ーー据え膳ーー
「もー、不死川さんが警官に絡むから」
「煩ぇ!んなもん蹴散らしてーー」
「お館様のご迷惑を考えて下さい」
「・・・ちィ」
夜の街中をと実弥が駆ける。
とはいえ、人波もあり普段よりもスピードが出せず後ろの追跡者をなかなか引き離せないでいた。
この辺の地理が多少あるは、うろ覚えな地図を浮かべながらこれから取るべき進路を考えあぐねていた。
(「このまま進めば港場で逃げ場も限られるか。
確か手前が花街だからやり過ごしてから逃げ切る方が無難かな」)
何より花街なら紛れやすい。
即断したは追随する実弥に声をかけた。
「不死川さん」
「あ"?」
「少し協力していただきますよ」
「協力だァ?何をーー」
ーーグイッーー
細い路地に急遽飛び込み、は結紐を解く。
続いて自身の羽織りを腰に巻き、上着は脱ぎ捨て白シャツ姿。
ギョッとする実弥の羽織りを剥ぎ、自身に覆い被らせるように至近距離で壁際に迫らせた。
『オイ!?』
『黙って』
身を引こうとする実弥に、は相手の頭を自身の肩口に寄せ小さく制する。
固まる実弥に構わずは聞き耳を立てれば、追跡者である警官達がこちらに走り寄る音が響いた。
「どこに逃げた?」
「くそ、こっちには居ないぞ!」
「花街か港か、どうする?」
なかなかその場を離れない警官達。
安直に動かないだけ馬鹿ではないらしい。
手近の路地に潜むこちらに声をかけられれば、実弥の顔で一発でバレる。
(「思ったよりしつこいな・・・」)
ここはもう実力行使だろうか。
警官達の死角にある、自身の刀には思わず手を伸ばす。
と、
「」
「はーー!」
突然唇を奪われる。
柄に伸びたの手は止まった。
混乱するは思わず目の前の身体を押し返そうとするが体格差から敵わない。
深くなる口付けは、本当に花街の路地によくある光景のそれ。
「ん・・・ふっ、は・・・んん」
「・・・」
こちらの自由を奪うように、両腕を壁に縫い付けられる。
傍目に見れば、そんな状況の相手に警官と言えど声をかけずらい。
「・・・仕方ない、応援を要請して港は封鎖だ。
花街には遊郭内に紛れる可能性もある、片っ端から聞いて回れ。
応援が到着し次第、路地内を探す」
「了解!」
ようやく警官らが立ち去ると、交わされていた唇もあっけないほど簡単に離れた。
「行ったな・・・」
「・・・そう、みたいですね」
何事もなかったように続ける実弥に、は身長差から思わず見上げる形で物言いたげな視線を返す。
「なンだ?」
「いえ、不死川さんの行動が意外だったので・・・」
「・・・恥だろ」
「は?」
「応援が来る前に離れんぞ」
「あ、はい」
「・・・」
無言で歩き出す後ろ姿には脱いだ上着を着ながら後に続く。
彼がぼそっと言っていた『恥』
どういう意味だ?
男として女である自分に服を脱がされた事を言ってるのだろうか?
でも何度か手当てで問答無用で脱がせたことも記憶している。
あ、怪我もしてないのに脱がせたのが悪かったのか。
「不死川さん」
「あ?」
「いきなり脱がせた事、怒ってます?」
「怒ってねェ」
「そんな風には見えないから聞いてるんですけど・・・」
それが理由じゃないのか。
「手慣れたモンだな」
「はい?」
「咄嗟でよく頭が回ったモンだと思ってよ」
どうやらさっきの事を言ってるらしい。
いやだって、波風立てずに済めば一番いいに決まってる。
「潜入任務でバレた時の常套手段だと、宇髄さんに教わりまして」
「・・・」
「ま、あの方の場合、手癖が悪いのでこのやり方は取りませんけどね」
教わった時だって、組み敷かれる寸前だったし。
とは言わず、苦々しい表情で呟く。
と、先を歩いていた実弥が肩越しに振り返る。
「他にこのやり方したヤツはいんのか?」
「他ですか?えーと・・・今のところ不死川さんだけでーー」
ーーポンッーー
「?」
「他の奴らにはやるんじゃねェぞ」
「はい?」
「いいな?」
いつしか歩みが止まった実弥に肩を掴まれる。
はきょとんとしていたが、いつもは見えない相手からの圧に思わず首を縦に振った。
「は、はぁ、分かりました」
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2020.5.26