出会って早、1時間。
だというのに、交わされる言葉は皆無。

「・・・」

別にそれが嫌という訳ではない。
そもそも無言の空気が嫌になる相手と1時間も一緒に居るわけがないのだから。
ちらりと横目で相手を伺う。
室内だというのにサングラスをかけたままで、いつものバーテン服には少々という言葉以上の皺と汚れ。
出したコーヒーはもはや冷め切り、テーブルに頬杖をついたまま緩まれることなく眉間に刻まれる深いシワ。
ま、目の前で仏頂面を見るのもそろそろ飽きてきたはきたわけだが・・・



































ーー二人の関係ーー




































「・・・・・・」
「ご機嫌ナナメですか、し〜ずちゃん?」
ーーピキッーー

あ、怒った。
それが簡単に分かるほど米神の血管が浮き出ていて、こちらに向ける目つきは剣呑さを増した。

「そう呼ぶんじゃねぇって言ってんだろ」
「だって便秘5日目ですって顔で居座られちゃね」
「んなんじゃねぇっ!」
「なら、何かあった?臨也くんと」
ーーピキッーー

あ、二度目。
カルシウム不足もこの歳から頻繁だと、将来頭部の茂り具合いが心配だ。
・・・心配する義理もないだろうけど。

「だ〜か〜ら〜、俺の前でそいつの名前をーー」
「あーもう、このウルトラド短気男」
「あ"あ"っ!?なんーー」
ーーボフッーー

文句を塞ぐよう、私はその顔めがけて服一式を投げつけた。
勿論そんなことすれば、この超絶ウルトラスーパード短気単純直情型男の取る行動など分かりきっている。
と、ふるふると身体を震わせたそいつは顔を塞ぐそれを剥がし取った。
はい来ました、予想通りの展開。

「何しやがる !!」
「そんなに怒鳴んなくても聞こえるわよ。
年寄りじゃないんだから」
「んだと、コラ!」
「カッカしてるの分かってるから、ソレに着替えるようにしてる私の気遣いが分からない?」

その言葉に頭に上った血が少しは下がったのか、その男は自分が床に叩きつけた物に視線を落とした。

「・・・ジャージ?」
「その服汚したくないんでしょ?
なら着替えて屋上に集合」
「屋上?なんでわざわざ・・・」
「はあ・・・・ホント、無自覚なのかしら」
「あ"あ"っ!?」
「あら、聞こえた?」
「思いっきり言ってただろうが!!」
「はいはい、なら言わせていただきましょう」

そう言いながら、私は自分より背の高いその男の鼻先にビシッと指を突きつけた。

「悶々考えてるなら身体を動かした方がマシよ。
元もよりあんたは頭脳派じゃないんだから」
「喧嘩売ってんのか?」
「それとも私に勝てないからビビってるのかしら。し〜ずちゃん?」
ーーブヂッーー

盛大なキレる音。
そして、目の前の男はひくりと口元を引き攣らせ立ち上がった。

「上等だっ!今日こそ泣かすっ!!」


























ーー1時間後・・・





























「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ・・・
あーーーっ、ちっきしょっ!!!

盛大な怒声が、晴れ渡った青空に響き渡る。
大の字で寝そべるその男の姿はきっちりとジャージ姿で、サングラスで隠れていた目元は酸素不足もあるせいか険しい。
そして、立っている自分とは対照的にボロボロだ。

「お〜い、生きてるか〜
し〜ーー」
「だ!ま!れ!」

切れ切れに怒鳴る男に、そいつを見下ろした私は目を瞬く。

「なんだ、言い返す元気はあるじゃない」
「うっせ・・・」

おや、そうでもなかったようだ。
再び肩で息を付く男のそばにしゃがみ込むと、ポケットからひょいと今必要だろうそれを渡してやる。

「ほら、水分補給。
大人の体内水分量は65%、うち15%を失うような激しい運動をすると病院に担ぎ込まれるという状態になってしまう訳なのだよ」
「うっせ」
「そこはありがとう」
「・・・要らねぇ」
「あ〜っそ」

そう言った私は、真新しいミネラルウォーターのキャップを開け、そいつの目の前で飲んでやる。

(「くそっ・・・なんで160もねぇちっせえ女に勝てねぇんだ」)

そう思った男は恨めし気に水を飲む女を見上げる。
ボロボロの自分(の服)と違って、そいつの服は綺麗なものだ。
そして、何度も見飽きた青空に視線を移した。

(「・・・だいたい、毎回毎回なんで俺だけこうも床に転がされんだ。
納得いかねぇ」)

自然と眉間にシワが寄る。
どう考えても体格も体重も力も自分が上だ。
そして恐らく経験も。
だのに、こうも足下にも及ばないみたいな扱いをされると、というかこんな姿は・・・

(「あいつにはぜってぇーー!!!」)

思考が止まった。
視界に映っていたのは、青空と黒髪。

ーーゴクッーー

喉が水を嚥下する。
そしてその目的を果たしたかのように、柔らかい唇は離れていった。

「全く、水分量補給は大事だって言ってんのに」
「・・・」
「私の好意を何だと思ってんだか」
「・・・・・・」
「服も用意して相手もした私の心遣いの差し入れを拒否るとは」
「・・・お、おい」
「不愉快、シャワー浴びる」
「ちょ、待て!」
ーーパシッーー

背を向けた直後、手首を掴んだ大きな手。
先ほどの延長なら有無を言わせず逃れることができた。
けど、できなかったのは・・・

「離して」
「断る」
「また投げ飛ばされーー」
「・・・悪かった」

不意打ちの言葉に、不覚にも肩が僅かに動く。
それが悟れないほど、腕を掴んだ男は鈍くない。

「悪かった」
「別に・・・」
「だからこっち向け」
「断る」
「なっ、んだとコラ!」

再び勢いを取り戻した男の力に引かれ、そいつは私の見なくてもよかった顔を見ることになった。

「!」
「・・・」

あー、火が出そうってこういうことだ。
カッコ悪いな、私・・・

「・・・あー、なんだ・・・」
「・・・なによ」
「言っていいのか?」
「・・・」

言うな、と言いたい。
きっと今聞いたら、いつもの通りの・・・
そう、この男をここに連れて来るに至るまでできたようにはできない確信があったから。
でも、そんな事を言ったところでこの男の口が閉じることがないことも知っていた。































「しまらねぇ奴」































耳に届いた柔らかい声音に、いち早い反応を示したのは身体だった。

「黙れ静雄」
ーードダンッ!!ーー
「でえぇっ!」

盛大に背中を叩きつけられ、男は苦痛に顔を歪めた。
だが、それでもこちらに向ける視線は外れない。
・・・見るんじゃない、バカ。

「っ・・・!」
「乙女の恥じらいを開けっぴろげに言う報いよ」
「くくくくっ、その乙女が俺を投げ飛ばすのかよ」
「手加減して欲しかったと?」
「したら許さねぇ」
「じゃあ、言うなよ」
「もう黙れ」
「わっ!」

再び腕を引かれた為にバランスを崩し、投げ飛ばした男の上に被さるように倒れ込む。
そして、私の顎を長い指が絡め取った。


・・・サンキューな


小さならしくない言葉に、鼻につくアメスピメンソール。
あぁ、全くこいつは単純ド短気の癖に、たまぁに予測不能な事をやりやがる。
生意気だ・・・

「せいっ!」
ーードシュッーー
「ぐはっ!!」

鳩尾に綺麗に決まった裏拳に身悶える楽しい男の姿を見ることなく、私はすぐさまその場を後にした。

「てめぇ、 !何しやがるっ!!!」

怒髪天を衝く声にさえ聞こえないフリ。
あー聞こえなーい、聞こえなーい。
だからさっさと引け、顔の熱引け。
この男はこういう奴。
だから別に、唇に触れられるこの行為は、この男の立ち位置は・・・






























ーー恋人だなんて認めるかーー



























自分でやるのはいいけど、やられるのは弱い。
そして さんは、合気道の達人級。
素になると名前呼びになるようだ。
周りから見ればどう見ても恋人だろうが、互いにそれは口にしない不器用さん同士、という設定にしてみたかったのさ。



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2014.12.31