「ところで、早河殿から聞いた対策本部へ推薦したい人物というのは?」
「何でも、民俗学で相当優秀な助教授らしいわ」
「助教授?」
「そう。
まぁ、ホントは教授を召集するように言われてたんだけど、どうもその人入院中らしくてね。
で、その教授の推薦でその人が指名されたワケ」
「・・・そうですか」
ーー偶然の確率ーー
都内某所。
目的地の大学に到着した車から降りた一組の男女。
男は黒のスーツにトレンチコートと帽子。
女も黒を基調としたミニスカートに豊満な胸を強調するようなそれ。
そして互いに黒の長髪。
高い校舎を見上げた女は、校内案内図の前でかけていたサングラスを額の上に上げた。
「・・・」
「えー、と。
民俗学部の場所は・・・って、夏村くん?」
「こちらです」
「は?」
一人歩き出す夏村に、慌てたように女が続く。
足早に去って行く二人に大学生だろう生徒の皆が皆、振り返る。
普段なら愛想撒くついでに手を振り返してる山本だが、普段は見ない夏村の行動の方が興味を引いた。
「ちょっとちょっと、どうして知ってるのよ?」
「私も一時期こちらに通ってましたので」
「嘘!夏村君、この大学通ってたの!?」
「はい。左門殿に呼ばれ里に戻るまでですが」
「へぇ〜、じゃぁその助教授って、もしかしたら知り合いかもしれないわね」
時間を要せず、目的の場所へと到着した。
が、ノックへの応答はなく山本はドアを開ける。
しかし、目的の人物の姿はなかった。
「あら、不在かしら。
一応連絡しておいたって聞いてたけど・・・」
そう言いながら、山本は部屋の中へと入る。
対して夏村は入ることはなく、廊下に立ったままだ。
そんな男に構わず山本は主の不在を良い事に、部屋の中をじっくりと物色する。
所狭しと並べられた様々な種類の本、壁に貼られた日本地図への書き込み、ボードに貼り付けられた沢山の付箋。
調べかけだろう本には、日本各地の伝記の一覧の横に海外の本が積まれていた。
「ふ〜ん、大学の教授って呼ばれる位だからもっと埃被った雑然とした感じをイメージしてたけど・・・」
「・・・」
一言で言えば、整頓された部屋。
埃も被っている所がないところを見ると、この部屋の主はきれい好きなようだ。
「どうしますか?」
「そうねぇ、時間もないし校内放送でもーー」
「すみません、早河様からお伺いしていた・・・!」
弾んだ声はそこで途切れた。
走ってきただろうその人物は、慌てた様子だったが廊下に立っていた男と目が合うと両者は目に見えて目を見張った。
「!」
「!」
その様子に部屋から顔を出した山本は、相方と目的の人物の間で視線をキャッチボールさせる。
「ん?ん?んん?」
「あ、す、すみません。
当校で民俗学助教授をしております、
と申します。
お話は伺っておりますので、どうぞ」
取り繕うようにそう言い、二人を部屋の中へと案内する。
そして来客用のパイプ椅子を出せば、それに山本が座り、もう一人はその後ろに立った。
「はじめまして、
さん。
私はエヴァンジェリン山本、こっちは鎖部夏村君」
「ご丁寧にありがとうございます」
「で、早速本題なんだけど?」
「はい。こちらが今ご用意できる資料になります」
「拝見するわ。
ついでに、こっちの追加資料も欲しいって早河に言われたんだけど」
ポケットから出されたメモ紙。
それを山本は気軽に渡せば、受け取った方の表情がどんどん曇っていった。
「・・・こちらですと、少々お時間が必要になりますが・・・」
「うーん、そっか。
でもなるべく早くって言われてるのよねぇ」
困ったように顎に手を当てる山本。
もしこの場に自分の上司に当たる教授が居れば、即座に言いなりになるだろう美女の憂い顔。
しかし、自分は女だが言外にすぐに欲しいとばかりなソレを断れるほど強い性格ではなかった。
「えーと、お待ちいただけるなら資料室から探してきますが?」
「ホント!助かるわぁ〜」
「では、こちらでお待ちください」
二人を部屋に残し、
は早足で廊下を歩く。
そして角を曲がった時、乱れた鼓動を落ち着かせるように深く息を吐いた。
少々、あからさまだっただろうか。
部屋では結局、山本という女性としか話をしなかった。
もう一人とは会話どころか、視線すら合わせていない。
資料を探して戻ったところで、気まずさは増すだろう。
自身の動揺ぶりが情けな過ぎる。
無意識に胸元に隠れているリングを上着越しに握った。
「はぁ・・・」
「どうした?」
「ひうっ!」
突然の声に、変な悲鳴を上げてしまった。
勢いよく振り返ればそこには、さっきの部屋で待っているはずの人物。
「なっ!どうして!」
「山本殿から手伝って来いと言われてな」
「そ、そう・・・」
「・・・」
「・・・」
それ以降、会話は途切れる。
届くのは遠くから響く大学生達の他愛のない会話。
間が持たない気まずさに、
は必死に話題を探す。
「その・・・久しぶり」
「ああ、そうだな」
どうにか絞り出せた言葉に相手も会話を返してくれた。
少しだけホッとした
は止まっていた足を資料室へと向けることができた。
「助教授になったんだな」
唐突の呟き。
資料室で目的の資料を探しながら、初めて投げられた向こうからの声。
壁に寄りかかったままの彼の声。
単なる独り言だったのかもしれない。
それでも、
は溢れる嬉しさを抑えながら返事を返す。
「単なる人手不足の繰り上げよ」
「実力だろう」
「そんな事ないよ。
そっちは里の方、大丈夫?」
「問題ない」
「・・・そっか」
懐かしい。
本当に必要な事しか喋らない人。
変わってない事に懐かしさがこみ上げる。
「あの、夏村くん」
「?」
粗方、資料を探し終え、
は彼の目の前に首から下げていたチェーンを手に乗せ彼の前に差し出した。
そこにあったのは金属製のリング。
彼が大学を辞める時に渡してくれた。
あの時は渡された理由も意味さえも分からなかった。
「ありがとう、コレって貴重品だったんでしょう?」
「・・・持っていたのか」
驚きに満ちた顔。
それもそうか。
あの時、大学を辞める彼に私は反対し半ば喧嘩別れに近い形になった。
けれど彼は理由を語らぬ代わりにこのリングだけを置いて大学を去っていった。
嘘をつかない人だったから、一緒にいる時は心を許せる人だったから。
だからこそ、理由を知りたかったのかもしれない。
でもあの時の私は、世界がどんなものかを知りもしなかった・・・
「1年前、封鎖区域だった町に調査に出てたの」
「!」
「現実を見たら、何も知らないフリなんて出来なくて対策本部への参加は私から教授にお願いしたの」
大勢の人間が死んだ。
私の目の前で、金属化してみんな動かなくなって。
生物が動きを止める中、蝶だけが舞っている光景がまるで自分が世界から見捨てられたようで。
軍に保護され、どうして自分が生き残れたかを知った。
そう、彼が語れるはずもなかった。
こんな地獄絵図になる世界を、平和な世界しか知らない自分が知ったところで信じられるはずもない。
彼の正体を知ったあの時にもっと私が察していれば、去り際に彼を無為に苦しめる事もなかった。
無知な自分を恥じた、幼稚な考えの自分に。
「命の恩人に返せるものは返さないとね」
「・・・」
そう、世界がどんなに変わっても、変わらないあなたの為に自分が返せるのはそれだけだ。
指定された資料の写しを取り終え、
と夏村は最初の部屋へと戻って来た。
「お待たせしました。
今お渡しできるのはこちらになります。
残りについては、すぐにおまとめして提出します」
「助かったわ。ありがとう」
「いえ、私で協力できることであれば何でも仰って下さい」
「ふ〜ん、なら一つ聞いても?」
「はい?」
手元の資料を集める
に山本は直球の問いを投げた。
「この男と面識あるみたいだったけど?」
ピタリ、とその手が止まる。
時間にして1秒もなかったはず。
が、彼と一緒に行動をしている人ならきっと聡い方だろうと思い、事実を告げる。
「彼とは同じ学部を専攻してました」
「あれ?それだけ?んー、でも・・・」
「山本殿、左門殿から早く戻るようにと連絡が来ています」
「あんにゃろめ、良い所で邪魔してくれるわね・・・」
夏村の手元の携帯に、ひと睨みを投げた山本は面倒そうにため息をつくと、勢いよく立ち上がった。
「じゃぁまたね、
さんv」
「は、はい!こちらこそ」
差し出された手を握り返し、山本は後ろ手を振りながら去っていった。
明朗快活。
まさにそれが人の形を取ったような人だ。
私とは対局に近いかもしれない。
「騒がしくて悪いな」
「ううん。夏村くんもその・・・」
言葉を探す。
もう、あの時のような後悔のないように。
だが自分は彼のように特別な能力も無ければ、隣に並べる力もない。
「・・・気を付けてね」
探し出せたのは、そんな平凡な言葉だけ。
ただ、自分にできる精一杯の祈りを込める。
と、夏村が無言でこちらに握った拳を差し出した。
「?」
「手を」
戸惑いながらも両手を広げれば、そこに置かれたのは先ほど返したリングとさらにもう一つのリング。
「!ダメよ、私なんかにーー」
「これから何が起こるか、鎖部の者でも分かっていない」
「でも・・・それなら尚更・・・」
「用心の為だ」
返そうとしても夏村は自分の手を握らせ、頑として譲らない。
初めて見たかもしれない、彼の余裕が伺えない真剣な表情。
は返そうとした手を自身に引き寄せた。
「・・・ありがとう」
追加の資料を手にして民俗学部の部屋を後にし、車へと戻ろうと懐かしの学び舎を出た。
瞬間、
「おやおやぁ〜」
「っ!」
気配を消していた山本が、したり顔・・・いや、邪悪と言うに近いにやけ顔でこちらに不気味な顔を向ける。
「『同じ学部を専攻してた』だけの関係だったのかしらぁ?
な・つ・む・ら・くぅ〜ん」
「あなたには関係ない事です」
「やぁねぇ〜、私には大好物なんだけど♪」
「・・・」
背後からの執拗な問いをことごとく無視し、運転席に乗り込む。
山本も後部座席に乗り込み、わざとらしく記憶を手繰るような仕草を見せる。
「
さん、かぁ。
確かに可愛らしい子よね。学者肌って感じだし、荒事やってる夏村君とは真逆な感じ」
「・・・」
「しかもあの歳で助教授なんて将来有望って事かしら?
早河も目を付けてるみたいだし、今後引き抜きもあったりして・・・」
「・・・」
「そういえば彼女は知ってるの?あなたが魔法使いだってこと」
「・・・ある事故を経て知っています」
「そうなの?でも大丈夫?関係者以外に知られるのはーー」
「
は分別無く言いふらす人では・・・!」
しまった、と思ったがすでに後の祭り。
山本はこれまで以上ににんまりとしている。
思わず口走ってしまったソレは、誘導尋問の術中に自身がまんまと引っかかってしまった事実を告げていた。
「ふ〜ん、『
』ちゃんって言うのかぁ〜。
ねね、その事故ってどんなんだったのよ?
というか、彼女なの?どこまで進んでるのよ?
詳しく教えなさい!」
「・・・・・・くっ」
不覚を取った自身の愚かさに、悔しさと怒りと羞恥とで顔に熱が集まるのが分かる。
夏村は煩い後部座席から距離を取るように、アクセルを踏み込んだ。
>おまけ
資料を取りまとめようと
はコーヒーを淹れ、パソコンへと向かう。
と、電源の入っていない画面に映った自身の姿が目に入る。
胸元に光るチェーンに揺れる二つのリング。
だが、視線はそこでは無くさらに下に下がる。
先ほどまでここにいた美女と、自身のを比べるように見つめため息をついた
(「何食べたら山本さんみたいに育つんだろう・・・」)
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2019.12.2