そろそろ腕が痛い。
提出する新しい資料の印刷を終え、研究室に戻る途中、間が悪いタイミングで立ち往生を余儀なくされていた。
「あの、通していただけませんか?」
進行方向を阻んでる二組に伝えているが、既に何度目かのやり取りとなっていて無駄骨な事は明確だ。
「えー、いいじゃん。授業なんかバックれて俺らと遊ぼうよ」
「申し訳ありませんけど、私は学生では無いのですが」
「またまた〜、俺らとそんな変わんないじゃん」
「ですから・・・」
「それにその若さで教授とかって、ウワサのあれくらいじゃん。
ほら、変な事故で一人だけ生き残ったっていう曰く付きのーー」
ーードンッ!ーー
「!」
突然、目の前に腕が出てきた。
驚いて視線で辿ってみれば、見覚えのあるトレンチコート。
そして、特徴的な黒髪が揺れていた。
こちらから声をかける前に、その人物は目の前を阻んでいた二人に向かって低い声を上げた。
「教授に私用なら、私が伺うが?」
ーー優しいKnightーー
間を置かず、障害物2名はあっという間に消えた。
お見事、と内心呟きながら、は未だにこちらに背を向けている男に声をかける。
「ありがとう、夏村くん」
「あのような輩に毎回絡まれるのか?」
「うーん。新入生の時期はたまにね。
みんながみんな、学業に専念する子達ばかりじゃないから」
「嘆かわしい話だ」
嘆息すると、夏村はが手にしていた資料を代わりに持った。
それに礼を返すと、二人で研究室へと揃って歩き出す。
「ちなみに、私まだ教授じゃないんだけど?」
「あの場の建前だ」
「助かったのは事実だけどね。
お礼にコーヒー淹れるから、仕事の話は部屋で聞かせてね」
「承知した」
研究室に到着すると、用意していた資料の束を夏村の前に積み上げた。
「はい、これが前回分ね。
今日貰った分、急ぎなら今週中に何とかするけど?」
「特にそれは聞いていない、手すきの時に仕上げて貰えれば問題ないはずだ」
「りょーかい」
新しい追加資料の一覧にはじっくりと目を通す。
その表情をしばらく見つめていた夏村は小さく呟いた。
「すまなかった」
「どうしたの、突然?」
「妙な噂になってしまったな」
いつになく肩を落とすその様子には目を瞬く。
何かあっただろうかと考え込めば、思い当たるのは先ほどの新入生が発した言葉。
「どうってことないよ。
真実を知らない第三者は憶測巡らせるしかできないし」
「・・・」
「そもそも、夏村くんのお陰で命拾いしてるんだから、
そんな悪い事したみたいな顔しないでよ」
「・・・善処する」
「あはは、善処なんだ」
そもそも彼が謝ることでもないだろう。
過去は元に戻せない。
どんな大きなものを失ったとしても、生き残った側は続きの時間を過ごすしかないのだから。
「はい、コーヒー」
「頂戴する」
淹れたコーヒーを傾ける夏村。
先ほどから晴れない曇り顔に、は自身のカップを置いた。
「夏村くん」
「なんだ?」
「ありがとう」
「?」
「さっき助けてくれたから」
「もう聞いた」
「うん、ありがとう」
「・・・もう充分だ」
繰り返し言えば、照れ隠しでそっぽを向く。
それに満足し、は再びコーヒーに手を伸ばした。
困った時に助けてくれる、寡黙で優しいKnight。
いや、彼のイメージは違うか。
どちらかといえば・・・
>おまけ
「それにしても、どんな顔して追い払ったの?」
「別に、単に凄んだだけだ」
「いつか見て検証しないとね」
「・・・何の調査をするつもりだ」
「ふふ、冗談です」
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2019.12.7