深夜、北東地区街中。
「くっそ!面倒くせぇ!!」
吐き捨てた獅郎は、襲い来る屍に銃弾を撃ち込んだ。
ーー扉越しの約束《3》ーー
屋敷で十分な情報を得られなかった獅郎は、そのまま夜を待ち長期戦覚悟で張り込みを決行しようとした。
が、不穏な気配に街中に降り立ってみれば、異常な数の屍に襲いかかられ冒頭に至るという訳だった。
「あーくそ、なんで屍がこんなにいんだよ!」
そもそも、現代の日本では屍が出現するなど有り得ないはずなのだ。
だというのに、襲ってくるのは人型、動物型とまるで欧州遠征並みの数。
タチが悪過ぎる。
それに弾も聖水もそこまで多くは持ち合わせがない。
どうしてこうも無駄に湧くのか、原因を是が非でも知らなければ気が済まない。
「つっても、あの屋敷が一枚噛んでんだろうけどな!!」
ついに弾倉が僅かとなり、詠唱と共に剣で斬り伏せる。
屍は泥の様に沈んでいった。
やっとこさ粗方片付き、一息つける。
思わずタバコに手が伸びようとした時だ。
『グルォォォォッ!』
今までと比べ物にならない咆哮に地を蹴る。
物陰に身を潜ませ、飛び込んできた光景に我が目を疑った。
「なっ、屍鬼だと・・・!?」
体長は5mほどか。
同じアスタロト眷属の屍とは比較にならない。
高位に位置する上級悪魔。
手持ちの武器で倒すにはかなり難がある。
とんだ貧乏クジに舌打ちをついた。
その時。
向かいの路地から響いた小さな物音に銃口を向けた。
「オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ」
幼くも凛とした声に照準を外す。
闇から浮かび上がったのは昼間見た男だった。
『ふん、主を阻む雑魚が』
「・・・あばれる前におわらせよう」
『承知した』
男が幼い何者かに応じると、その手には薙刀を現れる。
そして男が屍鬼に歩み出して来た時、隠れていた姿がこちらの視界に映った。
(「・・・子供?」)
フードを目深に被ったその子供は屍鬼に向かう男の背後に留まり、小さな手で素早い形を組んでいく。
・・・見たことがない結印だった。
「・・・不動緊縛」
『はあああっ!』
結印の完成と同時に男は屍鬼を両断した。
本来なら両断されたくらいでは再生するはずの屍鬼だがズシンという音を立て澱のように消えていった。
あっという間の出来事に言葉もない。
男もそうだが、屍鬼を再生させないようにしたのは間違いなくあの子供だ。
実力だけなら、上一級祓魔師と同等。
それがあんな幼い子供が持っている事に畏怖さえする。
そして男が子供の元へと戻ろうとした、その時。
子供の死角から屍が飛び掛った。
『ガアッ!』
「っ!?」
『!!』
ーーガウンッ!ーー
放たれた銃弾で屍は倒れた。
ほっとした獅郎は、身を竦め座り込んでしまった子供に呆れたように声をかけた。
「ったく、上級悪魔に近い屍鬼を倒せんのに、なんでこんな下級にヤられそうになってんだよ」
「・・・」
「おい、大丈夫か?」
親切心で手を差し出した獅郎に、子供の肩が大きく跳ねた。
内に秘める力とはギャップがありすぎる反応。
助けてやったのにこれではこっちが悪者だ。
大袈裟すぎる心外な振る舞いに獅郎は眉根を寄せる。
「おいおい、何もしや」
『離れろ!』
ーーザンッ!ーー
突如、昼間の男が薙刀を二人の間に振り下ろす。
いや、斬り掛かられた、という方が正しいか。
避けなければ、自分の腕は間違いなく斬り落とされていた。
「っぶねーな!」
『貴様、昼間の賊か』
「賊じゃねえ!同じ事言わせんな!
なんなんだよあの屋敷の連中は!!問答無用で斬りかかんのが挨拶なんか、ああ!?」
『怪我は?』
「だい、じょぶ・・・」
「人の話聞けよ!」
子供の前という事も忘れ、怒鳴れば子供は先ほどよりも肩が跳ねた。
それを見た獅郎は仕方なく、ぐっと怒りを押し込める。
子供を抱き庇うようにしていた男は、獅郎に薙刀の切っ先を突き付け、敵意満載の視線で睨み付けた。
『主を助けた事は礼を言う。さっさと去ね』
「それが礼を言う態度かっつーの」
『最後の忠告だ。
これ以上、部外者が首を突っ込むな』
「てんめ・・・」
『二度は言わん、分か・・・どうした?』
裾を引かれた男が膝を折り、子供と視線を合わせる。
会話の途中だということは全く気に留めていないようだ。
「・・・ちかい」
『方角は?』
「・・・あっち」
『よし』
「おい、人のはな・・・だー!いい加減にしろよ!!」
子供を抱え、男はその場からあっという間に姿を消した。
残ったのは夜闇に響く虚しい怒声だけだった。
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2015.6.7