ーーバダンッ!ーー
!」

荒々しく開けられたドア。
それをやってのけた当人は、部屋にいるだろう相手へ渾身の声を上げた。

「た、大変な事が起きた!緊急事態!一大事!大ごとだ!話を聞いてくれるかい!?」
「・・・」

しかし、その部屋にいたはベッドに横になったまま、開いた本からも顔を上げる事なくページをめくる。

「あれ?」
「ノックは一般常識だと教えられたが?」
「・・・ごめんなさい」

冷たい一言。
先ほどの勢いが完全に鎮火したの父、融は最初からやり直す為、部屋を後にした。
















































































































ーー守人ーー
















































































































ノックをした融は、部屋に飛び込んで来た本題に移った。
当初のウザさが消えたためか、も今度はちゃんと話を聞くように本に栞を挟んだ。

「水凪神社の神楽は知ってるかい?」
「秋祭りの2日間に奉納されるっていう事を言ってるなら」
「実は困った事にその舞い手の巫女が怪我をしてね」
「・・・ちょっと待て」

最悪な予感しかしないの顔が険しくなる。
しかし、融は止まらない。

「何でも街に出かける途中、神社の階段を降りてるところを踏み外したとかで」
「待てと言っーー」
「そこでだ!」

バーンと効果音を背負う勢いで融は両腕を広げ、さも祝い事だとばかりに満面の笑みを浮かべた。

「我が娘に白羽の矢が立った訳だよ」
「断る」

間髪入れず2文字を返したは読みかけの本に手を伸ばす。
しかしそれを阻むように融がの隣、本が置かれた場所へと腰を下ろした。

「えー!、神楽出来るだろ?」
「問題はそこじゃない、ソレを返せ」
「大丈夫大丈夫、開催は明後日だ。今日出発すれば問題なし!」
「大有りだ。妖払いの穢れまみれの身で神楽なんぞできるか」
「そんなの、禊すればいいだけだろ。はい解決!」
「この寒空の下、滝に打たれろと?」
「斬新な健康法の一つと思えば良いよ」
「ならお株は譲る」
「俺、神楽できないもん」
「中年が『もん』とか言うな」
「なぁなぁ、いいだろ〜〜」
「断る」

頬に人差し指をグリグリとねじ込む融の手を叩き、読書の続きを諦めたは腰を上げた。
それ以上話を聞くつもりがないの背中に融は口を尖らせた。

「えー!折角、の巫女姿見れると思ってビデオも準備したのにー」
(「目的はそっちか」)
「巫女を怪我させた妖払いなら受けるが、代役はお門違ーー」
「またその妖が襲ってくるかもしれないのに?」
「・・・」

その言葉にはピタリと足を止めた。
融は続ける。

「仮に一般人に被害でも出れば、歴史ある行事が消えるかもしれないのに?」
「・・・」
「あ!上手くすれば、神社に恩を売れるよな。
水凪神社の御神体っていえば、上位の部類だ。
目をかけてもらうだけでもーー」

の不機嫌顔が振り返る。
そこには、の読みかけの本で隠し切れていない口元をニンマリとさせている融が勝ち誇った笑みを浮かべていた。

「ーー相当な御利益だよなぁ〜」
「・・・はぁ」

取るべき選択肢が一つしかないようで、は深々とため息をつくしかなかった。
その後、善は急げだと融からスポーツバッグを押し付けられ夕方前に神社に到着した。
全て準備万端にお膳立てされていたことが腹立たしい。
苛立ちを隠したまま、は出迎えた宮司から明日の手順の打ち合わせを済ませ、寒空の下、滝行で禊を完了し、当日を迎えた。
神社内は参拝客でごった返していた。
面を付けたまま、神楽堂の中央で雅楽の開始を待つ。
と、参拝客の一角に見知った顔が並んでいる事に気付いたは面の下で呻いた。

(「げ・・・何故にあいつらが・・・」)

境内に立っていたのは、同じ学校に通う、夏目、田沼、西村、北本、そして丸いフォルム。
バレたら面白おかしくからかわれそうだ。
特に最後の奴に。

『む』
「どうした先生?」
「なんだ、知り合いか?」
(「まさか・・・」)

距離は離れているはず。
にも関わらず、こちらを見据えてくる視線。
この場でカミングアウトは勘弁してくれ。

「・・・」
『いや、何でもない。
それより夏目、早くイカ焼きを買いに行くぞ!』
「静かにしろよ!誰かに聞かれたらどうするんだ」
「ははは。夏目、イカ焼きの出店はあっちにあったぞ」
「なら後で行くか」
(「・・・助かった。
私は何も見てないってことにしよ」)

自分にそう言い聞かせると同時に雅楽が始まる。
重い衣装に身を包んだは、楽の調べに合わせ足を運び神楽堂の中を舞う。
数十分後、舞を終えたは深々とお辞儀を返し、参拝客の拍手でその場を後にした。
妙なところで気を張ってしまった。
は凝ったような肩を回すと小さく嘆息した。

「ふぅ・・・」
「お疲れさま」

穏やかな声に視線を上げる。
そこには水凪神社の宮司である、水凪藍真(さいしん)が立っておりは目礼を返した。
衣装から普段着に着替えたがこの神社の自宅である居間に行けば、藍真が穏やかな笑顔でお茶を淹れてくれた。

「今回は無理を言ってすまなかったね」
「いえ、こちらこそ良い経験になりました」

社交辞令を返し、湯呑みを傾ける。
その心中を分かっているのか、藍真は苦笑しながら続けた。

「しかしダメ元で融君に依頼したが、まさか娘さんの君が来てくれるとはね」
「はぁ、まぁ・・・」
(「有無を言わせる雰囲気でもなかったしな」)

言葉で命令しないのは有り難いが、はっきり言ってあのやり方は気苦労で疲れる。
来る前の事を思い出し、は一つ嘆息すると話を変えた。

「ところで、娘さんのご様子はいかがですか?」
「ん、まあ・・・あとは時間をかけて養生するしかないからね」

穏やかだった藍真の顔が曇る。
当然と言えば当然だ。
『階段を踏み外した』というのは、世間的な建前。
当人から話を聞けば、突き飛ばされた気がするということ。
さらに藍真が階段を下りるのを見送っていて、不自然に転がり落ちたらしい。
勿論、その場に二人以外の人間はいなかったという。
藍真に妖を見る力は無いと聞いた。
だが、娘には多少霊感があるらしく、そのせいで幼少から妖に絡まれ父がちょくちょく助けていたという。
本当なら自分が何とかするのは、神楽の代役ではなくこういう事だろう。

「明日、よろしければ境内を回らせていただけますか?
どちらかといえば、妖払いの方が私の本職ですので」
「それは構わないが・・・良いのかい?明日は学校なんじゃ・・・」
「ま、その辺りは父が上手いこと連絡するでしょうからご心配なく」







































































































ーー翌日

「・・・」

境内を一通り見回したが、特に害意を確認できなかった。
それは、怪我をさせた原因を発見できてないということでもある。

(「ま、向こうは悪ふざけでも人間が怪我するのもザラだし。
とはいえ、手抜きは主義じゃないしな・・・」)
「あらあらあら、精が出るわね」
「・・・あなたは確か・・・いとさん、でしたか?」

声をかけられ振り返ったそこにいた老婆。
神楽の準備の最中、宮司と話している姿を見た。
確か彼がそのように呼んでいたような気がする。

ちゃんよね?怖い顔してどうしたの?」
「えー・・・娘さんの怪我の原因を探してまして」

嘘は言っていない。
真面目に語った所で、奇異の目で見られるのも説明も面倒なだけなのは経験済みだ。

「そうなの?でも、もう心配要らないわ」
「はい?」
「ふふふ、私もあの子の看病をするしね」
「・・・」

断言する言葉。
でも確かに手掛かりがない以上、ここに留まっていても出来ることはない。
それに怪我人の看病だって自分の仕事ではない。
宮司の言葉通り、時間が解決する問題だ。

「・・・確かに、それもそうですね。
では、水凪さんにご挨拶して失礼します」
「色々ありがとうね」
「いえ、こちらこそありがとうございました」

礼を返し、は老婆の横を通り過ぎる。
この時間なら、藍真は自宅だろうかとつらつらと考えながら歩きだした。
念の為、何かあったら連絡するようにだけ伝え、は鳥居をくぐった。
そして、鳥居から一歩外に出た瞬間だった。
境内で満ちていた空気との違いに、老婆とすれ違い様に感じた清涼な空気を思い出す。

(「・・・あー、そういう事ね」)

藍真から連絡が来ることは無いだろう。
納得顔のはそのまま階段を下り始める。
歴史ある神社には、昔から社守りが存在しているのは当然ごとだった。
しかしその存在は人間だけでは無い。
神に連なるものや妖も然り。

(「秋晴れの良い天気だな・・・」)

駅までの道をのんびりと歩く。
学校はサボりになるが、こんな静かな時間が何より好きだ。
明日から始まる年相応の学生生活に若干の面倒さを感じながら、高い青空の下 長い暗紫が秋風に揺れるのだった。



























































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2021.10.07