買い出しの帰り道。
思わず買い過ぎてしまった戦利品を片手に、ビニール傘を打つ鬱陶しい音に思わず悪態が零れた。
(「あー、最近雨多いー。
ゆうつだわー、そして最近やったら絡まれるんだもんなぁ。
どっかのアホぅがあいつの関係者ってことバラしたのかしら?
あー、メンドー」)
雨の中を歩けば、季節柄もあいまって身体の熱を奪われたようだ。私は小さくくしゃみをした。
「くしゅっ!う〜・・・こりゃ、帰って煮込み料理決定だな・・・?」
その時、鮮やかな色が視界を掠めたような気がした。
視線はゆっくりとそれを辿っていく。
アスファルトの先、自分に伸びてくる紅の筋を追って、追って、追って・・・
「わーお・・・って状況じゃ、ないわね」
無駄に冷静な自分がいる。
そうでもないと、きっと自制が効かなくなると思ったから。
そして、いつの間にか私はそいつのそばに駆け寄っていた。
「静雄、生きてる?」
声をかけるが、聞こえている様子はない。
身体を見れば、右脇腹と左太もも。
傷跡を見れば素手じゃない仕業だってことは素人の私にだって分かる。
(「拳銃・・・」)
ーードクン、ドクン、ドクン、ドクンーー
収まれ、収まれよ私の心臓。
鼓動の音で雨の打つ音が掻き消されそうだ。
男の肩を叩いても反応はない。
頬を打つ雨にも、そいつは起きる気配はない。
震えそうになる指先がゆっくりと男の首元に伸びる。
冷たいと感じたのは雨のせいか、血の気が失せているせいか。
それとも・・・
ーー・・・トクンーー
「・・・生きてる、か」
ほっとした。
これは本当に正直にそう思った。
ま、この男が頑丈でしぶといのは分かってはいたけど、やっぱり人間なのはホントだろうから。
「さて、ここから近くて面倒事にならない処置をする所と言ったら・・・まー、やっぱあそこか」
私は嫌々顔で深く深くため息をついた。
そして、ただでさえ雨で人通りの少ない道の中でさらに人が通らなそうな裏通りを選びながら、男に肩を貸し目的地に向けて歩き出した。
ーー≠素直ーー
歩き出して20分が過ぎた。
まだ接する部分が暖かいことが分かっていながらも、その足は急いていた。
だが自分よりも倍以上の体格の、増して気を失っている男を半ば引き摺るように歩いているせいで速度は歯痒いほど遅い。
「ぐっ・・・鍛錬はしてるが、か弱い乙女が、こんな木偶の坊を、運んでやーー」
「あ"ーー、クラクラする・・・」
やっとそいつが声を上げたことで、ホッとした10%、苛立ち70%、なんか諸々20%
なので・・・
ーーゴッ!ーー
「痛えぇぇっ!」
思わず脳天に拳を見舞ってやった。
「おいてめぇ!何し・・・」
「目ぇ、覚めた?し〜ずちゃん?」
「・・・、何やってんだ?」
「あらあら、まだ夢現にいらっしゃるのね。現実世界のモーニングコールはもっと激しいのがお望みとみえる。喜んでもう十発くれてやるわ」
「てかお前何で・・・あー確か俺・・・」
「銃で撃たれて道中でぶっ倒れてた。
今岸谷のとこに連れてってる途中なの」
分かったかコラ、とばかりな視線を刺してやればほぼ担がれているような男は、思い返すように顎に手を当てる。
「ちょっと、考えるなら少しは歩いーー」
「ああ、悪ぃ。世話かけたなこっからは自分で行くわ」
「はぁ?行くってそのあ、し・・・」
続きは言えなかった。
何しろそいつは大怪我を負ってるにしては普通過ぎるくらいに歩いていたからだ。
思わず額を押さえた。
あー、もう色々言ってやりたいわ。
「・・・あんた、人間?」
「つーかお前のその右手の袋はなんだ?」
「ああ、これ?だって買い出しの帰りにしずちゃん拾ったんだもん」
「お前な・・・」
「ま、歩けるなら話は早いわね。
さっさと岸谷んとこ行くわよ」
「そーだな。俺にぶっ放した奴をぶっ殺しに行かねぇとならねぇしな」
「・・・・・・撃たれても性格は矯正されないみたいね」
もう本当、少しでも心配してやったりホッとしてやったりした自分がマヌケに見えた。
雨も上がり、やっと目的地に着いた。
そして、負傷者のはずのそいつはいつも通りとはいかないまでも、当然とそのインターホンを押した。
そして、間を置かずドアは開けられる。
「驚天動地!何があった!?」
「ま、普通はこんな反応よね」
「霞さんまで居るって、どんなヤバい状況!?」
「おいこら、なんで私がセットだとそうなるのよ。
こいつ一人だけでAnytime Anywhereヤバいでしょうよ」
「るっせぇよ、少しは俺の心配でもしたらどうだ」
「してたわよ。不本意ながら絶賛本気で途中までね」
「途中までかよ」
「おーい、僕の質問にはいつ答えてくれるのかな〜」
玄関先での血塗れ男とその連れの論争に、岸谷が口を挟めば常識人の方である私が口を開いた。
「どーもこーもないわよ、見りゃ分かるでしょ撃たれたの。
だからここに来たのよ」
「んー・・・足と脇腹の筋肉の一部が著しく損傷してるね。
・・・ていうか、これでなんで普通に立って歩いてんの?」
患部をじっくりと見ていた岸谷が胡乱気な顔で男を見上げる。
ま、それは私も驚いたことだけど。
「なんでってお前・・・立って歩けるからに決ってんだろーがよ」
当然顔で言ってのける男に、返す言葉もない。
どんだけデタラメ人間だ。
「え?平和島さん!?どうしてここに・・・」
岸谷のリビングから現れた声の主に視線を向ければ、そこには何度か見た顔があった。
・・・約一名を除いて。
「お?・・・あーやべ・・・・・・誰だっけ」
「この単細胞」
「あ"あ"!?」
ぼそりと呟いた私の言葉を静雄の地獄耳が拾ったようだが、今は完全無視だ。
間近に迫る顔を押しのける。首辺りから鈍い音が聞こえたが気にしない。
こちらを不安気に見る女子高生に、私は人当たりの良い余所行き用の笑顔を向ける。
「ごめんね、園原さん。
ちょっとだけ邪魔させてもらうから」
「あ、は、はい!」
岸谷に肩を借りながら静雄はリビングのソファに我が物顔で腰を落ち着けた。
そして、医療具を揃えた岸谷はテキパキと準備にかかりながら、ソファの後ろに立つ私に問うた。
「それで一体何が起きたんだよ」
「それを聞きたいのはこっちの方なんだって。
さっさと説明しなさいよ」
「イヤなぁ、最初は雨で滑って転んだんだと思ってたんだけどよ。
そしたらなんか・・・腹と足からドクドク血が流れてな。
あー撃たれたのかって気付いて」
思い出すように語り出す男に、私はだんだん頭痛がしてきた。
「じゃあ相手をぶっ殺すかって思ったら、
なんかもうあいつら全員逃げ出しててよ・・・」
「馬鹿?」
「バカね」
「大バカ決定」
「救いようがないわ」
「バカが移る近付くなバカ」
岸谷に便乗して私はこれでもかとばかりに暴言を尽くす。
単純ド短気は第一声にを上げた方にドスの効いた声を上げた。
「死ぬか」
「心の底からごめんなさい。
ってか、なんで僕だけ!?」
「いや、いっぺん死ね」
もう、一言言ってやらないと気が済まなくなった私の安い挑発にそいつはお約束通りな反応を見せた。
「おい、なんつっーーぐぇっ」
「岸谷さ、とりあえずクロロホルム一瓶こいつに飲ませくれる?
ほら私が今ホールドしといてあげるからさ」
なんだったら静注でもいいわよ、なんてさらりと殺人発言をする私に、岸谷は真剣に悩んだ顔を見せた。
「いやさすがにクロロホルム一瓶飲ませたら、象でもただじゃ済まないと思うよ。
それに静注したくてもちょうど点滴は切らしててね。
というか、霞さんが拘束解いてくれないとこのままじゃ処置もできないんだけど?」
首を完全ホールドされている男は、撃たれているはずの足をバタつかせ確かに処置ができる状況ではない。
仕方なく私が拘束を解いてやれば、男からの睥睨が飛んでくるが知ったことじゃない。
というか、あいつにガン飛ばされても今更だ。
「ちっ、お前早く治せよ。あいつらぶっ殺しに行かなくちゃなんねーからよ」
「無茶言うなよ」
呆れ返る岸谷だったが、無茶発言男は聞く耳持たずだった。
「ぶっ殺す!俺を撃ちやがったヤツと、それを命令したっつう、紀田正臣って野郎をぶっ殺す」
「紀田?静雄撃ったのが?」
「なんだ、知ってんのか」
「あんたよか記憶力は良いからね」
私も呆れ返り、ふと思案に沈む。
(「なーんか、面倒事になってるなぁ・・・
拳銃まで出回ってるなんて、こりゃシャレじゃ済まされん事態ってことね」)
全く、警察も頼りない。
つーか、警察なんて事が起こらなければ動かないのだから、そんな所に期待しても仕方がないが。
「あーあ。
なーんか、ガキの喧嘩に振り回されてる大人が不甲斐ないというか。
首謀者にムカッ腹というか・・・オイタにはお仕置きが必要かもね」
「お仕置きだ?なんだ、誰かヤるのか?」
「あんたが言うと不穏なの。
とりあえず黙って治療受けて、ろ」
ーートンーー
「でぇっ!てめっ!そこ撃たれてんだよ!!」
「知ってるってば、だからやってんのよ」
「こいつ・・・治ったらマジで泣かす」
「はん、やって・・・」
と、全く会話に入ってこない人物がいるのに気付いた。
リビングを見回してもその姿はない。
「あれ?そういや園原さんは?」
ーーバタンーー
響いたドアの閉まる音に、私は岸谷と顔を見合わせた。
「あー、追いかけた方が良さげよね?」
「だね。君は何処まで状況を知ってるのかな?」
「静雄以上、岸谷未満ってことね。
ほら分かったら早く追いかけたら?」
「追いかけたらって・・・僕が?」
目を瞬く岸谷に、何を当たり前なことをとばかりな顔を返す。
「当然でしょ。私は知り合いじゃないし。彼女が行きそうな場所にだって心当たりないし。
私よか面識あるあんたが追いかけた方がいいに決まってるでしょうが」
「えと、面識って言っても僕はそんなに・・・」
「セルティの友人はあんたの友人でしょうが」
「そ、それはそうだけど・・・」
「このバカは私が見張ってるから」
「んだとコラ!」
「じゃ、いってらっさ、い!」
「わっ!って、蹴り出し!?」
部屋の主を蹴り出した私は、ひとまず買ってきた戦利品をなんとかすることに決めた。
何故って?
それはここまでの肉体労働と精神的疲労をした自身を労うために決まってる。
ただそれだけだ。
ーー・・・動揺しただなんて、絶対言ってやらないーー
さんは料理が気分転換方法。
ショッキングなことが続いたために料理で精神統一を図ろうとしているようだw
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2014.12.31