「何事だ?」
「まさか、結界が破れたのか!?」
「静まれ!すぐに術者を集めよ!」
「は、はい!」
当主の指示にバタバタと足音が忙しなく屋敷内に響く。
夜明けにはほど遠い暗い空を見上げ、縢忠は内心毒づいた。
(「御影めが、まさかこんな早く・・・」)
悔し気に、ギリッと歯軋りをした縢忠は近くを通った門徒生に怒声を上げた。
「おい、お前!」
「はっ!」
「忌子を持って来い!」
ーー扉越しの約束《6》ーー
騒ぎは地下牢へも響いていた。
轟音が響いたと同時に飛び出して行った慧と入れ替わるように、沙門が獅郎の前に現れていた。
「何の騒ぎなんだ?」
『結界が破られたようだ』
興味薄に言った沙門に、強度を知る獅郎は驚いた表情を見せた。
「あの強力なもんがか?」
『あの程度、大したことはない』
「・・・で?あのガキは?」
『迎え討ちに行ったのだろう』
「御影って野郎をか」
『返り討ちが関の山だろうがな』
これまた興味薄な様子に獅郎は怪訝な顔を向けた。
「お前は行かないのか?」
『主に命じられておらん』
「は?式としてこの家に長年仕えてきたのと違うのか?」
『我らを下せた人間は300年振りだ』
だから義理立てする事もないしするつもりもない、という事か。
昨夜の出来事をなまじ知っているから余計に沙門の言動の節々に、トゲが感じられる。
獅郎は話題を変えようと、自身が聞きたいことを問うた。
「なぁ、お前はあの子がこのままで良いと思ってんのか?」
『・・・・・・』
その問いに答えは返らない。
『あの子』が誰を指すか分かっているはずだ。
無視されたものと思っていた獅郎だったが、かなりの間を置いて、ほんの僅かだけ悲しそうな声音が返された。
『人の世の事に、人ならざる我等が口出しできん』
「そりゃ・・・そうだろうけどよ」
『だが、主が己が幸せを願えるならば、我等は幾らでも力を尽くす』
「どういう事だ?」
意味を計りかね問い返せば、初めて沙門は獅郎と視線を合わせた。
『主は己が存在は常に諍いの種であることを聡く理解していた。
唯一許されたのが命じられるまま力を振るうことだけ。
親を亡くした主には『幸せ』がどういう事か分からんのだ』
「そりゃ・・・」
よくある話なのかもしれないが、重く胸の痛い話だ。
幼い齢で身の丈以上の力を持ってしまった為に、人の醜い業の中に囚われてしまったのだから。
『・・・主は己が生まれたことすら呪っている』
沙門は痛まし気に、自身の無力さを悔やむように呟いた。
続く言葉が見つけられず、二人の間に沈黙が降りる。
しばらくして、獅郎は口を開いた。
「聞いて良いか?」
『・・・なんだ?』
「お前、何て名」
『
!!』
突如、血相を変えた沙門はあっという間に姿を消した。
そして去り際に叫んだ名は、あの少女の名前。
昨夜のあんな状態では、どう考えても立つ事すらままならないはずだ。
慧から聞いた話が蘇り獅郎は吐き捨てた。
「・・・おいおい、何処まで腐ってんだよ」
邸の庭先では幼い少女と異形のモノが対峙していた。
だが・・・
ーードゴンッ!ーー
「っ!ゲホッゲホッ!」
屍鬼によって壁に叩き付けられたは、そのまま崩れ落ち激しく咳き込んだ。
そこに昨夜、瑪瑙に一矢報いたはずの面影は僅かもない。
「弱い・・・弱過ぎる。
やはりなど我が敵にあらず、さっさと滅ぶべき存在だ!」
「何をしている!この役立たずが、さっさと御影を殺せ!!」
立つことすらままならないに、激昂した縢忠の檄が飛ぶ。
どうにか身体を起こそうとするは地に手を突く。
が、流れ出た血に踏ん張りが利かず再び倒れ込んだ。
「はっ・・・は、はぁ・・・」
「ふはははは!今日で
の血に幕を引いてやるぞ!」
血溜まりに倒れるの姿に、巨大な屍鬼を従え勝利を確信した瑪瑙の哄笑が響き渡った。
その時、
『
!』
顕現した沙門がに駆け寄った。
誰が来たのか、定まらない焦点をやっとの事で合わせたは呟く。
「・・・・・・あ、沙門・・・」
『その身体で何をしている!』
「でも、わたしが・・・やらな、と」
血の気の失せた表情でもなお、懸命に立ち上がろうとするに沙門は小さな身体を抱き起こす。
そしてこの状況を引き起こした男に憎悪の視線を刺した。
『縢忠、どういうつもりだ!』
「当主と呼べ恥知らずが!命令だ、御影を殺せ!」
『我に命を下せるのは主だけだ!』
「その主を生かしたくば従え!」
『貴様っ!!』
敵前だというのに、新たな対立が生まれる。
三つ巴の乱戦になるかと思えた、その時。
怒りに身を包む沙門の裾を弱々しい力が制した。
「沙、門・・・」
『、無理を』
「だい、じょぶ・・・沙門、力かして?」
『・・・』
なぜ立ち上がろうとする?
本当は誰よりも強いはずのこの人間が、この場にいる誰よりも傷付き、今にも命を散らそうとしている。
「まもるよ。沙門もみんなも、わたしが・・・」
どうしてそんな事が言える?
こんなにも幼い少女が、身内から愛情も人間らしい扱いさえ受けられないのに。
助けたところで感謝さえされないだろうに、どうして・・・
『だが!』
「・・・わたしの、せい・・・だから」
『っ!』
幼い主が見せたのは、罪過を背負った瞳。
の言葉に沙門は何も言えなくなった。
そんな事はない。
お前が悪い事なんて、何一つないというのに・・・
沙門は何も出来ない己の無力さを隠す様に拳を握る。
と、
「・・・死んだか、我が同志達・・・」
それまで黙っていた瑪瑙がポツリと呟いた。
「御影、貴様もすぐに後を追わせてやる」
それを聞き留めた縢忠は形勢逆転とばかりに、配下の式を呼び出し瑪瑙と対峙した。
それを見ていた瑪瑙は臆するでもなく、余裕を崩さぬ笑みを浮かべる。
「・・・どうかな?」
「減らず口を!」
「これだけあれば、充分だ」
「何・・・?」
言わんとする意味が分からない縢忠を嘲笑うかのように、瑪瑙は柏手を打ち鳴らした。
「・・・ふるべやゆらゆらとふるべ、ひらけやゆらゆらとひらけ・・・」
「!十種の呪禍!?」
瑪瑙が喚ぼうとしているモノに、縢忠の表情が豹変した。
その間にも一言一言、瑪瑙が紡ぐ度に周囲には澱んだ瘴気が濃くなっていく。
「根之堅州國(ねのかたすくに)が従うは・・・」
「殺せ!早く奴を殺」
行われようとしている意味に気付いた縢忠が指示するより早く、瑪瑙は厭らしく笑い最後の一節を呟いた。
「・・・生者を貪る、獄卒の群れ」
『グルォォォォッ!』
耳障りな咆哮と共にねっとりした闇が屋敷を呑み込んだ。
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2015.7.6