遠くから響く低い雷鳴。
土砂降りの飛沫が風に乗って室内にも流れ込んでいた。
「だぁー、降られた・・・」
完璧な濡れ鼠となったが刀を置き、体にまとわりついている羽織りを絞る。
ダバダバと勢いよく水が落ちる。
その間にも髪から滴った雨水が顔を流れていく。
こんな水浸しでは屋敷に上がるのも気が引ける。
「大変だったわね」
背後からの声に振り返れば、水気を取った羽織りを取り上げたこの屋敷の奥方がにっこりと笑った。
次いで、手拭を首元にかけられた。
「すみません、雛鶴さん。手拭も貸していただいて」
「ううん、気にしないで。善逸くんも雨で足止めされちゃったところなの」
「善逸くんもいらっしゃってるんですね」
「ええ。天元様に呼ばれて。
とはいえその天元様もこの雨で出掛け先で雨宿りしてるでしょうけどね」
外を見上げれば、雨脚の勢いは相変わらずだ。
「折角だし、上がってゆっくりしていって」
「そうですね・・・ついでに善逸くんの顔も見ておきましょうか」
「お茶も淹れるわね。ついでに隊服も乾かすから着替えてちょうだい」
「・・・では、ご厚意に甘えさせていただきます」
低く唸る空を見上げ、暫く上がりそうもない雨に諦めたはその厚意に甘えることにした。
ーー雨宿りーー
濡れた隊服から乾いた浴衣に袖を通せば、ようやくひと心地ついた。
やっぱり水気を含んだ張り付いた感触より断然良い。
雛鶴が湯の準備までしてくれるらしいので、その間にもう一人の客人に挨拶をしようとその一室を覗き込んだ。
「善逸くん、久しぶ・・・?」
しかし、その人物のいつもの百面相はなかった。
何故なら、その人は膝折って両耳を塞いで部屋の角で縮こまっていた。
どこか具合でも悪いのかと、が覗き込むように顔を近づけた。
「善逸くん?」
「ひぎゃあっ!」
・・・地味に傷つく。
悲鳴を上げながらも、やっとこちらの存在に気付いた善逸の顔色が悪い事では申し訳なさそうに眉を寄せた。
「ごめんなさい、気付いてなかったみたいだから」
「・・・す、すみません」
「具合悪いんですか?」
「な、なんでもーー」
ーーゴロゴロゴロッ!ー
「っ!?」
閃光と轟音に善逸は縮み上がった。
合点が付いた。
小刻みに震える善逸には乾かしてもらった羽織り脱ぐ。
そして目の前の丸まった塊に頭から被せると、力尽くで善逸を羽織りごと抱き寄せる。
「よいせと」
「わっ!」
突然の事に慌てた善逸だったが、気にする事なくは幼子をあやすようにその背中をポンポンと叩いた。
「これなら雷も見えませんし、あなたの耳なら誰かの鼓動に集中すれば雷の音も気にならないですよね?」
「な、なんで・・・」
「私も雨が上がるまで身動き取れませんしね、お互い小休止といきましょう」
もっと騒ぐかと思ったが、善逸はそのままおとなしくなり時間を置かず寝息を立てていた。
いつもなら騒がしい代名詞の彼がここまで大人しいのは珍しい。
まだ響く雷鳴の音を防ぐように善逸の耳を腕で塞いだまま、はその顔色を見る。
(「クマが酷いな・・・そう言えばここ最近、雷ばっかりだったか」)
私は雷は嫌いじゃない。
暗闇の空を割る紫電が空を刹那に彩る芸術。
この子にとっては命を奪いかけたものなんだから、怯えて当然か。
外を見れば、まだ雨脚は弱まる様子がない。
というか強くなる一方だ。
これではまだ暫く足止め決定だ。
手近の熱源は、冷えた身体には心地良く眠気を誘った。
どうせ動けないから良いか、とも少しだけ微睡に落ちることにした。
>おまけ
「・・・なんだこりゃ」
「天元様、お帰りなさいませ」
「雛鶴、ありゃあ一体どういうこった?」
「善逸くんは天元様をお待ちになってて、は雨宿りに立ち寄ったんですけど・・・ふふ、妬けちゃいますね」
「・・・べっつに、妬けねぇよ!」
ーーゴンッ!ーー
「ギャッ!」
「ふぁ?」
妬いてんじゃん
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2020.8.9