ーー救われたーー
療養中、屋敷がいつもと違った足音や叫びが響く。
縁側に座っていたは聞き流せない音量に眉間にシワを寄せた。
(「騒がしいな・・・」)
縁側から離れ、玄関先が見える廊下まで行ってみれば隠や負傷した隊士が次々と運び込まれていた。
と、その中に見知った姿を見つけたは声を掛ける。
「岩柱様、お久しぶりです」
「うむ、療養中か?」
「はい。それより岩柱様の参加した任務の負傷者ですか?」
人通りの邪魔にならないように別な廊下で話を聞けば、顔をしかめた行冥は合わせた手に下げられた数珠を鳴らした。
「下弦の鬼でな、頸を刎ねる直前で血鬼術で炎を使われ負傷者が大勢出てしまった」
「炎・・・」
「今手当てが進んでーー」
「すみません。火傷を負われた負傷者はどの部屋ですか?」
行冥の話を最後まで聞かず、近くの隠にが問い質す。
しかし、見た目と療養着に負傷者に肩を貸していたその隠は不満げに表情を歪めた。
「はあ?何だお前は?子供に構ってる暇はーー」
ーーグイッーー
身長差があるにも関わらず、は相手の隠の胸倉を掴んだ。
体格に見合わず力尽くで体勢を崩された隠は驚くが、それより先にの鋭い声が響く。
「死人を増やしたくなければ答えてください」
「なっ!何をーー」
「止めなさい、」
「岩柱様!」
「すまぬが、私にも教えてもらえぬか?」
「い、入口近くの病室にーー」
言い終わるのを待たずは歩き出した。
背後から隠の怒声が響くがそれに構わず、は袖を肘まで捲り上げながらただ真っ直ぐ歩き出す。
「、少し待ちなさい」
「礼節のお叱りでしたら後で受けます」
「何を急いでいるのだ?」
「話は後です」
目的の部屋に到着した。
部屋の中にはざっと20名。
大きな負傷は見た目には無さそうだが・・・
と、その部屋で屋敷で何度か顔を合わせていた、治療を手伝っている隊士には声をかけた。
「篠崎さん、ですよね?」
「ちゃん?あなた療養中じゃあーー」
「すぐにありったけの挿管具とチューブ、麻酔薬、鎮痛薬と強心剤の用意をお願いします」
療養着の上から外科用の前掛けを着ながら、は篠崎に指示を出す。
続いて両手を消毒したに、状況を把握できない篠崎が怪訝な顔を向ける。
「どうしたのいきなり?ここには呼吸も確認できた軽傷の負傷者しかーー」
「今に呼吸ができなくなります。そうなっては手遅れです、急いで!」
「は、はい!」
の剣幕に押され篠崎は慌てて部屋を出て行った。
その間でも、はベッドに寝かされた負傷者を次々に症状を確認していく。
鬼気迫る気配のに行動を阻む事はせず、行冥は病室の入り口で戸惑いのまま尋ねた。
「、一体何を急いでいる?」
「岩柱様はこれから負傷者を運び込む隠の方に見た目には軽傷でも特に顔に火傷を負っていればこちらの病室に運ぶように誘導をお願いします」
冷静な指示の中でも、焦燥の気配が色濃く感じられたに行冥は反論できない。
「一式持ってきました!」
「追加で点滴と縫合糸、包帯も準備。熱傷の応急処置後、外傷の治療を始めます。
岩柱様、お願いします」
「うむ。承知した」
の再度の依頼に、ひとまず疑問は横に置き行冥は外へと向かった。
所変わり、重傷な負傷者の治療を終えた男は小さく息を吐くと近くに控えていた隠に問う。
「残る負傷者は?」
「あとは火傷の軽傷者のみです」
「よし、そっちの病室に行くぞ」
足早に目的の病室に踏み入れば、20名近い負傷者は既に治療後のようだった。
そして多くの負傷者は、その口から気道を確保しているチューブが処置されていた。
「なっ!これはどう言う事だ?」
「こちらの部屋はすでに治療は終わりました」
「馬鹿な!軽傷者に挿管処置など必要無いだろ!
どこの考えなしだ!こんな無駄な治療をした馬鹿は!
篠崎!お前が手伝ったなら処置した奴の名をーー」
「死人の数を増やしたいようなお言葉ですね」
幼いながらも、冷たい声が響く。
看護婦かと思っていたが、その少女は外科用の前掛けを赤く染め鋭い視線を向けていた。
「なんだこの子供は?」
「・・・」
「おい、摘み出せ!」
「お、お待ち下さい!この子はーー」
「どの負傷者も、気道熱傷による重度な上気道閉塞を起こす可能性があります。
挿管処置は明日までは当然と判断します」
「何を知った風なことを」
「言葉を返すようですが、熱傷患者の経験は浅いように見受けられます」
「!」
まるでこちらを見透かすような言葉に思わずたじろいだ。
指摘は事実だった。
人的損耗が激しい鬼殺隊では、そもそも治療の甲斐なく命を落とす隊士が多い。
人間より遥かに力の強い鬼が相手だと必然的に深手の外科的治療が主となっていた。
それが分かっているのか、は淡々と続ける。
「今回の鬼は血鬼術で炎を使ったのに、手当ての優先度は裂傷や見た目に酷い火傷を負った隊士だけ。
確かにそれも道理ですが、熱傷は診断時点での判断は難しく時間差で気道が腫れ、最悪、呼吸困難から窒息します。
出過ぎた真似に対する処罰なら後でいくらでも受けます。
けど、ここの負傷者は明日までこの状態を維持します。
篠崎さん、後は先ほどお伝えしたように点滴をお願いします」
前掛けを外したは、男の横を通り過ぎ部屋を出て行った。
今更ながら、療養着だった事を知り男は引き止めるタイミングを見失ってしまう。
残された男は、近くの負傷者のそばに寄った。
呼吸は正常、点滴の速度も問題ない上、枕元の側にはガーゼや縫合糸、使われた縫合針。
熱傷の処置以外も終えている。
病室内を見渡せば、どの負傷者も同様のようで全ての処置が終えられたようだった。
「篠崎」
「・・・はい」
「この人数をさっきの子供が処置したのか?」
恐らくただ一人、この部屋で行われたことを知る人物に問えば首肯が返された。
「はい、彼女は辛 。
高い医療知識をお持ちで、今までも負傷者の手当の際は何度も手伝ってくれました」
「何故あそこまで高い技術を・・・」
「詳しくは知りませんが、鬼殺隊に入る前は病院に預けられていたと聞いたことがあります」
「病院・・・もしや、下総の医院か?」
「ご存知なんですか?」
「あぁ、評判の高い病院で鬼殺隊でも何度か手を貸してもらったことがあるが・・・あそこの身内は息子だけと聞いていたが・・・」
頬を撫でる夜風が気持ちいい。
いつの間にか、深夜になっていたらしい。
あれだけの人数を治療したのは初めてだ。
誰も彼も、症状は軽傷だったから良かったがあの人数で深手だったら自分の手には余っただろう。
「はぁ・・・」
「重い溜息だな」
届いた声に視線を上げれば、この場に居るとは思えなかった人物では目を瞠った。
「岩柱様・・・」
「負傷者の手当はもう良いのか?」
「はい、ご協力いただきありがとうございました。
それと失礼な態度を取り申し訳ありませんでした」
「いや、お前の判断が正しかったのだ。気にすることはない」
「・・・」
そう言った行冥はの隣へ腰を下ろした。
それ以上の会話はない。
虫の声だけが響く中、返す言葉をやっと見つけたは絞り出す。
「・・・たまたま、知ってたってだけです」
「だが、それによって救われる隊士がいるのも事実だろう」
「!」
その言葉に返事は返らない。
返せなかった。
は自身の手を見つめる。
『救った』
行冥から言われた言葉は酷く胸中をざわめかせる。
命が失われそうだから、そうした。
目の前で見殺しなんてしたくなかったから、そうした。
けど・・・
「どうしたのだ、?」
「・・・」
「?」
「・・・正しかったのでしょうか?」
「?」
「あ・・・すみません。何でもありません」
我に返ったは何事も無かったように弁解する。
妙な事を口走ったと思われたかも知れない。
でも思わずこぼれてしまった言葉も、本音だった。
救ったことが正しい?
本当にそうなのだろうか?
(「・・・分からない・・・だって・・・」)
・・・だってあの時、救わなければ・・・
ーーポンッーー
「!」
「お前のお陰で、仲間が命を取り留めた。
柱として多くの負傷者を出してしまった不甲斐ない私だが、命を救ったお前の行動は尊い」
「・・・」
「感謝するぞ、」
大きくて温かい手。
助けたことは間違いじゃない。
「・・・はい」
それをちゃんと言葉にしてくれた行冥に、は震えそうな声を叱咤し小さく呟いた。
「・・・ありがとうございます」
小さな、だけど確かに胸の奥が温かい。
その芽生えた感情は今まで自分が得たことがないもので。
だが、手放し難いものだった。
>おまけ
「それと、鬼殺隊に入隊しもうすぐ5年だ。そろそろそ私を岩柱と呼ぶのは止めてくれ」
「ですが・・・」
「私達は同じ目的を持つ同志だ。お前にとって私は違うか?」
「そんな事は・・・」
「信頼する仲間なら名ぐらい呼んでも良いと思うぞ」
「・・・そうですね、悲鳴嶼さん」
互いに名前呼びになった話
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2020.8.7