしを・・・・・・」)


















































































































ーー扉越しの約束《8》ーー
















































































































ゆるゆると瞼を開いた。
飛び込んできたのは、初めて見る明るくて白い天井。
消毒薬の匂い。
身体を包む暖かい肌触り。
とても心地良い感覚に、誰かが言っていた死後の世界の事を思い出した。

(「・・・そっか、わたしやっと死」)
「目ぇ覚めたか」
「!」

突然現実に引き戻される。
驚いたように視線を向ければ、いつか見た気がする男が自分に話しかけていた。

「そうビクつくなよ、何もしねぇ」
「・・・あ、あの」
「俺は藤本獅郎。
お前さんがぶっ倒れたんで病院に運んだ、分かるか?」
「は、はい・・・」

手短な説明に、はどうにか頷き返した。
屋敷以外の人と話すのは初めてで、どうすればいいのか戸惑ってしまう。
この後どうしたらいいのだろうと思っていただったが、話を続けたのは獅郎の方だった。

「ならよ、俺の背後で得物を突き付けてる奴に引っ込むように言ってくれ」
「え?・・・・・・しゃ、沙門!」

獅郎が親指を向けた先には、般若形相の沙門が獅郎に薙刀を突き付け、射殺さんばかりに睨み付けていた。

『主に馴れ馴れしい口を叩きおって』
「病み上がりの前で得物突き付ける奴がよく言うぜ」
『・・・我が刀の錆にしてくれる』
「沙門!わ、わたしはだいじょ、痛っ!

沙門の本気な様子にが慌てたように起き上がるが、身体を貫く痛みにそのままベッドに沈む。

!』
「絶対安静なんだ、少しはこっちを信用しろっての」

ベッドに駆け寄った沙門に、獅郎は呆れたように呟く。
浅く息を吐いていたは、しばらくして落ち着いたのかゆるゆると視線を上げた。

「わたし・・・だいじょうぶだから。沙門も少しはやすんで?」
『だが・・・』
「わたしはだいじょうぶだから」
『・・・隙をみせるでないぞ』

主の言葉に不承不承な面持ちで隠形した沙門の捨て台詞に、頭を掻いた獅郎は深々とため息をついた。

「ったくよー、嫌われたもんだぜ」
「・・・あ、あの・・・」
「ん?」
「もうしわけ、ありませんでした」
「・・・」

突然頭を下げたに、獅郎は目を瞬いた。

「ごめいわくかけちゃったし、手当までしてもらって・・・ごめんなさい。
あと、沙門のことももうしわけありませんでした。
沙門はいつもわたしのことしんぱいしてくれて・・・
わるい人じゃないんです、いつもはあんなにらんぼうなことはしなくて・・・その、わたしがむちゃしたせいでおこってるだけなんです。
だから、だからごめ」
ーーポンッーー

頭に置かれた温かい手に、の続きは遮られた。

(「またおこられる!」)

そう思い、身を固くする。
だが、いつまで待っても予想するような痛みは襲ってこない。
恐る恐る顔を上げれば、獅郎の優しい笑顔がを見つめていた。

「謝んなくていーんだよ」

予想もしてない返しに、はさらに萎縮したように小さくなった。

「え・・・・・・だって、だってわたしのせいで、めいわく」
「迷惑じゃねぇーって。
それにな、助けて貰った時は『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』でいいんだ」
「・・・でも・・・だってわたしが・・・」
「お前はなんも悪い事はしちゃいない。
なのに謝られちゃ、俺が困るっつーの」

な、と笑った獅郎には目を見開いた。
初めてだった。
だって、ずっと悪いのは自分の存在だと思ってた。
お前が悪いと、お前さえ居なければと、否定しかされてこなかった。
生まれたことが存在していることが罪だと、そう思っていたのに・・・

「・・・わたし、わるくない・・・ですか?」
「ああ」
「・・・わたしのせいじゃ、ないの?」
「ああ」
「わた、し・・・」

声が震えた。
つんと痛む鼻の奥に、視界が波打つように歪んでいく。

「お前は生きていていいんだ、

獅郎の柔らかい言葉に、暖かい大きな手に、過去に封じたはずの思いが溢れ出す。
あまりの激情に為す術なく、は泣き叫んだ。

「ふ・・・うわあああぁぁぁぁぁん!







































































































しばらくして泣き疲れたはいつの間にか眠ってしまったようだった。

(「寝顔だけみりゃ、年相応なんだがな・・・」)

だが、異常だった。
あそこまでの強迫観念に囚われ、このような幼い歳で自身を追い詰めるなどどんな生活だったのだろうか。
だが、あの屋敷の人間の対応で何となく予想できる。
『生きる事』に他人である自分からもらえた許可にあれほど感情を露わにするほど殺伐としたものだったのだろう。
今まで、心を殺すことを強要され、道具としてその力を利用され続けた。
己の意志すらなく、命じられるまま力を振るってきた代償は、幼い彼女の感情に蓋をしてきた。
そしてその歳なら当然と与えられるはずのものさえ、与えられずに育ってしまったのだ。

(「・・・んな折れそうな身体で、よく生きてこれたもんだ」)

細い腕は少しでも力を入れれば簡単に壊れそうだった。
祓魔師としての任務は過酷なものばかり。
それをこの少女は常に一人で切り抜けてきた。
幸運、或いは奇跡的ともいうべきか。
だが彼女の反応を見ればこれは不運、または絶望だったろう。
この後、彼女がどのような処遇が待っているかは分からない。
だが・・・

「・・・俺に何ができんだろうな」

呟いた獅郎は、己の無力さに小さくため息をついた。







































































































目を覚ました時、すでに獅郎の姿はなく窓から見える空は夕暮れに染まっていた。

「ねえ、沙門・・・」
『なんだ?』

隠形し声だけの沙門には黄昏の空を見つめながら続ける。

「わたし、これからどうなるのかな?」
『さてな・・・己で決めれば良かろう』
「・・・わたしが、きめるの?」
『そうだ。お主はどうしたいのだ?』

単なる意思の問い。
だが、沙門に返されるはずの答えはいつまでたっても返らない。

?』
「・・・わからない」

かなりの時間を要し、ただ一言呟いたは黄昏の空を見つめる。
自分を迎えてくれる者が誰一人としていなかったあの家。
唯一、言葉をかけてくれていた兄も年を重ねる度にその回数も減っていった。
そこに居ることでいつも疎まれていたわたし。
離れてしまった今、自分に戻れる居場所はあるのだろうか?
ここもいつまで置いてくれるのだろうか?

「どこにいていいのかな?」
『・・・』
「・・・どこにいったらいいのかな?」

分からない。
任務を言い渡される時は、身体に刻まれた禁呪が鎖のように戻る場所を示してくれた。
たとえそれが道具として扱われていようとも、戻る場所は確かにあった。
なのに、今はそれがない。
痛みと苦しみを伴うそれは嫌なものだったはずなのに・・・
失われた今、それがたまらなく不安だった。
自身の身を抱きかかえるようなに、顕現した沙門は大きな手での目元を隠した。

『今は眠れ』
「・・・うん」

不安に苛まれている今、求める暗闇が訪れるのは時間がかかりそうだった。




























































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2015.7.6