ーー扉越しの約束《9》ーー
















































































































「ご苦労サマでした☆
流石は藤本、貴方に頼んで正解でしたよ」

正十字学園理事長室。
任務報告を済ませた獅郎に返された言葉がコレだ。
あっけらかんとした上司に、獅郎はまさかと睥睨の視線を向けた。

「・・・お前、もしかして知ってたのか?」
「何の事です?」

こうすっとぼけるメフィストに、何を聞いても探り切れたことがないことを自覚済みな獅郎は、なんでもねぇ、と応じると深々とため息をついた。
そんな様子を楽しげに見ていたメフィストは思い出したように言った。

「そうそう、君ですが経過は良好のようですね」
「・・・まあな」
「今後の事ですが、彼女をこのまま『保護』していて貰えませんか?」
「・・・どういう意味だ?」
「どうもこうも、の代表とそういうお話になっただけです☆
それに後ろ盾もない彼女が生きるには少々幼い」

メフィストの言葉に、獅郎の視線は険しいものに変わる。

を人質に、家の連中をどうにかするつもりか?」
「まさか!今更あの家は脅威ではありません」
(「よく言うぜ・・・」)

そんな脅威でないように手を回した気がしないでもないメフィストの発言に獅郎の視線はますます険しくなる。
それすらも楽しんでいるような道化は続けた。

「それに・・・」

含みのある笑みを浮かべ、メフィストはさも当然のように言った。

「彼女に戻れと言う事が酷でしょうに」

まるで全てを見透かしていたようなセリフに、獅郎は不機嫌を隠さぬまま部屋を後にした。








































































































が保護され一週間が経過した。
顔色も随分よくなり、すでに日中の大半は起き上がっても問題なくなっていた。

、お前これからどうしたい」

見舞いにやってきた獅郎の言葉に、の肩が跳ねた。
いつかは聞かれると思っていたことが、ついにやってきたのだ。

「・・・これから・・・」
「そう、これからだ」

繰り返した獅郎に、は俯いた。
長い沈黙が二人の間に落ちる。
だが獅郎は急かすことなく、の答えを待った。

「・・・・・・わかり、ません」

手元のリネンにシワが寄るほど、拳を握るはそれだけ呟いた。

「もどったほうが、いいのはわかるんです・・・」

でもあそこはイタイ、ツメタイ、サミシイ・・・
此処が本来自分の居るべき所じゃないのは分かる。
でもここは優しくて、温かくて、獅郎さんが居る。
知らなければ良かった。
けど知ってしまったから、余計あそこには・・・

(「・・・もどりたくない・・・」)
「・・・」

言葉にしたい想いを必死に押し留めているようなに、獅郎は小さくため息をついた。
その音にさえ、は怯えたように肩を跳ねさせた。


「・・・はい」
「お前、祓魔師になってみねぇか?」
「・・・・・・え」

予想外の言葉には恐る恐る顔を上げた。
今にも泣き出しそうな顔を見た獅郎は吹き出した。

「ぶっ!なぁ〜に変な顔してやがんだよ」
「ぅわっ!」

無遠慮に頭を撫でられたは、勢いよく頭を回され定まらない視点をどうにか獅郎に向けた。

「お前の力は確かに強い。
だが、まだまだ力を扱いきれてねぇ」
「・・・は、はい」
「なら祓魔師を目指して心身共に鍛えて、勉強して、もっと世界を見てみねぇか?」
「世界・・・」

思ってもみなかった。
いや、今まで気付かなかった。
自分にはあの屋敷と言い渡される任務の往復の世界しかなかった。
それに、それ以外のものを求めてはいけないと思っていたから・・・

「お前にゃ、もっと見るべきもの知るべきことがたくさんあんだよ」

惚けるの頭にぽんぽんと手を置いた獅郎は、底抜けに笑った。
それはずっと抱えていた不安を溶かすほど、安心できる笑みで・・・

(「がんばれば・・・獅郎さんのとなりに居れるのかな・・・」)

だから思った。
もしも、もしも自分の意思を言っていいのなら・・・

「・・・ですか?」
「ん?」

・・・それが、僅かでも許されるのなら・・・

「・・・もどらなくても、いいんですか?」
「お前がそれを望むならな」
「・・・・・・」

絶対的な安心を抱けたその笑顔には獅郎に初めての笑みを浮かべた。

「・・・私、獅郎さんみたいな祓魔師になりたいです」

初めて言えた、自らの決意の意思と共に。







































































































「つーわけで、お前の妹は俺が面倒みることになった」

北東地区、邸裏門。
タバコをくわえながら語った獅郎に、扉越しに返答が返る。

「・・・そうか」
「ま、暫くは入院生活だけどな。退院したら祓魔塾に通って祓魔師になる勉強になる。
寮生活だから特別な事がなきゃ、勝手な外出はできねぇ」
「問題ない。費用はすべてこちらが出す」
「おいおい、お前が勝手に決めていいのかよ?」
「・・・元々、がこなした依頼の報酬だ。
自分の金を使うことに問題があるか?」
「ねぇわな」

肩を竦めた獅郎はしばらく紫煙を揺らす。
そして、気になっていた事を聞いた。

「なあ」
「・・・なんだ」
「お前、メフィストとどんな話をした?」

上司にはうやむやにされるため、聞く事を諦めた。
だが、あいつが保護しろという台詞を吐くほどお人好しでないことは分かっている。
何かがなければ、そんなことを言うはずがないのだ。
それに『の代表』と話はついたと言っていたが、本来の代表である当主は瘴気疾患で重体。
話せる状態のはずがない。なら、その代表は扉越しのこいつに他ならない。
答えをもらえるか半信半疑の獅郎だったがしばらくして答えが返された。

「正十字騎士団に属する祓魔師が原因不明の失踪した多数の案件はが関与した可能性が高いから、今後の対策としての身柄を確保しておけ、と」
「・・・」

それは確保ではなく、体のいい逮捕と言うのが近い。
それにこれでは一連の責任は全て一人が被っている事になるではないか。

「人でなしだな」
「長年謎だった日本祓魔の裏世界屈指の実力者を手に入れたんだ。
そちらとしても文句はあるまい。
それにここ最近の失踪は、御影の仕業がほとんどだ。
調べればが無実である証明は山と出てくる」
「・・・お前、ガキのくせに悪どいっつーか、末恐ろしいっつーか・・・」
「・・・それににとってこちらにいるより、何倍もマシなはずだろうしな」

小さく呟いた慧に、獅郎は驚いたように扉を見た。
だが、姿が見える訳もない。
いや、姿が見えないから言えた言葉なのかもしれないが。

「お前・・・」
「それに、いつまでも説教されるのは性に合わん」
「ははっ!そりゃそうだよな、お兄ちゃん」
「貴様に兄呼ばわりされる謂れはない!」
「おーおー、ムキになって。まだまだ青いな」
「ふん、年寄り呼ばわりされて大人気ない態度しか取れん奴には言われたくないセリフだ」
「あんな、俺はまだ30になりたてなの」
「俺よりも一回り以上上だろうが」
「あ?そうだっけか?」
「巫山戯た男だ」

顔は見えないのに怒りを露わにする慧に、獅郎はひとしきり笑うと、紫煙を吐きニヤリと笑ってやった。

「ま、暫くは俺に任せとけよ慧」
「!」

初めて名を呼ばれた慧は、しばらく言葉に詰まる。
だが、そのまま引っ込むのも癪だったため、口を開く。

「・・・一つだけ言っておく」
「あ?」
「妹に手を出せば、いくらお前でも許さん」
「はぁ?俺にんな趣味はねぇぞ」
ーーバンッーー
「誓え!」

突如姿を現した慧は、真剣な眼差しを獅郎に突き刺した。

に手を出すな、悲しませることも泣かすことも許さん」
「・・・増えてるぞ」
「破れば貴様を殺しに行く」

鋭い眼光で見据えられながらも、獅郎は呆れたように頬を掻いた。

「んな心配要らねぇよ」
「この先、同じセリフがお前に言える保証がないから言っている」

悔し気に、だが僅かだけ寂しそうに言った慧。
それを受けた獅郎は、まじまじと慧を見つめた後、

「・・・慧、お前実はシス」
「やはりこの場で殺す!」

怒号と共に、突風が獅郎に襲いかかった。
初めて出会った、あの時のように・・・







































































































「・・・」
「獅郎さん?どうかしましたか?」

下から覗き込む、時折、女の顔を見せるようになったあの時の少女。
向けられるのが師弟間だけの感情でないことは薄々察していた。
だが、それを年相応にこちらにぶつけることをせず、苦しくなるほど自分の事を想い、立ち回っている。
黙り込んでしまった獅郎にが問えば、誤魔化すようにヒラヒラと手を振った。

「あー・・・いやなんでもねぇよ」
「?」

思い出してしまった余計な記憶に頭を掻いた。
不意打ちの表情に、魅せられる回数も多くなった今日この頃。
・・・あの時の約束は、確かに揺らぎ始めていた。


























































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2015.7.6