ーー鏡合わせーー



















































































































(「こんな私でも指名かかるのか」)

世も末だな。
そう思いながらも、まだ任務中で情報を掴めていない今では付き合うしかない。
情報持ってそうもなかったら、昏倒させて終わらせるか。
そう思いながら、目的の部屋の襖の前に座ると頭を下げた。
そして、かむろの手によって目の前の襖が開けられる。

「失礼致します、藤乃にございます。今宵はありがとうござーー」
「能書きはいい、こちらへ」

ピシッっと米神がひくついた。
どいつもこいつも、ここに来る奴らは女だからと下に見るような態度の連中ばかり。
よし、鳩尾以外の急所にも叩き込んでやろう、と内心怒りに震えながら顔を上げる。

「こんばーー」
「よっ」

そんな思いは飛んで行った。
目の前には今回の合同任務の相方。
潜入用にいつもの化粧を落とした音柱・宇髄天元がいた。

「・・・何してんですか」
「定期報告聞きに来てやったぞ」
「時間かかりそうって報告済みですよね?」
「お前ならなんか掴んだかと思ってよ
「私、振袖新造ですよ?かむろからも確定的な情報は拾えてません」
「そうか・・・」
「分かったら帰ってください」
「は?」
「は?」

疑問符の応酬。
きょとん顔する天元に の方がきょとん顔になる。
意味が分からない。

「いや、『は?』って何がですか?」
「俺、お前を買ったんだけど」
「定期報告のための偽装ですよね」
「は?」
「だから何がですか」

イラッとしながら返す
それに整った顔が不敵に笑う。

「料金分、遊郭として働いて貰おうか」
「・・・」

距離を詰める天元に、 は露骨に歪めた表情を返した。

「不細工な顔向けんな」
「任務中なのを理解してない方には十分だと愚考します」
「お前、ホントに真面目だな」
「ありがとうございます」
「褒めてねぇよ」
「知ってます」
「そんなだから色気ねぇんだよ、乳はそれなりだがな」
「余計なお世話です」
「まさかお前、口吸いどころか接吻もーー」
「それ以上口を開けば、まぐわいできないように斬り落としますよ?」

一転してニッコリと笑って返された に、天元はピシッと固まる。
色事には免疫無いだろうと思ってからかってやれば、予想外の反応で返された。
天元の反応に満足したのか、取り繕っていた笑顔を落とした は小さく嘆息した。

「すぐ部屋を出ても怪しまれるでしょうから、お酒の酌ぐらいしますよ。
ついでに報告もさせていただきます」
「・・・おう」
「・・・急に大人しくなって気持ち悪いですね」
「お前の照れもしない開けっ広げな反応が予想外だったんだよ」

なんだその理由は。

「すみませんね、一般女子のように頬を赤らめなくて。
医学を嗜んでいるので大した感慨も湧きませんよ」
「そうなのか?」
「はい」
「そういや、よく胡蝶と話してたなお前」
「ま、お手伝いもしてますからね」
「だが後方支援なんざ剣士に成り損ないの弱ぇ奴らばっかだろ。
んなぬるい覚悟のーー」
ーーカンッーー

硝子のお猪口が盆に叩き付けられ、高い音が続きを遮った。

「刃だけでは組織は成り立ちません。
刃を癒す後衛の存在は不可欠です。その考えは改めていただきたい」

怒りが乗る鋭い視線。
いつもの不機嫌さなどとは程遠い、本気で怒っているそれに天元は気圧されたように呟いた。

「おう、悪い」
「・・・」

重い空気が2人を包む。
華やかな音楽や喧騒が場違いなように遠くに響く。
と、

ーースクッーー
「ん?」
「少し席を外します」
「ああ、分かった」

部屋を出た は長く息を吐いた。
ダメだ、何を怒っているんだ。
そもそもの発端を考えれば、自分に怒る資格などないだろう。
任務に集中しろ。
再び息を深く吐いた は考えを切り替えた。
まだ確証はない。
だが、マゴついている暇もない。
なれば、自分の勝負運を信じてみるか。

「あの、楼主はどちらにいらっしゃいますか?」

手近な下女から居所を聞いた は、目的の部屋の前で止まる。
小さく息を整え、声を掛けた。

『失礼致します』

断りを待たず、素早く部屋の中へと入る。
そこには中年に差し掛かる小綺麗な男が怪訝顔で を見返していた。

「なんだ、藤乃。お前はまだ仕事中じゃーー」
「はい。そうだったんですが・・・不快な気配を根本から絶つべく参上しました」

そう言った は肩に引っ掛けていた重い着物を脱ぎ捨てた。
そして、冷徹な相貌でひたと男を見下ろした。

「どういう意味だ?」
「その襖の奥に食い散らかした遺体を引き渡していただきたいと申し上げているんです」

の言葉に、男の顔は人とは程遠い顔が現れ、怒りに膨れた鬼の力が周囲を吹き飛ばした。










































































































一方その頃。
天元は手酌で飲みながら、待ち人を気楽に待っていた。
思い出されるのはつい先ほどのこと。
元々打ち解けている仲ではないが、あそこまで露骨に感情をぶつけられたのは初めて会った時以来だった。

(「何をあいつは怒ったんだ・・・」)
ーードゴーーーンッ!!ーー
「!」

突然響いた轟音。
何事かと部屋を飛び出した天元が廊下に出れば、客や遊女達が我先にと外へと逃げ出していた。
尋常な事ではない。
逃げていたうちの一人を捕まえた天元は状況を問い質す。

「おい、どうした!?」
「ば、化け物が・・・」
「くそっ、やっぱり鬼がいやがったか」

人波に逆らうように進む。
しかし騒ぎが大きく、目的の場所を絞り込めない。

(「くそっ、何処だ!?」)

あちこちから悲鳴が聞こえ、目的の場所が掴めない。
舌打ちをついた天元はひとまず庭に出ることにした。
所変わり。
二階の楼主の部屋では、口元を血に濡らした男が血走った目で と対峙していた。
緩く着崩れした着物のまま、 はただ静かに鬼と相対する。

『貴様、鬼狩りか・・・』
「・・・」
『よくもオレの餌場を荒らしやがって!』
「雨の呼吸、壱ノ型ーー」

小さな呟きが溢れる。
ただ立ち尽くす に鬼の鋭い爪が迫った。

『貴様も喰ってーー』
!!」

ちょうど庭へ出た天元が、鬼と対峙する を見つけ叫ぶ。
だが、

ーーキィンーー
「ーー花時雨」

上階にあった の姿は瞬きの間に宙空へ舞っていた。
そして頸を落とした は、塀の瓦へと着地する。
その後ろではぼとりと頭が落ちた音が響き、喚き声もすぐに消えた。
月夜を見上げた は大きく息を吐いた。

「はあぁ・・・」

物憂げな横顔。
普段は見ない下された髪。
まるで満月の中に現れた色香立つ天女のようだ。
一呼吸の間、声を掛けるタイミングを見逃してしまった天元は小さく咳払いすると声を張る。

「任務完了だな」
「・・・はい」

背後からかけられた声に は小さく返事を返す。
先程まで居た遊郭では蜂の巣を突いたような騒ぎになっているが、まるで現実味が無い。
はふわりと塀から地面へ飛び降りると、天元の横を通り過ぎ遊郭の中へと戻り出す。

「着替えてきます、先に戻ってください」
「おい、
「隠の方への連絡はお任せします」

天元の顔を見る事なくそう言った は、潜入前の服を取りに遊郭へと踏み入った。
すると、潜入中よく話していた遊女と鉢合わせした。

「藤乃!一体何が・・・」
「蘭菊さん、私は鬼殺隊、 と申します。
身分を偽っておりすみません、訳あってこちらに潜入捜査をしておりました」

この遊郭の太夫である蘭菊に会釈した は淡々と事実を語る。
当然、そんな事を突然言われて冷静に納得するものは少ない。
例に漏れず、蘭菊も困惑し続く言葉を紡げない。

「潜入ってどう言う、何が・・・」
「最近、この界隈であった連続失踪の犯人がこの遊郭の楼主でした。
もう倒しましたのでご安心ください。
それでは」

手短にそう言った は、軽く頭を下げ潜入時に来てきた着物へと手早く着替えを済ませた。
そして外に出れば、辺りはまだ騒ぎの残滓が残っていた。
鬼を倒した後だというのにいやに冷える。
今日はやけに宵を長く感じられた。

「・・・はぁ」
「おい」

その時、ぶっきらぼうな声に呼ばれる。
そこには天元が腕を組んだ、所謂、仁王立ちに近い感じでこちらを見下ろしていた。

「宇髄さん、何をなさってるんですか?お館様が報告をお待ちにーー」
「おい、こら」
「なんでしょうか」
「何を怒ってる」
「怒ってません」
「てめ、俺は耳が良いんだ。お前が怒ってるのは分かってんだよ。
さっさと理由を言え」
「宇髄さんには怒ってませんよ」

内心で荒れる感情から目を逸らす。
はいつもよりゆっくりと息を吐き、言い聞かせるようにさらりとそう言った は真っ直ぐ天元を見据える。

「単に己の力不足に腹が立っているんです」
「おお、そうか。悪かったな」
「あなたには怒ってないと言ってるじゃないですか」

そう言って、 は本部へと歩き出す。
胸中を渦巻くどす黒い感情が絡みつき足まで重い。
あぁ、くそ。
分かってる、止まっている暇はない。
また鬼に人間が殺されようと、また鬼を殺そうと、また関係のない者が傷付こうと。
断たないと。
私が早くこの因果を断ち切らなければならない。
なのに過去に僅かでも重なれば、蓋をしたはずの激情に駆られてしまう。
今自分が立っている場所が、過去の影から手を伸ばしてくる自分に絡め取られる前に進まなければ。
止まるな。
押し潰されるほどの負の感情が自身の存在を苛む前に、早くーー

ーーポスッーー
「わ!」

突然視界を何かで遮られる。
頭に被さった重い何かでよろけた は何事だとばかりにそれを掴む。

「って、羽織り?」
「まだ夜は冷えんだ、これでも羽織ってろ」

上から響いたのは、不機嫌そうな顔で見下ろす紅紫の瞳。
誤解は解いたはずなのに、どうしてそんな顔を向けられなければならないんだ。
とはいえここで断るのもなんだし、厚意は受け取っておくか。

「ありがとう、ございます」
「おう、派手に感謝しろ」

自身の羽織りとは違う香り。
だが仄かな暖かさに、先程まで重かった体が僅かに軽くなった気がした。

















































最悪の初対面から日が浅い時に会った共同任務の話し。
思わず呼ばれた名前にまだお互い無自覚。。。


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2020.6.13