ーー扉越しの約束《2》ーー
















































































































正面を避け、屋敷の裏に当たる塀を飛び越えた獅郎は堂々と侵入を成功させていた。
そして、どうやって探るかを考えあぐねていた時だ。
隠れていた茂みにある大きな石に刻まれた細かい梵字が目に留まった。

(「術印・・・結界か?」)

日本古来のものはそこまで詳しくはないが、資料で見た結界咒に似ていた。
触れようと指を近づければ、パリッと電気が走る。
ソレが物語る威力に獅郎の目元が険しくなった。

「おいおい、こんな強力なもんで何隠してやがんだ?」

小さく呟き、改めて周囲を見回す。
すると術印はそこかしこに配置されていた。
それが集中する場所を視線で辿っていた、その時。
縁側の廊下を歩いて来る者が一人。
まだ成人してないだろう少年だ。
だが、獅郎が怪訝に思ったのは少年が纏う雰囲気だった。

(「あいつ、ガキの癖に妙な貫録」)
「何者だ?」

敵意の篭った声。
迷彩ポンチョを着ている今、こちらの姿は見えないはず。
だというのに少年は真っ直ぐとこちらに警戒の眼差しを向けていた。

(「どういうこった?」)
「何者だと・・・聞いている!
ーーザアッ!ーー

一喝と共に、それまで隠れていた茂み諸共、迷彩ポンチョまでもが切り裂かれた。
飛び退るのが一拍でも遅れていれば、自身も同じ運命を辿っていただろう。

「っぶねーガキだな!」
「・・・賊か」
「賊じゃねぇよ!」
「この屋敷に無断で立入った者は賊以外の何者でもない、生きて帰れると思うな」
「んの、クソガキ。生意気言いやがる。
目上に対する言葉の使い方、習わなかったのか!?」
「ふん、賊に払う敬意はない。年寄りが」

最後の一言にカチンときた。

「この・・・泣かすぞガキ
「年寄りの遊びに付き合うほど、俺はヒマじゃない。
墓に彫る名は聞かん、やれ」
「はっ、何言っ」
ーーズザザザザッーー

突如、突風が襲いかかる。
避けたと思ったが、服のあちこちがぱっくりと裂けた。

「ちっ!鎌鼬か!?でもどうやって・・・?」

悪魔の仕業とは考え難い。何しろここは術印が張り巡らされているのだ。
ではあの少年は何をやった?

「・・・貴様、何者だ?」
「ああ?」

少年は相変わらずの敵意と探るような視線でこちらを見据える。

「只者ではないだろ、名乗れ」
「人様に名前を聞く時はてめぇが名乗んのが先だ、覚えとけよクソガキ」
「・・・」
「慧様!何事で・・・何奴だ!!」
「貴様、御影の手先か!?」

現れた二人の男は、慧と呼んだ少年を背後に庇うように獅郎に対峙する。
勝手に進む話しに獅郎の機嫌はさらに降下していく。

「御影だぁ?何だそれ」
「シラを切るか!」
「お下がりください慧様、ここは我らが」
「おーおー、坊々は手下が多いこったな。
上に似て人の話を聞きゃあしねぇ」
「なっ!?慧様を愚弄するか賊が!!」

重なる賊呼ばわりに、獅郎は深々と嘆息すると親指でビシッと己を指差した。

「俺は藤本獅郎、正十字騎士団の祓魔師だ。
なーに勘違いしてんか知らねぇが、賊じゃねぇ!」
「ヴァチカンの飼い犬が、この屋敷に何用だ」
「この近辺の単なる調査、だったんだがな・・・」

ボリボリと頭を掻いた獅郎は、それまでのふざけたなりを潜ませスッと視線を細めた。

「無駄に強力な結界で、何を隠してんのかが気になってよ」
「「!!!」」
「・・・」
「へ、手下は正直だな」
「貴様!」

いきり立つ男達には目もくれず、獅郎は少年を見据える。
対して、少年の方も動じることなく射返してくる。

「何を隠してる?」
「貴様には関わりない事だ」
「そういくか、最近の悪魔の消滅と騎士団関係者の失踪、結界で隠されたモノ。
それとさっき手下が言ってた『御影』っつーの。
この一連に関係してるな?」
「教えるつもりはない」
「んとに、生意気なクソガキだな」

情報を明かさない態度に苛立ちが募る。
と、

「いたぞ!賊を始末しろ!!」

近づいてくる多数の足音に、獅郎は仕方なくその場を一旦離れる事にした。







































































































広い屋敷なことが幸いした。
足元では未だに自身を捜索しているような声が響いている。
それを尻目に、獅郎は術印の中心となっている建物の屋根へと辿り着いていた。

(「この辺か」)
『何者だ?』
「!」

突如響いた声に勢いよく振り返る。
この自分が声を掛けられるまで背後を取られたことに気付けなかった。
そこに立っていたのは神話に語られる神々の装い、自分が見上げるほどの長身、こちらをその場に縫い固めるほどの眼光。
直感した、人間ではないと。
何より相手の底知れなさに獅郎は身構えた。

「てめぇ、悪魔・・・じゃねぇな。
結界張られてるこの屋敷の中に普通にいんだし」
『・・・我が見えるか。
なるほど、彼奴が取り逃がすのも道理か』
「は?」
『立ち去れ。
この屋敷の者に見つかれば、間が悪い今では命はないぞ』

こちらの思惑とは裏腹に、男はそれだけ言うとこちらに背を向ける。
敵意とは反対の、まるでこちらを心配してるようなそれにすぐに反応できなかった。

「・・・気遣い痛み入るね」
『そんなつもりなど毛頭ない。無駄な殺生をさせたくないだけだ』
「させたくない?お前、慧っつー奴の配下か?
ガキのくせに殺すことを躊躇ってるようなタイプにゃ」
『彼奴は主などではない!』

淡々とした男だと思ったが、まるで別人かと思われるほど声を荒げたことで獅郎は思わず目を瞬いた。

「おーそうか、悪い」
『・・・去れ、命が惜しくばな』

バツが悪くなったのか、男はそれだけ言うと押し黙る。
獅郎とて男の言う通りにしたかったが、いかんせん、今は足元が騒がしい。

「なあ、お前さこの結界の中に何隠されてるのか知ってんのか?」

やる事がなく、とりあえず会話を試みる。
するとかなりの間を置いてから、不機嫌そうな声が返ってきた。

『・・・それを知ってどうする』
「隠されると見たくなるタイプなんだよ」
『命は粗末に扱うものではないぞ』
「大丈夫だよ、俺強ぇから」
『信なき輩に話すことはない。
これ以上、首を突っ込むならば我が貴様を葬る、去れ』

本気の殺気を向けられては、もうあの場に居ることができず獅郎は素直にその場を離れた。
遠巻きに屋敷を見上げ、懐のタバコに火をつけ目一杯煙を肺に入れ吐き出す。

「何だかなー、面倒くせぇことになりそうだ」

癒しの一服のはずが、どうにも厄介事な予感に気分は一向に晴れなかった。




























































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2015.6.7