「こんにちはー」
「あら、ちゃん。いらっしゃい」
「こんにちは雛鶴さん。今日は胡蝶さんのお使いで来ました。
宇髄さんはご在宅ですか?」
「天元様?今なら縁側にいらっしゃるんじゃないかしら」
「分かりました、しばらくお借りしますね。
あ、それとこれ皆さんでどうぞ」
「あら、葛餅。いつもありがとうね」
「いえいえ。ではお邪魔しまーす」
ーー懺悔ーー
「失礼します」
「よう、」
「何が『よう』ですか。私がここに来た理由は分かってるはずですよ」
「胡蝶の奴も大袈裟だな」
「行かないなら次はその大袈裟な人が乗り込んできますからね」
「・・・」
黙した天元には嘆息した。
再三、鎹鴉を飛ばしても検診に来ない天元に業を煮やした蟲柱から白羽の矢が立ったのがだ。
蝶屋敷を出た時も、手段は問いませんから、と綺麗すぎる笑顔で言われて薄ら寒いものを感じた。
「お待たせするのも悪いんですから、早く来てください」
「ヤダ」
「・・・」
「ヤーダ」
「気持ち悪いですよ」
「あ"あ"!?」
嫌悪に歪める顔に整った顔が凄む。
が、
「仕方ねぇ、行ってもいいが条件がある」
「は?」
「お前、昔、悲鳴嶼さんのところで泣き寝したんだってな」
「!?」
掌を返した反応から一転、予想外の切り返しには大きく動揺を見せた。
目敏く耳の良い男は、目論見通りの反応にいやらしいほどのにやけ顔を見せた。
「おー、派手な反応だな」
「・・・悪趣味ですね」
「その理由を話すなら行ってやってもいい」
「・・・」
「別に良いだろ、どうせ恥ずかしがるもんじゃ・・・?」
いつもなら恥ずかしそうに怒るか、黒い笑顔で淡々と詰めてくるか。
だが、返されたのは暗く思い詰めた予想外の反応。
普段とかけ離れた反応に、天元は柄にも無い狼狽を含む声をかけた。
「おい、?」
「・・・そうですね、私には話す義務がありますね」
「は?」
「お館様から私のことは聞いていますか?」
「そりゃ・・・昔からお館様と共に鬼舞辻を倒す同盟結んでたって一族、だっけか?」
それが今更なんだ?という天元には緩く首を横に振った。
「その通りですが、正確ではありません。
正しくは、かつて人間だった鬼舞辻を始祖の鬼にした薬を調合した医者の末裔に当たります」
「!」
「この事を知っている人は限られます。
柱でご存知なのはお館様を始め元柱の鱗滝さん、桑島さん、煉獄さん。
現柱の悲鳴嶼さん、そして宇随さん、あなた方だけとなります」
ですので、口外はしないようにお願いします、と言ったは深く息を吐いた。
「先祖は帝に仕えた薬師でした。
今でも史実にその名が載っている菅原の血を私は引いています。
そしてその一族は鬼舞辻を生み出したことで、お館様の一族と共に鬼舞辻を滅ぼすことだけを目的にずっと生き永らえてきました」
「・・・」
「一族の子は生まれてすぐ、薬学に関する知識を叩きこまれます。
そして鬼舞辻を殺すための術。才能無しの烙印が押されれば、訓練相手として殺されました。
運良く生き残っても、鬼を滅しながら鬼舞辻の痕跡を辿り滅する方法を探る日々・・・」
淡々とは語っていく。
元忍である自分にも似通うような話。
10年近い付き合いで初めて聞いた話を、ずっと秘めていた話を静かに語っていく。
「明治に入り鬼舞辻の活動が活発になり、一族は更に躍起になり始めました。
子どもを産むためだけに生かされていた女も鬼殺隊隊士として入隊を強制され、男はさらに鬼を狩るよう当主から厳命が出たそうです。
そして、15年前。
一族の生存が鬼舞辻に露見し、殲滅されました」
自身の事を話しているというのにその顔にはなんの感慨も浮かべずは続ける。
「と言っても、ほとんどが鬼舞辻に喰われたと聞いています。死体が残っていなかったそうですから。
襲撃の理由は不明です。
かつての薬がどんなものか知りたかったのか、それとも別の理由かは分かりません。
そしてその中で生き残ったのが私でした」
そこまで語ったは縁側を離れ、天元の前に立った。
「?」
「今全ての悲劇を引き起こしている張本人の血を私が継いでいます」
胸元に手を当てたがまっすぐに紅紫の瞳を見据える。
「あなたの奥方を傷付け、柱の立場と左目左手を失わせた原因がここに居ます。
どんな謝罪を述べても足りないことも、そもそも赦されることではないのは承知しています。
この国で一番罪深い一族の末裔、それが私なんです」
「・・・」
「だから、あなたには私を裁く権利があります」
ーードッーー
そう言って、は携えていた日輪刀を抜き天元の足元に突き刺した。
2人の間に沈黙が流れる。
そして、
「はぁ・・・派手に納得だ。
どうしてお前が単独任務が異様に多いか、派手に負傷するか、地味な周りへ気を回す原因がそれか。
罪滅ぼしのつもりか?」
「負い目があるのは否定しません」
「今の状況はお前の所為でもねぇだろうによ、地味な理由を大袈裟だな」
「・・・そう、ですね。あなたならそう言うと思いました。
でも、それで納得しない人間が居るのも事実ですから」
「だから死ぬってか?」
「安易にその道を選ぶ権利は私にありません。けどあなたにならーー」
ーーパンッ!ーー
「いい加減にしろ!」
頬に走る衝撃。
今までの付き合いで手を挙げられた事はなかった。
しかし、その事実より自身を断罪してくれなかった事が酷く胸を抉る。
そんなの心境を他所に、天元は頬を押さえるに声を荒げた。
「これまでお前は何度死ぬ思いしてきた?血を流す度にお前は鬼を殺してきただろ!
鬼殺隊士を、一般人を救ってきただろうが!」
「それ以上に命を奪ってるじゃないですか!何の罪もない人々を、最愛の人を、仲間を・・・」
ああ、駄目だ。
止まら・・・止められない。
あの時の、喪失感がフラッシュバックする。
辿り着いた時には全て終わっていた。
剣士として戦いを奪ったあの時、目の前で零れ落ちた命を見届けるしかなかったあの時。
「・・・煉獄さんだってーー」
「図に乗るな!」
「っ!?」
「たかがお前一人が背負える訳ねぇだろ!そもそもんな大昔の事まで背負うほど強くもねぇくせに生意気言うんじゃねぇ!」
「私はただーー」
「やれやれ、声が大きすぎるぞ」
低く穏やかな声に二人の声は止まった。
現れた岩柱に急速に血の気が引いていくのが分かった。
「悲鳴嶼さん」
「・・・」
「」
「・・・はい」
「その話はお主に話す選択権を与えられているとはいえ機密となっているだろう。
少しは場所を弁えねばな」
「・・・すみません」
小さく謝ったから、行冥は天元に視線を向ける。
「宇髄、話は聞いたな」
「大方な」
「そうか」
「・・・」
「」
「・・・はい」
「お前の贖罪の気持ちは宇髄も察したろう。
そもそも命を絶つ是非を問うような話だったのか?」
「いいえ・・・」
「ならこの話は手打ちだ、己がやるべきことに戻りなさい」
「分かりました」
静かに去っていった行冥を見送れば、二人を重い空気が包む。
先に口火を切ったのはだった。
「口が過ぎました、宇随さん。申し訳ありません」
「いや、俺も熱くなり過ぎたな」
頭に上った血を冷やそうと縁側に腰を下ろす。
初めてだ。
自分の本音を、思いの丈を言葉にしたのは。
喉元に手を伸ばせばそこは妙な熱を持っていた。
しばらくの間、沈黙を保っていたが今度は天元が口を開いた。
「」
「はい」
「地味な贖罪なんて思い込み持ってんなら、お前が鬼舞辻を殺せばいいじゃねぇか」
「・・・はい?」
「ついでに俺の借りも返してこい」
「宇髄さん?何をーー」
ーーガシッ!ーー
「いーから、おめぇは黙って話を聞いてりゃいいんだよ」
いつものように頭を鷲掴みした天元は小さくため息をつくと、真剣な目でを見据えた。
「もう謝んな。お前の所為じゃねぇし恨んでいい。
積年の恨みをド派手にお前がカマしてこい。それで詰みだ、簡単な話だろ」
「・・・」
どうしよう。
受け入れられないはずなのに。
硬く閉じたはずの心にこの人は意図も簡単に言葉を届けてくれる。
「過ぎた話は神の俺でもどうにもできねぇ。だから前を向け。
まだくだらねぇこと言うなら、その口塞ぐかんな」
どんな時でも彼らしい言葉。
赦しでも慰めでもなく、前に進ませてくれる背を押してくれた天元には揺れる目元を隠すよう深く頭を下げた。
「ありがとう、ございます」
>おまけ
「よし。じゃ、いつ嫁いで来る?」
「・・・この話の流れでよくそこに持って行けますね」
「はぁ?未来の嫁が弱ってたからド派手に慰めてやったに決まってんだろ」
「はいはい、じゃいい加減に蝶屋敷に向かいますよ」
「んなことどうでもいい」
「しのぶさんが乗り込んでも構わないなら、別に止めはしませんけど」
「・・・」
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2020.6.14