「・・・で?なんでこーなんだよ」

獅郎は後手を縛られた状態で、深々と溜息をついた。



















































































































ーー扉越しの約束《5》ーー
















































































































邸。
畳張りの趣ある一室で、初老の男は受けた報告に厳めしい顔付きをさらに険しくしていた。

「で?あの者が正十字騎士団の祓魔師だというのは本当か?」
「間違いないかと」
「ふん、ハイエナ共が。我らが能力を漁りに来たか」

そう毒付き、祓魔師の認定証を投げ捨てた。
男は縢忠(かねただ)。
代々続く日本祓魔の裏世界を圧倒的力で牽引し、何よりも血を重んじてきた家の第75代目現当主。
そして対面するように座るのは、獅郎を拘束し地下牢へ繋いだ息子である慧だ。

「御影はどうした?」
「あの男に介入された事で、取り逃がしました」
「ちぃ、役立たずが」
の事です。きっと」
「お前が忌子の名を口にするな!」

激昂した縢忠に、周囲の空気がチリチリと肌を刺す。
実の子すら押し潰すほどの重圧に、慧は震えそうになる唇を噛み深々と降頭した。

「・・・申し訳ありません」

それに溜飲が下がったのか、縢忠は大きく息を吐いた。

「奴を殺すまでは油断できん。奴も同じ考えだろう。
準備が出来次第、すぐに始末させろ」
「分かりました」










































































































































所変わり、地下牢獄。
後ろ手の拘束からどうにか逃れようとしていた獅郎だったが、何かの術でも施されているのか全く抜け出せないでいた。
手が自由にならないとは、懐にあるモノも吸えないということだ。
生殺し同然の仕打ちに苛立ちと怒りが募っていく。

(「あーくそ、煙草吸いてぇ・・・?」)

その時、扉が開く音、続いて響いた足音が徐々にこちらに近づいてきた。
そして自分の目の前で止まると、初めて会った時と変わらない憮然とした面持ちで慧がこちらを見下ろしていた。

「お前・・・」
「藤本、とか言ったな」
「何だ?今更畏まったって褒めてや」
「妹を助けてくれた事、礼を言う」

大人気ない対応ができる精神状態の中で放たれた言葉。

「・・・はぁ?」

そして、慧は(眉間に皺を寄せたままな上かなり僅かだが)こちらに頭を下げた。
状況把握に理解が追いつかない。
だが、慧の声音は獅郎が初めて聞いた、温かい愛しみに満ちたものだった。
思いもよらぬ出来事に惚けてしまった獅郎に構わず、慧はあっという間にこちらに背を向けた。

「用はそれだけだ。
暫くすれば出してやる、だからおとなしく」
「待て」

慧の足が止まった。
いや、縫い留められた。
たった一言。
その声に込められた威圧感は、無視できるものでなかった。
それこそ、家現当主である父の発する重圧すら凌ぐほどの威力を持った制止の命。
驚愕する慧の心境を知る由もない獅郎は、止まった事を良いことに話し続けた。

「お前の身内はあんなガキに何をしやがったんだ?」
「・・・貴様には関係」
「御影って野郎の話を聞いた」

その言葉に、慧は身体ごと獅郎に向き直る。
動揺を悟られまいと、険しい表情のまま獅郎を見据え、獅郎も普段は見せない真剣な眼差しを射返した。

「飼い殺すだの、皆殺しだの、禁呪だの、物騒なことばっか聞いたぞ。
それにあのナリで10歳だと?まともな食事も摂らせてねぇのかよ」
「貴様には無関係だと」
「だったら、何で俺に礼を言った?」
「!」

獅郎の言葉に、初めて慧の表情にヒビが入った。
表に出てしまった動揺をどうにか押し隠そうとするが、獅郎はそれを許さない。

「そんな面する奴が俺を殺すだ?笑わせんな」
「ち、ちが」
「覚悟もねぇくせに偉ぶってんじゃねぇ」
「覚悟などとうに」
「ならどうして妹を助けてやらねぇんだ?
お前、あいつの兄貴なんじゃねぇのか?」
「・・・俺は」

煮え切らない慧に、獅郎は思わず声を荒げた。

「このままじゃ確実に死ぬぞ!!」
「分かってる!!」

地下に響いた声。
張り上げられた大きさに、慧自身が驚いたような表情を浮かべた。
そして、小さく息を吐くとゆっくりと呟く。

「・・・そんな事、俺が一番分かっている」

目元を押さえ、力なく呟いた慧は獅郎が見た年相応な少年の声だった。
大人気ない態度をとってしまった獅郎は、気を取り直すように問う。

「できない理由でもあんのか?」
「・・・」

問いに答えは返らない。
根気強く待ってやれば慧はゆっくりと言の葉を紡いでいく。

「この家は代々天将、神席に連なるものらを下し使役する事で裏世界を牛耳ってきた。
その筆頭がこの家の血筋だ。
そして表向き力の強い者が実権を握る事になっているが、その実はの血を引く長男だけに与えられてきた。
真に力あった者は・・・」
「まぁ、歴史的によく聞く話だ」

虫が好かねぇがな、と獅郎は表情を曇らせる。

「なら、次期のお前が口添えするなりなんなり」
「今は使い道がある道具として生かされてるに過ぎんが、俺が20になると同時には間違いなく殺される。
当主は躊躇わない」
「はあ?血の繋がった娘だろうが」
「・・・この家では当主の意向は絶対だ。
俺も・・・誰も逆らえない」

それっきり、慧はふつりと黙り込む。
それを聞いていた獅郎は先ほどまでとは打って変わった、冷たい声で言った。

「お前、俺が一番嫌いなタイプだ」
「・・・何」
「理屈をこねてばっかで、てめぇの手を汚さねぇビビリと話してたって埒があかねぇ」

吐き捨てた獅郎に、慧は先ほどの怒りが再燃したように声を荒げた。

「力を持っている貴様に俺の何が分かる!」
「分かりたくもねぇな、悲劇の主人公気取りの気持ちなんざ」
「何だと!?」
「勘違いしてんな。
力があるからどうこうじゃねぇ、てめぇで覚悟をしてるかどうかだ」
「っ!」

牢獄の中だというのに、拘束されているというのに、慧は獅郎から離れるように後退る。
それほどまでに、目の前の男に畏怖した。

「あの子は此処から連れ出す」

静かな怒りを秘めた瞳で、慧を見据えた獅郎が断言したと同時に、凄まじい轟音が屋敷全体を震撼させた。




























































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2015.7.5