都内某所。
とある大学の民俗学部研究室。
待ち人が来るまでの間、用意されていた資料に目を通していた時だ。
扉が開いた音に振り返ってみれば、そこに居たのは・・・
ーーむかしばなしーー
現れたのは待ち人をではなかった。
それは向こうも同じようで、互いに視線が合った。
・・・かと思えば・・・
「なんと美しいお嬢さんだ」
「え?」
現れたのは日本人離れした彫りの深い顔立ち。
巷で言うところの『イケオジ』だろうか。
嫌味のない流れるような動作で、山本の前に膝をつくと彼女の手を掬った。
「今日は神の神託が下されたのか!
あまりの美しさに、私の卑しいこの胸が張り裂けんばかりに高鳴るとは」
「あら」
「あぁ、神はかくもこのような美しき女性を作りたももうたとーー」
ーードゴッ!!ーー
「ゴフォアッ!」
山本の前にかしずく男の頭上に大量の紙束が落とされる。
勢いよく落とされた為か、男は潰れるように床と仲良し状態。
しかしすぐさま復活し、やらかしたであろう背後に振り返った。
「って〜・・・おい!俺の超絶優秀な頭脳様になんて・・・」
「その超絶優秀な頭脳様には分別という言葉の認識はないようですね」
侮蔑の視線で見下ろしていたのは、山本が待っていた人物。
この研究室の主である、その人だ。
男は相手の静かなる剣幕に、ひくりと顔が引き攣り完全降参の白旗を上げる。
「Oops...」
「それと彼女は私の客人です。
少しでも失礼なことするなら出て行ってもらいますからね」
背後から効果音が出でそうな程、は男を睨みつける。
相対している男はぽりぽりと頬を掻いた。
後、しゅたっと立ち上がると何事も無かったように片手を上げた。
「よ、相変わらず変わりないようだな」
「・・・」
「しっかし、お前のようなモノマニアにこんな絶世の美女の知り合いが居たとは・・・
お嬢さん、今夜の予定ーー」
ーーゴンッ!ーー
再び山本の前に膝をついた男の脳天に向け、分厚い資料の角を叩き落とす。
クリーンヒットした激痛に男は床の上で痛みに悶えた。
「Noぉぉぉっ・・・」
「妻帯者が、恥を知りなさい」
「心配するな、絶賛離婚調停中だ」
床に転がったままビシッと親指を立てる男にの表情はますます険しくなる。
「尚悪い」
「んだよ〜、構って欲しくてそんな事ーー」
「警備室ですか?
民俗学部に不審者がーー」
「わ!馬鹿!ホントに連絡するんじゃねぇ!」
天誅を下された資料を集め終えた男を隣にし、は山本と向き合うようにして軽く頭を下げた。
「山本さん、大変失礼致しました。
こちらーー」
「そこの暴力娘のお兄ーー」
ーードスッーー
「ぐふっ・・・」
「無駄に出入りしてる部外者その一です。
覚えていただくほどの名前ではありません」
余計な口出し前に、の肘鉄が男の鳩尾に決まる。
二人のやり取りをずっと見ていた山本は最初から目を丸くしっぱなしだ。
「驚いたわね、ちゃんがこんな態度取る人が居るなんて」
「礼儀知らずに払う礼儀はないだけですよ」
「まったまたぁ〜、そう言いながらお前結構俺のこと気に入っーーいててててて!」
「お目汚しで申し訳ないです」
「それで、どういう関係なの?」
「・・・ですから」
男の頬をつねっていたの表情が曇る。
が、男の方からの肩に腕を回し抱き寄せた。
の方はもちろん不満気だ。
「実は実は、こーんな奴のーー」
ーーパシッーー
「・・・」
その時、に回されていた腕が第三者によって離された。
男が振り返れば、敵意ある視線で見下ろす青年が立っていた。
「おっと、こりゃ随分と人相の悪そうなお兄ちゃんだ」
「無作法者相手でしたら、私が代わりましょう」
「おっと、王子様登場〜」
「王子だ?」
「山本さん・・・」
また誤解を招くような言い回しを・・・とは頭を抱える。
隣の男にも聞こえたその言葉は、まるで面白いものを見つけたとばかりに輝く。
このままでは完全に弄られネタにされる。
「夏村くん、ソレは無作法者で不法侵入者なのは確かですが、残念なことに知り合いです」
「残念とか言うなよ!」
「では警備室に連れて行きましょうか?」
「待て待て待て!俺はただの客だ!」
「客人として招いた覚えはありません」
「
!てめぇな!」
「・・・」
男の言動に夏村は拘束していた腕を捻り上げる。
それ以上曲がらない角度まで捻り上げられ、余りの痛さに男は本気で怒り出す。
「痛って!おい!マジで勘弁しろ!こちとら商売道具だぞ!」
「はぁ・・・夏村くん、力だけ緩めてあげてください」
「そこは解放でしょ!」
ひとまず、夏村に男を解放させ床に正座をさせた。
そして、紹介する形を取るようには男の隣、椅子に座って二人に話し始めた。
「紹介する義理はないのですが、こちらたまに知識を借りているクリスです」
「Oui、クリス・芦野屋だ」
「というと、大学関係者?」
「いやいや、ただの通りすがりの一般人ですよ未来のHonーー」
ーーゴンッーー
「あだっ!」
無駄な口説き文句をは天誅で中断させる。
「この通り、女性には無節操に手を出しまくる人でなしです」
「ふっ、モテる男はつらいな・・・」
「40になる中年が、いい加減うちの生徒にちょっかい出さないでください」
「歳を言うなよ!」
悲し気に叫ぶクリスだが、はもちろん応じるつもりもない。
「紹介してあげたんですから、早く帰ってください。
見ての通りこっちは仕事中なんです」
「奇遇だな。俺も仕事中だ」
「・・・サボるなら他のーー」
『ーー先生、来客があります。教務課までお願いします。繰り返しますーー』
間の悪いタイミングの呼び出しだ。
きっ、と隣を睨みつければすでにに向けてひらひらと手を振っている。
このまま行かなければ、来客を待たせてしまう。
クリスをこのまま残すのは嫌な予感しかないが、選択肢は無かった。
「はぁ・・・すみません、ちょっと失礼します」
「おう!ゆっくりしてこい♪」
「夏村くん、5分してまだコレが居たら警備室に連れて行ってください」
「はぁ!?おま、それ酷くね!?」
「では失礼します」
そう言えば、は部屋を出ていった。
無視かよ、とぼやきクリスはの座っていた椅子に腰を落ち着かせる。
その場には、本日初顔合わせの3人だけが残った。
「あーあー、ったく。
可愛げのカケラもねぇな」
「それで二人はどんな関係なのかしら?」
「およ?興味ある?」
「そうねぇ、彼女は礼節重んじる感じでいつも接してるから。
その、猟奇的な行動とか、ね?」
と、山本の後半の言葉がもう一人に振られるがその当人は強面顔でクリスを睨んだままだった。
対して、クリスは自分の部屋のようにコーヒーを飲みながらリラックスモードだ。
「んー、まぁ口止めもされてねぇしな。話してやっか」
「残り4分40秒です」
「・・・この兄ちゃんも随分、細けぇな」
うんざり顔で夏村を見上げたクリスは、居住まいを正すようにコーヒーを机の上に置いた。
そして、何から話そうかとするように宙空を見上げた。
「そうさな・・・
お宅ら、あいつとは教授になってからの付き合いか?」
「私はそうだけど、ナッツは大学からの付き合いよね?」
「・・・はい」
しばし間を置いて夏村が答える。
すると、クリスは夏村に向かって問うた。
「なるほどな。
あいつ、普段はぽけーっとしてる癖に非常事態は無駄に冷静っつーか、取り乱すってことしねぇだろ?」
「・・・答えかねます」
「なら質問を変える。
アレが巻き込まれた事故の最中でも取り乱さなかったろ?」
「・・・」
その問いには、ある事実を含ませている。
その事実を知る人物が限られる事に、夏村と山本は僅かに構えた。
それを瞬時に察したのか、クリスは両手を挙げた。
「おっと、先に言っとくが俺はあいつから何も聞いてないからな。
あんたらはあいつの客で、俺はあいつのただの知り合い、それだけだ。
詮索する気も、立ち入るつもりもない。
なもんで、俺は巻き込まないように」
分かったか?と言うクリスに夏村と山本は顔を見合わせる。
そして、クリスは答えはどうしたとばかりに顎で先を促す。
しばらく悩んだ夏村は仕方なさげにその時の事を語り出す。
「・・・確かに、彼女は自分を顧みず少女を救出したり、古井戸に閉じ込められた際も真っ先に私の心配をしていました。
生き埋めになりかけた時も、特に取り乱すこともありませんでした」
「それ、結構肝が座ってるっていうか・・・
普通の女の子ならパニックになるものじゃない?」
「ま、普通ならそうなっても不思議じゃねぇな。
けど、あいつならさもありなんって感じだ」
「というと?」
「昔な、あいつは一度死に掛けたことがあったからな。
そっからんな妙な性格になった」
「・・・」
「・・・」
軽く語るクリスに対し二人は言葉を失う。
普段の穏やかな様子からはそんな事は伺えないから尚更だ。
それこそ死線を目の当たりにした者が持つ特有の空気さえ纏っていない。
「あ、事故じゃなくて病気な。つってもまぁ、難病とかって話じゃねぇぞ。
運悪く誤診が重なってだな、それと元々のあいつの無駄に我慢強い性格が災いしてそうなった」
「医療ミスって言うことかしら?」
「まぁ、そうとも言えるかもな。
病院に担ぎ込まれた時には手遅れで、あと一歩で命を落とすところまで重篤化してた」
「でも、そういう状況ならご家族が・・・」
「ま、『普通』ならな」
「・・・」
クリスの言葉に、それ以上の追及は誰もできなかった。
二人の痛みが宿る表情を見ながら、男はカップを傾け続けた。
「当時ガキだったあいつに、俺も大人気なく熱くなっちまってな。
ま、若気の至りだな・・・」
当時を懐かしむように薄く笑いながら男は語る。
そして、カップを机に置くとそれまでの軽薄さが消えた。
「人間、死線を目の当たりにすると、性格やら考えやら、何かしら変わる。
あいつは取り乱すって事が無くなった。末期ガン患者の諦めというか、悟りの心境に近いな。
あいつは死の受容過程をすっ飛ばして最後の段階、受け入れたんだ。
ガキの歳でそんな風になるとは因果な世の中だぜ」
重くなる空気。
それを知ってから知らずか、クリスは話を変えるように、あ!と思い出したように声を上げた。
「そうそう、付き合いだけだとあいつがこーんな小せぇ小学ーー」
ーーポンッーー
「ご歓談中失礼します」
クリスの肩に手が置かれた。そこは渾身の力が込められてるのか、ミチミチと不穏な音がする。
「HAHAHA。おいおい、随分とお早いお戻りだな」
「ええ、まぁ。
どうせよからぬ話をしてると思いましたので」
「何言ってやがる。
俺のハートフルな美談にご両人も感動してるだろ」
「なるほど。
では、個人情報をひけらかして下さった御礼に、こちらをお受け取りください」
「はぁ?何言ってーー」
「先生!」
の後ろから高い声が上がる。それにクリスは今まで1番に顔色をサッと変えた。
「げっ!」
「携帯もポケベルも置いて何考えていらっしゃるんですか!」
「あ、いや、なんだ。その、タバコを吸いにだな・・・」
「もともと吸われていないでしょう」
「イテテテテッ!おい!やめろ!千切れる!」
「人力ではできませんから、ご承知でしょう!」
「ホント、マジ痛い!おま!旦那だからってDVは認められてないぞ!」
耳を力一杯引っ張られているクリスが、悲鳴のように相手に抵抗する。
が、今しがたの発言に山本は驚いた顔を見せる。
「え?旦那って・・・」
「こちら、クリスの奥様です。
隣の大学病院の看護師長をされているんです」
「・・・ということは」
導き出される答え。
の詳し過ぎる過去の話。
夏村が腕を捻り上げた時に言った、『商売道具』
新たな来客にヘッドロックをかけられているクリスは、ビシッと親指を立てた。
「コレの元主治医だぜ。
そちらのお嬢さんならいつでも無料でーーグエッ!」
「落としますよ?」
「紫音さん、落としたら運ぶの大変ですよ」
「それもそうね。
では、先生。戻りましょうね?」
「えー、俺ーー」
「ね?」
「Aye,ma'am」
出口まで送ります、というに付いて山本と夏村も見送る事になった。
一行を先導すると紫音は並びながら校門まで向かう。
「いつもありがとうね、ちゃん。その後、身体は問題ない?」
「お気遣いありがとうございます。問題ありませんよ」
「そう?不調があったらすぐに言ってね」
「もう子供じゃないですよ。
開腹手術後の合併症の知識が無いわけではありませんから」
「こら、素人判断はダメって言ってるでしょ?」
隣からの軽い小突きに、は苦笑しながら応じる。
「判断材料の一つというだけです。手に負えないと思ったらお邪魔しますから」
「その前に来てちょうだい」
「はーい。あ、離婚調停中ってホントですか?」
遠慮する間柄でもない為、ストレートに聞いてみれば返されたのは綺麗な笑顔。
「・・・帰ったらお仕置きね」
「お疲れ様です」
(「やっぱり嘘だったか・・」)
地獄への直行便決定だな、と思いながらコレでも悪癖が治らない男には小さく嘆息した。
二人の後ろ。
まるで連行されるように後ろからも挟まれているクリスは頭の後ろで腕を組みながら独りごちる。
「ちぇー。もう少し居れるかと思ったんだけどなぁ」
「奥様が迎えに来てくれたじゃないですか」
「いやいや、あれは仕事させに呼び戻しに来ただけ」
「逃げ込む先としては、誤った選択でしょう。
次回から別の場所にお願いします」
「ま、あんたらみたいのが居れば、わざわざ俺が来る必要もねぇだろうさ」
カラカラと笑うクリスに、山本は含み顔で男の顔を覗き込む。
「過保護ね〜、まさか娘と思ってるとか?」
「ないないない、単なる腐れ縁だ」
「であれば、あまりからかうのはご遠慮願いたい」
終始、強面の夏村が間髪入れずに切り返す。
その様子に山本もキョトン顔だ。
対して、切り返された当人は珍しいものを見つけたように夏村を見返した。
「ふーん・・・」
「何か?」
「いんや、べっつにー。そうだ、兄ちゃんに男同士の餞別だ」
そう言って、気軽な装いで夏村の肩に腕を回した。
瞬時に表情を険しくした夏村だが、態度に反してクリスの声は真剣だった。
「あいつは、無駄に我慢強い。
相手の気遣いが過ぎて自分の気持ちすら隠す。
身を引いて相手を守れるなら平然とやる女だ。あんま無茶させんでやってくれ」
連行されるように珍客は帰っていった。
やれやれと、無駄に疲れたは小さく嘆息する。
部屋に戻るか、と踵を返そうしたがその場から夏村だけが動かなかった。
「・・・」
「どうしたの、夏村くん?」
「・・・いや、何でもない」
「そう?」
少し思い詰めているような感じがしたが、詮索するタイミングでもないか、とは研究室へと戻り出す。
そして、山本と肩を並べて歩き出すと隣から悲しげな声音が響いた。
「ちゃん・・・」
「どうしたんですか山本さん?」
「・・・苦労したのね」
憐憫の眼差し。
部屋に入った際のクリスのはぐらかしに、なんとなく何を話されたか当たりがついた。
「クリスの話でしたら、脚色過多ですから鵜呑みにしない方が良いですよ。
事実5%程しか含まれてませんから」
「低っ!」
「入院以外は恐らく脚色ですよ」
「・・・」
「女性を落とす為の飾り付けと言って、有る事無い事話を盛る人ですから、ご注意ください」
(「あの軽薄な感じ、有り得そう・・・」)
(「夏村くん辺りは信じてそうだなぁ・・・」)
勢い余って新たな人物がw
自分の事は話さないヒロインなので、外野が漏らしてしまった。
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2019.12.13