鼓膜を早鐘の鼓動が打つ。
だが、走りを止めることはできない。
止まったら最後、恐らく再び走り出すのは今の自分には無理だ。
(「ドジったな・・・」)
未だに出血が止まらない脇腹を押さえながら独白する。
まさか追っ手にやられるとは、腕が鈍ったのだろうか?
いや、今回は相手が相手で慎重を期したが不足だった。
それだけだろう。
(「手練れの護衛があそこまでいたとはね、想定してなかった自分に腹が立つわ・・・」)
浅い呼吸を繰り返しながら、もつれそうになる足を無視し思考だけは置かれている現実から目を逸らす。
だが、ついに体力の限界で手近の塀によろけた体をどうにか支えた。
だめだ、早く・・・早く足を動かさないと。
せめて追手をやり過ごせるどこかに・・・
「居たぞ!」
「・・・ちっ」
流石に、手際がいい。
こちらは深手で撒くのも難しいというのに。
(「ま、これじゃあ廃業もやむなし、か・・・」)
力が抜け、地面に膝を付いた。
ここまでか。
と、その時。
視界の端に何かが掠めた。
ゆるゆると見上げれば、ぼやける視線の先にあったのは闇夜に同化するような真っ黒なシルエット。
(「・・・死神のご登場とは、凝った演出ね・・・」)
思わず浮かんだ笑みに、意識はそこでふつりと途切れた。
ーー一難去ってトドメの死神ーー
「・・・?」
目の前には白い天井。鼻に付くのは消毒薬の臭い。
窓辺のレースカーテンがそよ風に揺られ、まるでドラマのワンシーンのような・・・
・・・ちょっと待て。
自分は一体、何をしているんだ?
いや、その前にここはどこだ?
どうしてあの状況からこんな場面に記憶が飛ぶんだ?
あれ?もしかして死んだからここはあの世?
それともまだ生きてるのか?
でも病院にしてはそれらしい雰囲気はどこにもーー
「目が覚めましたか?」
聞き覚えのない声に首を巡らせる。
そこには上から下まで黒衣を纏った男が紙袋を手にこちらを見下ろしていた。
「!?」
「いやはや、大した生命力ですね。
生き返るのが不思議な程の負傷具合だったというのに」
すぅと、血圧が下がる。
目の前の男と面識はない。全く、唯の一度も持っていない。
だが仕事上の情報で、写真で一方的な面識は持っていた。
自身の中で、最も仕事をしたくない上位に入るその男。
名を赤屍蔵人。
(「な、な、なんで私がこの男に助けられるなんて状況に・・・」)
あり得ない。
というか、この男の性格上、何故に助けたのかが理解不能だ。
「おや、顔色が良くありませんね」
「あ、いや・・・」
「ご心配なく。私はあなたを追いかけていた連中の仲間ではありません。
女性一人に集団で襲いかかるほど姑息な趣味もありませんので」
(「・・・それ、タイマンならヤるってことでしょうか・・・」)
冷や汗が止まらない。
どうしたらこの場を変な疑いを持たれず去れるのだろうか?
とはいえ、相手が相手。
まずは向こうが自分の情報をどれだけ知っているのかが分からなければ動きが取れない。
「あ、あの・・・どうして見ず知らずの私を助けてくれたんですか?」
「女性が襲われていては、助けるのが紳士というものでは?」
「は、はぁ・・・」(「どこが紳士!?」)
「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。
私は赤屍蔵人と申します」
「・・・です」(「知ってます(泣)」)
「ではさん、一つ命の恩人である私の質問に答えていただけますか?」
「は、はい?」
「何故、あの様な連中に追われていたのですか?」
わー、ど直球。
こちらに向ける笑みが、笑顔のはずなのにとてつもなく恐ろしい。
下手なはぐらかしはそのまま死を意味する、まさに『死神』
(「ど、どう答えるよ!?どれが正解!?馬鹿正直に答えても・・・
うぎゃー!ダレカタスケテ!!」)
「どうされました?」
「あ、そ、それは・・・」
「ふむ。答えられない、または答えたくない、と言ったところですか。
なら質問を変えましょう」
(「ほっ、よ、良かっーー」)
「あなた、私とどこかでお会いしてますね?」
(「ーーじゃなーいっ!!
バレてるし!ってか、質問じゃなくて確認になってるーーー!!」)
相手からは相変わらず微笑のまま。
それが逆に怖すぎる。
こ、これは・・・腹を括るしかないようだ。
「・・・実は上司からあなたの事を聞いたことがありまして・・・」
「それはそれは、道理で先ほど私の顔を見て酷く驚いていた理由はそれでしたか」
(「ンギャー!!露骨な私のバカッ!見透かされてるしーーーっ!!!」)
「す、すみせん。
今まで聞いた話では、私のような者を助けてくださる方だとは思ってもみなかったものですから」
「構いませんよ。
恐らくその話は間違ってはいません」
「は、はい?」
「普段なら、一般人を助ける事はしないのですよ。
ですが、昨夜はちょっとした噂を小耳に挟んだものですから少々興味が湧きましてね」
「う、噂?」
自分でも声が裏返っているのが分かる。
どうしよう、声ってどうやって出すんだったっけ?
向こうはこちらの動揺に気付きながらも、あの笑みのまま穏やかに続ける。
今はそれが逆に針の筵に近い拷問だ。
「ええ。
何でも裏新宿に精通した情報屋がある屋敷を探るらしい、と」
「・・・」
「もしも、それが本当ならあの場にタイミング良く現れたあなたなら、何かご存知かと思いましてね」
「え、えーと・・・」
「色々な仲介屋が裏付けに使っている情報屋と面識を持てれば、私としても今後の仕事が楽しくなりそうな気がしましてね」
「そ、その・・・」
「どうでしょう、さん?」
「は、はい?ど、どうでしょうというのは、何がでしょう?」
「あなたはその情報屋と繋がりがある方なのですか?」
「・・・・・・」
「沈黙は肯定と受け取ってしまいますよ?」
「・・・ノ、ノーコメント」
「くっくっくっ、面白い方だ」
(「私は面白くなーいっ!」)
「ご心配なく。
重症な患者に手を下す真似はしません。
完治するまでゆっくり休んでいってください」
(「だ、誰かマジで助けてーーー!!!」)
《おまけ1》
「・・・あ、あの、後学のために質問しても?」
「どうぞ」
「どうして、私が一般人じゃないと分かったんですか?」
「傷の処置の為、あなたの身体を拝見しましたからね」
「!?」
「本当の一般人女性はあれほど鍛えられ、多くの裂傷跡を持っているとは思えませんから」
「・・・さ、さよですか///」
《おまけ2》
「ヘヴンさん、お久しぶりです」
「ちょっと!聞いたわよ!」
「はい?」
「あんたいつの間にそんな事になってたのよ!」
「は、はぁ?」
「んもう!惚けちゃって〜
でもまさか、あんたがああいうタイプを選ぶなんてね〜」
「ちょ、話が見えーー」
ーードンッ!ーー
「ま、しっかりやんなさい!一応、応援はしてあげる!」
「いや、だからーー」
「じゃ、あたし仕事があるから。それじゃあね!」
「・・・で?何の話??」
ポッ○ーの日なのにポッ○ー関係無いw
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2019.11.11