ーー幸福な偽りーー





































「ちょっと、ルドガー!時間、時間!」
「うわ、もうか!行ってきます!」
「ちょっと待て」

呆れ顔の分史ユリウスは弟に近付くと、緩いそれをきっちりと首元まで上げる。

「堅苦しいの、苦手なんだって」
「いい加減慣れろ、これくらい」

きっちりと分史ルドガーのネクタイを締めた分史ユリウスだったが、分史ルドガーはすぐにそれを緩めてしまった。

「ま、そのうちにね」
「まったく、お前は・・・」
「こらこらー、兄弟愛も遅刻者を怒鳴り飛ばす声には敵わないと思うわよ〜」
「やば、遅刻!」

走り出す分史ルドガーは、振り返り様に見送る二人に言った。

「夕飯、トマトソースパスタにするからさ!」

それに応じるように分史は手を振り、分史ユリウスは苦笑を返して送り出した。

「あれでご機嫌を取ったつもりなんだからな」
「あら?取られてる人が目の前にいる気がするのは見間違い?」
「・・・ま、確かに取られてるけど」

『幸福』という言葉がピッタリな二人が目の前にいる。
そんな二人と一緒に暮らしている自分もきっと同じなのだろう。
無性に悲しくなった。
もうこれ以上この場から動くことさえ心が拒む。
分史ルドガーを見送った分史は先に部屋に入り、後を追うように分史ユリウスも続いた。

「じゃあ、ユリウス。
私、先に出るけど、今日のメディカルチェック遅れないでよ?」
「ああ、分かってる」
「返事は良いんだから・・・」

きっと分史は憮然顔で新聞を読んでいる分史ユリウスにコーヒーを出しているだろう。
正史世界でもそうだったように・・・

「必ずよ?」
「分かったって」
「お返事は?」
「・・・はい」































部屋を出て、出社しようとした分史はつい先ほど出たはずのルドガーと対面した。

「あら、ルドガー?どう・・・」

それ以上、分史の言葉は続かなかった。
ルドガーの思い詰めたその表情に、まるで全てを察したかのように小さく息を吐いた。

「・・・そっか」

困ったように、悲しげな微笑みを浮かべ、分史は身を硬くするルドガーを優しく抱き締めた。
泣きじゃくる子供をあやすように、自分より背の高いその背中を優しく撫でる。

「あの人のわがままに付き合ってくれてありがとう。
ごめんね・・・でも、ありがとう」

そう言った分史は、ルドガーから離れその背中をトン、と押した。

「レ・・・!」

呼び止めようとルドガーはすぐに振り返った。
が、そこに求めた人の姿は無かった。
分かっている。
ここは可能性の世界。
自分がこれから壊す世界。
だが、彼女は背中を押してくれた。
自分がやるべき、この扉の先へと・・・

ーーガチャーー
「なんだ、忘れ物か?」

コーヒーを片手に新聞を読んでいた分史ユリウスは振り返る。
そこには、自分と目を合わせない強張った顔の弟が立っていた。
しばらくその姿を見ていた分史ユリウスは察したように笑う。

「・・・そうか、トマトソースパスタ、食べ損ねたな。
ま、面倒なメディカルチェックも受けなくて済んだ訳だ」
「・・・・・・」

軽口で応じる分史ユリウスに、ルドガーは何も返せない。
それを見た分史ユリウスは仕方ないとばかりに肩を竦めた。

「気にするな。
弟のわがままに付き合うのも、案外悪くない。
・・・お前が教えてくれたことだ」

そう言って分史ユリウスは立ち上がると、ルドガーと背中合わせに話し続けた。































「もう行け、ルドガー。
守ってやりたい子がいるんだろう?」




































そう、守りたい者ができた。
一緒にカナンの地に行くと約束したから。
穏やかに言った分史ユリウスは、俯くルドガーの手にずっと持っていたソレを握らせる。

「!」
「お前は、お前の世界を作るんだ」

分史ユリウスはルドガーの前で目を閉じ、鼻歌を口ずさむ。
それはユリウスが、が好きでよく歌っていた歌詞無き愛歌。
駆け巡る、3人で過ごした穏やかな記憶。
溢れる激情を握り潰すように、ルドガーは自身の時計と兄の時計を目の前に突き出した。
それは己の身に骸殻を纏わせ、そして・・・






































兄の鼻歌を耳元で聞きながら、紅の海に懐中時計が落ちた。
いつまでも穏やかなユリウスの声が心に突き刺さる。
どれほど叫んでも、それは止むことがなかった。
そして足元の懐中時計が止まると同時に、分史世界は崩れ落ちた。
































メインシナリオ予定。
ユリウス28歳、 31歳



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2014.12.31