「雛鶴さん、蝶屋敷から手当て道具と軟膏一式お持ちしましたよ〜」
「ありがとうちゃん!」
「マキヲさん、こっちは食事の材料なんで後で使ってく〜ださい」
「助かるよ、ありがとね」
「須磨さん、こちらの甘味は後で女性陣で召し上がってくださいね〜」
「きゃー!美味しそう、ありがとね










































































































































ーー契りーー



































































































































大量の荷物を運び終えたは、もう一つの用件を片付けようとしたが、その人物が見当たらない。

「ところで、宇髄さんはどちらですか?しのぶさんから言付け預かってるんですが・・・?」

辺りを巡らせても見た限りにあの目立つ姿はどこにもなかった。

「天元様は屋敷の方に行かれたわ」
「屋敷?」
「竹刀を振り回して壊してしまって・・・」
「わー、それはまた豪気ですねー。
それにしても・・・」

その人の場所は分かったが、辺りに転がる惨状はとても残念なものだ。
どの隊士も息切れで地面を舐めている。

「柱稽古の最初だというのに、屍が多いですね」
「・・・ええ、天元様も見かねて竹刀片手に追いかけ回してたから」
「本当に質が落ちてますね」
「そろそろ休憩終わりにして再開しようかしらね」
「ねぇねぇ。は参加するの?」

須磨から問われれば、は当然と首を縦に振った。

「勿論。各柱の所へ蝶屋敷からの荷物届け終わったら参加予定ですよ」
「よし!なら美味しいご飯を用意しておくわね」
「お願いしまーす♪
では再開の合図お手伝いしたら、お屋敷に失礼しますね」
「ええ、行ってらっしゃい」

美女3人に見送られ、は辺りに転がる屍のうち見知った姿の隣へと膝を折った、

「善逸くん」
「はぇ?」

声をかければ、死んだ目と頬が痩けた屍一歩手前の表情の善逸。
顔を上げる気力はあったようなので、はこちらをしっかり認識してもらおうと、手をひらひらと振る。
するもその瞳に光が宿ると、素早くその身を起こした。

さん!?」
「しごかれてるようですね」
「き、聞いてくださいよ!あの筋肉達磨の鬼畜な走り込み量終わらせたのに、文句言ったら竹刀握り潰して追っかけ回されたんですよ!」
「あはははー、竹刀壊した理由は善逸くんだったんですか」

ひしっとしがみついで泣き言を零す善逸に通常運転だなとは笑い返す。

「もー、いつもより殺気立ってて殺されるかと思ったよ」
「あらあら、それは困りものですね。
効果は薄いでしょうが私からも一言言っておきますよ」
「うぅ、 さぁ〜ん」
ーーふわっーー

尚も泣き言を続けそうな善逸の両頬に手を添え、はその涙を拭ってやった。

「応援してますよ善逸くん。頑張ってくださいね」
「この中の誰より頑張りますっ」

シュタッと敬礼した善逸ににっこりと笑ったはその場を後にした。
その様子を見ていた他の隊士は善逸を取り囲むように人集りを作った。

「おい、我妻!誰だよあの人!」
「知り合いなのか?」
「ま、まさか彼女か!?」
「ふっ、よせよ。俺はお前らと違って応援された男だぜ」
「くそ!羨ましい奴だぜ!」
「よーし、元気出たみたいなので練習さいかーい!」

その場の屍が全員起き上がった事で、マキヲが再開の号令を掛け、全員の表情が再び地獄に落ちた。
























































































































音柱邸。
自室の文机の前でかつて左手があった付け根を右手で力の限り押さえ付ける。
しかし鼓動の度に鈍く脈打つ疼痛は一向に治らなかった。

「っ・・・」

出された薬も効果は無かった。
残る手段は昔使っていた感覚を麻痺される毒薬しか手はない。
長く息を吐き、それが保管してある引き出しを開けようと身体の向きを変えた。

「やっと気付きました?」
「っ!?」

振り返った瞬間、そこに居た予想外の人物に心臓が跳ねた。
叫びを上げなかったのはほぼ意地だ。
だが本当に気付いてなかったのを悟られ、からは呆れたような表情を返された。

「隠れてコソコソ何をなさってるんですか?」
!いつから居やがった!?」
「ご挨拶ですね。
私の存在に気付けないほど酷いなら連絡欲しかったですよ。
あなたはいつも我慢が過ぎます」
「お前にだけは言われたくねぇ台詞だ」
「はいはい」

半ば八つ当たりに言い返せばはそばに座り、左手の傷口の確認を進めながら口を開いた。

「やっと宇髄さんの気持ちが分かりました」
「あ?」
「人を出し抜くのはこんなに優越感あるんですね」
「・・・てめ」
「しのぶさんのお薬はどうしたんですか?」

文机の上に乱雑に置かれた薬包に視線を投じながらが問う。
数個は開けられたようだが、ちゃんと服用された形跡はないのはすぐに見破られただろう。
それが分かってるのか、天元は鼻を鳴らした。

「あんなんで効くかよ」
「それで忍び時代に使ってた毒を飲むと?」
「・・・稽古になんねぇだろ」
「竹刀を粉砕しておいてよく言いますよ」

どうやらここに来る前に稽古場に行っていたらしい。
ま、粉砕したのは事実だ。
痛みに苛立った上に虫の居所が悪かったからだ。
不機嫌さを変えないこちらの様子に、は深く息を吐くと懐から細長い箱を取り出した。

「今回は特別ですよ」
「何ーーぐえっ」
「はいはい、注射打つんで動かないで下さい」

左腕の着流しを肩口までめくり上げたは細い指で何かを探っていく。
そして何度か鋭い痛みが過ぎ、暫くすると先ほどの疼痛がぼやけるように紛れていった。

「・・・お?」
「どうですか?」
「おー。楽になった。何した?」
「外科用の麻酔薬を少量打ったんです」

一時凌ぎなので多用はできませんけど、と言ったは天元の袖口を元に戻しながら呟いた。
そして、細長い箱に注射器を戻しているに声がかかった。

「・・・なんで分かった」
「・・・」

主語がない囁きの問い。
答えなければならないだろうか。
だが言外の返答を求める紅紫の瞳には仕方なさそうに答えた。

「アレからたかだか3ヶ月です。
私が知る宇髄天元は、検診すぽっかす上にいつもの不遜で・・・弱さや痛みを上手に隠す人です」

パチンと注射器が収められていた小箱を閉じる。
それを懐に戻したは再び天元と視線を合わせた。

「当然、可能性もあるだろうと考えてました。
幻肢痛お持ちなのもこちらにお邪魔した時に確認してますからね」
「・・・いつだよ」
「縁側で私を湯たんぽにした時です」
「・・・」
「それにしのぶさんからも処方する薬については逐一情報共有してましたからね」
「相変わらず、無駄に気ぃ回し過ぎだ」
「そうですか?これでも相手は選んでいるつもりですけどね」

こてんと首を傾げたに、不服気な視線が返る。
ご不満らしいが、先程の痛みを堪えてるよりは『らしい』姿だ。

「これで隊士に向ける殺気が収まってくれると尚良しです」
「・・・竹刀は善逸が地味な事言ったからだ」
「でも無意識に察していますよ。耳が良過ぎる子ですから、威厳を保ちたいなら気を付けてください」

の指摘に反論できないのか、先ほどよりも苦味を深めた表情を返される。
少しは安心できる反応にふわりと笑ったは腰を上げた。

「ま、とはいえその善逸くんに対する出来た奥方の反応で何となく分かっーー」
ーーパシッーー
「お前も予定なんだけど?」
「・・・」
「言っとくが冗談じゃねぇぞ。いつもみたいにはぐらかすな」

真っ直ぐ刺さる冗談の色がない紅紫の瞳。
こういう時のこの人の耳の良さは嫌と言うほど実感している。
はぐらかせないことも・・・

「私も散々お伝えしました。お受けするつもりはないと」
「全てが終わってもそう言えるか?」
「・・・」

「ええ・・・言えますよ」

焦れたような天元に面倒そうな表情での呟きが返される。
その後、は小さく嘆息するといつもの心中を隠す笑みを浮かべた。

「ごめんなさい、宇髄さん。あなたの伴侶になる事はできません」
「何でだよ」
「お答えできません」
「・・・」

にべもなくそう答えたに怒りが返される。
細い手首を掴む大きな手に力が込められるがの表情は変わらない。
もはや柱と変わらない強靭な意志を目の前に、天元は悔しげに顔を歪める。

「力尽くで抱いてもお前は首を縦に振らねぇんだろうな」
「そうですね。私がどれだけ頑固者か、分からないほど短い付き合いじゃないはずですよ」

当て付けのように言えば実感しているのか天元は表情を険しくした。

「ごめんなーー」
「痣者だからか?」

天元の言葉に一瞬、鼓動が乱れた。
他の柱ならまだしも、耳の良いこの人の前で反応してしまった事に内心唇を噛んだ。

「何の話ですか?」
「お前がそこまで頑ななのは、死ぬのが分かってるからだろ」
「だから、仰ってる意味がーー」

表情を変えず明るいまま返すに、反論さえ押さえ込むように天元は抱き締めた。

「お前は出来ない約束はしないだろーが」
「・・・そうですね。約束は破りたくないのでしたくありません」

いつもより酷く優しい抱擁。
それに油断があった。
逃げないに天元は耳元で囁いた。

「全てが終わったら・・・」
「!止めて」
「嫌だね」
「離しーー」

その先を聞きたくないは身を捩り腕を突っ張るが、体格差で敵わない。
耳を塞ごうとするの腕を差し押さえた天元は、再びゆっくりと呟いた。

「全てが終わったらもう一度聞いてやる」

その言葉に硬直したように、は身を硬くした。
もう逃げない様子のに、天元は拘束を解き代わりにその肩に額を乗せ続けた。

「例え数年しか残ってなくとも、この俺がド派手に幸せにしてやる。
昔の事なんざ霞むくらいにな」
「っ!」

途端に首筋に鋭い痛みが走る。
すぐに距離を取ったは首筋を押さえ、非難するような視線を向けた。

「だから必ず戻れ」

だが、優しい真剣な紅紫の瞳にぶつかり、出かけた反論を飲み込んだは諦めたようにため息をついた。

「相変わらず・・・本当に勝手ですね」
「当然だ、神だからな」

天元の言葉には背中を向けた。
返答をしないままその場を辞しようとするに天元は呼び止める。


「お伝えした通り、約束はしません」

襖に手を当て呟く。
ただ、と続けたは肩越しに振り返った。

「鬼舞辻は倒します」


































































柱稽古始まってすぐの頃



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2020.8.9