ーーきっかけーー
言伝を持って岩柱邸を訪れたは玄関の引き戸に手を掛けた。
「失礼します」
鬼殺隊に入り2年。
もう勝手知ったるその屋敷へは何度も訪れていた。
屋敷の主が盲目ということもあって、任務で戻った時はタイミングが合えば食事の準備や身の回りの手伝いなどなど。
入隊のきっかけとなったこともあるが、この屋敷は静かで居心地も良かったのは確かだった。
「岩柱様、先日のーー」
戸を開けた瞬間、見覚えのない子供二人と目が合った。
姉妹なのか似通った顔立ち、黒目に彩る藤色の瞳。
勝気そうな幼い方が、こちらを見上げて眉根を寄せた。
「だれ?」
「こら、しのぶ!」
「・・・」
いや、それはこっちのセリフだ。
一体これはどういう状況なのかと、視線を上げれば普段より表情が曇っている屋敷の主がこちらに気付いた。
「か」
「来客中にすみません」
「いや、構わぬ。むしろちょうど良かった」
「?」
ちょうど良いのか?
どう見ても取り込み中だ。
自分より低い勝気な視線は、相変わらずこちらに邪魔だとあからさまに睨んできている。
行冥に詰め寄っているような、自身と同い年ほどの穏やかな少女も不服気が消えていない。
今頃になって、面倒な状況に巻き込まれたと悟った。
「あの出直ーー」
「先日の任務について話がある、場所を変えるぞ」
「それは・・・かまいませんが」
行冥に言葉を遮られたは逃げ場を絶たれた。
濁される言葉尻が来客の二人に向けられる。
当然、先ほどよりも空気は悪くなる。
なんだが板挟みの気分では思わず再度確認した。
「よろしいのですか?」
「お前達、私はこの通り忙しい。弟子も取るつもりはない。分かったら帰りなさい」
確認に答えは返らず、行冥はの手を引くと裏山の修行場へと向かった。
後ろから少女達の声が上がる。
内容はよく分からないが、諦めない、紹介してくれという高い声が止まない。
とはいえ、一般人の足では追いつけるべくもなくあっという間に距離が開いたところでようやく行冥の足が止まった。
「岩柱様、さっきの二人は・・・」
「前の任務で助けた生き残りだ。鬼殺隊に入りたいらしい」
簡単な経緯を聞けばここ連日、弟子にしてくれと押し掛けてきているらしい。
自身と似た境遇か。
話し終えた行冥は小さく嘆息した。
「まだ引き返せるなら、普通の生活をする方が良い」
「あの子たち、ちがいます」
「違う?」
は即座に行冥の言葉を否定した。
驚きを見せる行冥に、は先ほど対面した僅かな時間で感じ取れた事を語る。
「親を目のまえで殺されて、『普通』のせいかつができるような目じゃなかったです」
「・・・」
「あの子たち、きっとあきらめないです」
「・・・そうか」
気重に呟いた行冥は思案にふける。
しかしそれも長くは続く事なく、ひとまず自身と来訪者の用件を先に片付けることとなった。
そして、数ヶ月が過ぎたある日。
とある育手の元へ所用で訪れ、は有り難くない再会を果たしていた。
「どうしてあんたみたいのが鬼殺隊にはいれたの」
「・・・」
あんたみたいのときたもんだ。
所用の返事の手紙をしたためて貰っている間、こちらにマウントを取ってくる少女。
ほぼ初対面に近い相手なのに凄い言い様だ。
自分でもここまで礼儀知らずな態度は取っていなかった(と思う)。
岩柱邸で僅かな対面しかしてないのに、どうしてか目の敵にされている。
少女は胡蝶しのぶと名乗った。
育手から話し相手を押し付けられのだが、これは自分には荷が重すぎる気がした。
「こたえる義理ないかと」
「はあ?」
「隊士でも上官でもない人におしえことはないってこと」
「なにそれ!岩柱の弟子のくせにかんじわるい」
「・・・はあ」
突っかかられている理由はそれなのか。
勘違いも甚だしい。
無駄に噛み付かれて困る。
「ちがう」
「なにが?」
「だから、弟子じゃない」
「え・・・じゃあなんで」
「・・・」
「なんで黙るの!」
人の話を聞いているのか?
すでに相手をする体力が尽きかけてきた。
元々、人付き合いは苦手なことも相まってはだんまりを決め込む。
しかし、向こうは諦めるつもりはないようだ。
「よし、勝負よ」
「・・・は?」
「わたしが一本とったら鬼殺隊にはいった理由おしえて」
「・・・ことわります」
「はあ!?」
しのぶは瞬時に怒ってに詰め寄った。
「けちんぼ!かくす理由なんかないでしょ!」
「・・・」
「わかった!わたしに負けるのがこわいのね!」
「・・・」
安い挑発だ。
そしてうるさい。
縁側で廊下板をバンバンと叩く音と喚き声は止まらない。
返事を受け取るまであとどれくらいかかるんだろうか。
受け取るまでコレが続くのは少々辛い。
ついに折れたは深々とため息をついた。
「はあ・・・私が一本取ったらしずかにしてて」
「わかればいいのよ」
「・・・」
なんでこっちが悪いみたいな言い方?
ふふん、とふんぞり返るしのぶには仕方なく待たせてもらっていた一室を出、縁側へと下りた。
予備の木刀を手に取ると数回振る。
よし、問題はない。
横目で相手のしのぶを見れば、初めて会った時と変わらない勝気な表情でこちらを見据えていた。
(「・・・完璧に舐められてる」)
だんだん相手をするのも嫌になってきた。
だがここで止めればさっきの比じゃなく騒がれそうだ。
再び重いため息をついたは仕方なく木刀を構えた。
「一本だけ」
「わかってるわよ!」
吠えたしのぶに気怠げな表情のはそのまま相手の出方を待つ。
堪え性はないようで、すぐさましのぶは踏み込んできた。
振るわれる木刀の動きを読む。
真っ直ぐに振り下ろされる、素直な軌道。
しかしその動きは遅い。
自分よりも小さい体だから当然だ。
避けるべきか弾くべきか、一瞬考えたが手っ取り早く終わらせたい気持ちが勝った。
ーーガッーー
「!」
ーーカラーン・・・ーー
弾かれたしのぶの木刀が地面に落ちた音が響く。
その場から動かなかったは、構えていた木刀を下ろし踵を返した。
「一本」
「なっ!ちょっと!」
「約束なのでしずかにしてて」
「ま、まってよ!」
「・・・」
「ちょっと!まってって言ってるでしょ!」
きゃんきゃんと騒ぐしのぶにはげんなりとした表情で振り返った。
「しずかにする約束」
「もう一本」
「却下」
「えー!そんなのやーー」
ーートンッーー
駄々をこねるしのぶの額をの指が突いた。
「振り下ろすスピードがおそすぎ。体格がちがう相手に考えなしにつっこんでもどうにもならない」
「は、はあ!?なんであんたなんかに!」
「鍛錬も考えもたりなすぎ。そんなんじゃーー」
ーーバシッーー
「っ!わたしだって戦えるもん!」
の手を払い除けたしのぶは怒鳴り返した。
まさかそんな反応が返されると思わず、はきょとんと呆気に取られた。
目の前には、今にもこぼしてしまいそうなほど両目に涙を溜めたしのぶが両手の拳を握っていた。
「もうすこしおっきくなったら、体も手もちからだって姉さんとおなじくらいになるもん!」
「・・・」
地雷踏んだようだ。
育手か誰かに何か言われたのだろうか?
確かに小柄な体躯は鬼との戦いは不利にはなるだろう。
鬼殺隊は男がほとんど。
自分だって男と比べれば力は圧倒的に弱い。
だが、だからといって鬼に勝てないとはならないのは知っている。
「私はあなたが戦えないなんていってない」
「・・・え?」
淡々とが言えばしのぶは涙を拭いながら見上げた。
「じぶんに合うたたかい方をみつければいいだけ」
「じぶんのたたかい方・・・」
「ま、育手にそのへんはきいーー」
「たとえばなに?」
「・・・」
だからそれは育手に聞けってば。
目を細めただったが、相手からは無駄に希望に満ちた顔。
キラキラと放たれる星が無駄にぶつかったは、頬を掻きながら呟いた。
「あー・・・突きとか抜刀とか?」
「突きとか抜刀か」
「・・・」
もうこれ以上は言うまい。
そう決めたは元の部屋へ戻ろうと足を進めた。
胡蝶姉妹との出会い話
Back
2020.9.2