蝶屋敷で傷薬の調剤をしていた時だ。
そろそろ一区切りしようかと思った時、ためらいがちな声に呼び止められた。
振り返ると、そこには困った顔のアオイが立っていた。

「しのぶさんがまだ帰ってこない?」

聞かされた内容には首を傾げた。
他の子達に聞かれたくないのか、さらに声を小さくしたアオイは頷いた。

「はい。買い出しに行かれると言ったっきりで・・・」
「お一人で行かれたんですか?」
「私はそう聞いてます」
「んー・・・」

寄り道?それなら連絡するか。
拐かし?あんまり考えられないけど、万が一もあるかもしれない。
何より、美人だし。
不逞の輩に囲まれて、なんて事になったらいくらしのぶでも絶対問題ないとは言い切れないかもしれない。
だって、美人だし。

「分かりました。私の方で少し探してみますよ。
他の子達には私と一緒に本部に行っていると言う事にしてください」
「・・・分かりました」
「心配要りませんよアオイさん。では分かったら鴉で連絡しますね」

他人を安心させるように柔らかく笑ったはアオイの頭を一撫ですると、長時間座りっぱなしだった椅子から腰を上げた。
伸び上がると背中がボキボキと嫌な音が鳴った。











































































































ーー酒に呑まれたからこそーー












































































































(「ココでもなかったか・・・」)

街中に降り立ったは馴染みの薬問屋を回っていた。
だが、どこも空振りで次の問屋が最後だった。
ここでも空振りだったら、本当にお手上げになる。
なるようになる、とは思いながらも当たりでありますようにと淡い期待を抱いて暖簾をくぐった。

「ごめんください」
「いらっしゃいまし、おや、これは様」
「店仕舞い間際に申し訳ありません。
こちらにうちの胡蝶が来ませんでしたでしょうか?」
「胡蝶様でございますか?夕刻にお見えになりましたが・・・」

当たりか。
だが、夕刻となるともう2時間も前だ。
なら尚のこと、蝶屋敷に連絡が来ないというのはおかしい話になる。
きな臭い方向になるのは困るな、と思っていただったが店員の表情は何か事情を知ってる風だった。

「?何かありましたか?」
「いえ、その・・・」

戸惑っているようだが、は先を促すようにふわりと笑い返した。
すると、気を許したのか店員は周囲の目を警戒するように見回すと、と僅かに距離を詰める。

「実は店先でお見送りした際に、ずいぶん強面な方とお話しされかと思ったら路地裏に向かわれまして・・・」

勘繰るのは失礼だと思っているのか、語尾を濁される。
だが強面だけでは誰かなど分からない。
残念ながら鬼殺隊で強面は珍しくない(酷)

「なるほど・・・ちなみにどんな容姿でしたか?」
「そうでございますね・・・黒髪で確か小豆色と幾何学模様のような珍しい羽織りをーー」
「なるほど、ちなみにその路地は店を出てどちら側ですか?」
「え、ええと、確か右のーー」
「なるほど、助かりました。また寄らせていただきますね」

最後まで話を聞かず、は颯爽とその場を後にする。
問屋の言っていた人物の当たりはついていた。
鴉にアオイ宛の心配ない旨の伝言は持たせる。
そして見送った方向の路地先は某水柱の行きつけの食事処がある。
うろ覚えの記憶を頼りながら散策してみれば、目標を発見できた。
できたのだが・・・

「えー・・・その、なんですか・・・」
「・・・」
「と、とっても面白い、光景ですね・・・」
「・・・面白くない」
「ぶふっ!」

どうにか震える肩を堪えていたは吹き出し、そのまま崩れ落ちた。
目標である水柱・冨岡義勇は難なく発見できた。
探し人もその人と一緒だろうという予想もズバリ的中だった。
何しろ、その探し人はの目の前で義勇の隣、その腕に絡まっているのだ。
赤い顔のしのぶと何とも言えない義勇を眼前にしたは、堪えていた笑いが止まらない。
そして腹筋も痛い。
だがそろそろ目の前からの刺さる視線が痛くなってきた。
わざとらしく咳払いしたはぎこちなくも、真面目な顔でこうなった原因を知ってるだろうその人へ聞いた。

んん!え、と・・・よろしければこうなった経緯を教えていただけますと幸いですが」
「・・・」
「そんな怖い顔しないでくださいよ、冨岡さん。
こんな所、他の柱にでも見られたら曲解される事なく説明できないでしょ?」
「!(心外)」

サラリと吐かれた毒にショックを受けた義勇は固まった。
不機嫌顔と猫被り顔が無言の応酬をしている中、義勇の腕がつつかれた。

「ねえねえねえねえ、とみぉかさ〜ん聞いてますかぁ〜?」
「・・・」
「・・・」
「もぉ〜、まぁたそうやって聞こえないフリですかぁ?ねえねえ少しは反応してくださいよ」
「・・・している」
「・・・っ」
「ほらほらぁ、大好物の鮭大根どうして食べないんですかぁ?頼んであげたじゃないですかぁ〜」
「・・・頼んでない」
「ん"」
「照れるお歳でもないじゃないですかぁ〜ねえねえなんで横向くんですかぁ」
「・・・照れてない」
「んふっ」
「もしかして食べさせて欲しいとか?意外とお子様ですねぇ〜それだからみんなにーー」
「俺は嫌われていない」
「ぶはっ!」

耐えきれずは吹き出した。
再びテーブルの下まで顔を伏せてしまったは動けない。
どうにか声を抑えているが、義勇から見える肩はこれでもかと震えていた。

「・・・
「す、ません・・・け、決して他意はーー」
「もー、ドジっ子ですね冨岡さん」
「ぶふっ!」
「・・・」

しのぶさんその辺で止めて、というの心の訴えは酔っ払いに通じるはずもなく。
追撃を食らったは深呼吸をし、数分経ってようやく何事も無かったような顔を上げた。
当然、目の前の義勇からはこれでもかと睨み付けられる。

「あー、はいはい。飲酒が事故なのは分かりましたから。
そんなに怖い顔で睨まないでくださいよ」
「・・・」
「それと私はしのぶさんと違いますから無言で訴えられても冨岡さんの考えは知りませんからね」

にっこりという笑みとは裏腹の意地の悪いの返しに、義勇の睨みは鋭さを増すが刺された当人は意にも介さない。
しばらくして、義勇が折れたのか小さく嘆息し口を開いた。

「・・・胡蝶と帰れ」
「そんなに絡まってる相手を無理強いして引き剥がす趣味は私にはありません」
「・・・」
「ちょうどいい機会です、しのぶさんに色々聞いてみてはいかがですか?」
「・・・何の話だ?」
「さぁ?」
「・・・」

テーブルの上の注文を摘んだに義勇はさらに渋面を深くする。
その後、仕方なさそうに自身の腕に絡む腕を外そうと義勇は隣に引っ付くしのぶに声をかける。

「・・・こーー」
ねーさん」
「はいはい、何ですか?」

出鼻を挫かれた義勇はそのまま固まる。
対して呼ばれたは、しのぶに向け柔らかい笑みを返した。

「冨岡さんがまた治療受けずに任務行ったんですよ」
「あらあら、それはいけませんね」
「でしょぉ!しのぶの治療は嫌なんですよ」
「・・・嫌ではなーー」
「それは酷い男ですねぇ」
「冨岡さんは酷くないです!」
「!?」
「あら、どこが酷くないの?」
「口下手だし説明不足だし言葉足らずで他の柱とすぐ喧嘩するけど・・・ちゃんと戻って来てくれるんです」
「・・・」

噛み合ったり合わなかったりな会話に義勇は閉口した。
まだ酔いの残る赤い顔のしのぶ。
普段は口にしない本音に近い言葉に、さらに煽るようには続けた。

「そっか、なら安心ね」
「安心じゃない!いっつも黙ってばっかりで何考えてるのか分かんない!」
「・・・喋るのはきらーー」
「そーよねー、こんなにしのぶが喋ってるのに。
どーして冨岡さんはしのぶに喋ってくれないのかしらねー」
「・・・」
「・・・ねーさん」
「なぁに?」
「しのぶ嫌われてるのかな?」

しゅんと義勇の腕に絡まりながらしのぶは肩を落とした。
絡まれている相手に今度はが鋭い一瞥を返すがそいつはオロオロとするばかり。
まったく、こいつは。

「しのぶが嫌われるはずないわ」

優しく頭に手を置いたがゆっくりと呟く。
おずおずと顔を上げたしのぶにはふわりと笑いかけた。

「私はしのぶが大好きよ。
こんな頑張り屋さんを好きになる人はたくさんいるわ。
きっと冨岡さんは恥ずかしいだけよ」

酒の所為か、別の要因か、酔いの回った潤んだ目尻を拭ってやればしのぶは幼く笑った。

「えへへ・・・そうだと、いいなぁ・・・」

そのまま義勇に寄り掛かるように眠ったしのぶを義勇とは見下ろす。
どうやら完全に寝落ちしたようだ。

「・・・」
「・・・」
ーーベチッーー
「!」

小気味のいい音が響く。
割り箸で目の前の頭を叩いたは、不服気な義勇の眼前に割り箸を突き付けた。

「冨岡さん、次しのぶさんが似たような事言ってたら・・・」

あと少しで眼球に刺さるような至近距離に割り箸を突き付けたまま、は義勇が初めて見たゾッとするほどの笑みを浮かべた。

「容赦なくぶっ飛ばしますからね」
「・・・隊律違反だ」
「私がそれを気にするとでも?」

笑みを深められ、冷や汗が流れた義勇は素直に頷いた。

「・・・善処する」


























































妹の幸せを願うもう一人のお姉さん

>おまけ
「おはようございます、しのぶさん」
「・・・おはよーございます」
「二日酔いの薬ならそこにありますよ」
「助かります・・・あの、昨日はご迷惑をおかけしました」
「あら、覚えてるんですか?」
「いえそれが・・・お恥ずかしながら後半が全く・・・」
「えー残念。私を姉さん呼びしてくれたり・・・」
「!」
「自分の事を名前呼びしたり・・・」
「!?」
「冨岡さんの気持ちを熱く語ってくれたり・・・」
「!?!?」
「そして冨岡さんがしのぶさんにーー」
「そ、そ、それ以上は止めて下さい!」

うちのしのぶさんはお酒が入ると記憶がなくなる




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2020.9.17