「・・・」

本部への帰り道。
は何処に向かうでもなく、歩みを進めていた。
鴉から追加の任務はまだない。
というか、しばらく休めと言い渡されてしまったからもしかしたらすぐの任務は無いのかもしれない。
今のにはそれは拷問に近い。

(「考える時間が欲しく無い時に限って任務無いって・・・
誰かの任務に付いて行こうかな・・・でも、最近のみんなの動向は・・・?」)

と、思案にふけていた時だ。
見覚えのある鶯色の羽織りと大きな背中。

「悲鳴嶼さん、ご無沙汰しておりました」

半分期待を込めて呼び掛ければ、歩みを止めた岩柱、悲鳴嶼行冥は振り返った。

か、久しいな」
「はいご無沙汰しておりした。これから任務ですか?」
「いや、屋敷に帰る所だ」
「・・・そうですか」
「?折角だ、屋敷で休んでいくといい」
「・・・では、お言葉に甘えます」



















































































































ーー諦観と諦念ーー




















































































































「こうしてまみえるのは2カ月振りか」
「もうそんなになりますか・・・もう少し早く戻るつもりだったのですが」

岩柱邸。
途中で買った甘味をお茶請けに、縁側に並んで腰を下ろした行冥とは共に湯呑みを傾ける。

「本当は丹後・山城だけで調べて戻るつもりだったんですが、気になることがあって筑前まで足を伸ばして長くなってしまいました」
「その様子だと、収穫は無かったようだな」
「胡蝶さんへのお土産はあったんですが、肝心の方は・・・」
「そうか」
「・・・すみません」

出し抜けの謝罪。
その詫びが示す意味を理解していた行冥は一度湯飲みを傾けた。

「出会って10年か」

小さな呟きにから反応はない。
構わず行冥の落ち着いた声音が続く。

「お館様に紹介された時から、お前は息をつくように謝罪を口にしていたな」
「・・・お会いした時は今より輪をかけての軟弱者だったのは自覚しています」
「だがその10年で、柱と並ぶ力を持った」
「!」
「私がこう言ったところで、変わらないだろうが・・・」

そう言って行冥は俯くの頭を大きな手で撫でた。

「一族の宿命からは確かに逃れられないだろう。
だが、全てを背負い込む必要はない。
我々は同じ傷を負う運命共同体なことを忘れるな」
「・・・お心遣い、感謝します」

思った以上に固い声が返される。
決して己を赦さない姿勢。
掛けられる言葉も思いも、ただ申し訳なさを全面に。
受け入れられないことを詫びる。
それは付き合いが長引くほど輪をかけて酷くなっている気がした。

「やはり、変わらぬな」
「そんなことありません。
罪深い私がこうして鬼殺隊で過ごせるのも、悲鳴嶼さんのような方がいらっしゃるからです」
「そこまで思い詰めるものでもあるまい。毎回負傷しているのは、隊士を庇ってのものだろう。
前回の負傷は深手過ぎて胡蝶が嘆いていたぞ」
「うっ」
「自分を盾にする前に、もっと精進し鬼を滅せ。
お前が強くなれば、負傷する事なくもっと多くの者を助けられる。
私で良ければいつでも付き合おう」
「不死川さんにも同じこと言われました。みなさん、本当に優しいですね」

優しさが痛いと、何度思っただろう。
こうしてこの場に居ることが、果てしなく心苦しい。
すべての発端となった大罪人。
鬼舞辻よりも自身に流れる血の方が尚も罪深いというのに。

(「・・・私にはーー」)
「『己に優しさを受け入れる資格はない』かね?」
「っ!?」
「その報告に見合うほど鬼を狩っているだろうに。
それにお前の医学に特化した能力のおかげで救われている隊士も多い。それはお館様も仰っていたはずだ」
「・・・はい」

声が震える。
与えられる優しさに比例して内側からその優しさの刃で焼かれる。
己を苛む声は内からとめどなく溢れる。



















































ーーお前の所為だ!ーー



















































『分かってます』



















































ーー人間のフリをするな!ーー



















































『ごめんなさい』



















































ーーどうしてお前が生きている?ーー



















































『ごめんなさい』



















































ーーお前が死ねばよかったんだ!ーー



















































『ごめん、なさい』



















































ーーこの悪魔の血族め!ーー



















































『・・・ごめんなさい』



















































あぁ、また罪悪感に呑まれる。
幼少の自身に向けられた言葉はどれも真実だ。
なのにこの人はいつも多くを語らず、肩を貸してくれる。
自身のことを話した時も、ただ静かに聞いてくれた。

「・・・」
「そうして声を殺して泣くのも変わらない」
「・・・悲鳴嶼さんの、前だけです」
「そうか、それは光栄だな」
「甘やかし、過ぎですよ」
「相手は選んでいるのだ、問題ない」
「・・・ふっ・・・」

情けない。
また自分は涙を流すしかできないのか。
お館様の前で耐えられたはずの涙がここに来て止まらない。



、今から君に酷いことを言うよ。許さなくて構わないから聞いて欲しい』
『はい』
『始祖の薬の手掛かりをこれ以上探すのは止めて欲しいんだ』
『・・・』
『無論、私達はこれまで共に手を組んできた。
簡単に手放せないことも分かっているつもりだよ。
ただその存在は1000年以上前で手掛かりという手掛かりもない。
それに自然界にはーー』
『自然界にはそもそも青い花は存在しない。『青い薔薇』が不可能の代名詞と言われているようにあるはずの無いものの例え』
『・・・気付いていたんだね』
『はい。それに1000年の年月を考えれば、そのままの意味ではなく事象や比喩の可能性もあります。
元々雲を掴むような話だと言うことも承知しております』
『・・・それでも止めない、と?』
『事実、鬼舞辻は存在してしまいました。
お館様もずっと戦ってきております。どうしてここで私だけが止めることができましょうか』
・・・』
『もし見つけられなくとも、鬼を狩り続けることはできます。
過去の浅はかな行いの責任を取れるのは、もはや私だけですから』



は泣き疲れて寝てしまった。
行冥は寄り掛かるを起こさないよう、自身の羽織りを掛けた。
相当な強行軍だったのだろう。
そもそも任務の傍ら筑前まで行って2ヶ月で戻ってこれるなど無謀だ。
普通ならその倍はかかる。
彼女が背負う、古の宿命をお館様から聞いたときは言葉を失った。
そしてそれを本人の口から聞いたのは、合同任務で彼女が重傷を負った時だった。

「・・・」

無茶をした事を叱れば、自分の所為だからと、自分以外が傷付く事はダメなのだと。
熱に浮かされ、途切れながらも事情を話してくれた。
鬼舞辻を倒すため、生まれ落ちた時からその道へと強制された。
才能がなければ、非常な心を鍛えるためと身内の手で身内を殺したという。
その歴史が遥か昔から続いていた一族。

「いつか私以外にも話せる相手ができると良いな」

責められるのを是とし、赦されるを拒む。
そんな生き方をしなくても良いと、共に同じ道を歩く同志として肩を並べられる日を夢見ながら行冥は小さな肩を引き寄せた。




















































まだ若かった頃の話

>おまけ
「邪魔するぜ、悲鳴嶼さん・・・って、なんでが居るんっすか」
「丁度良いところに来たな不死川。が眠ってしまったのだ、布団を敷いてくれないか」
「・・・うっす」

>>後日談
「なんだこれは」
「先日のお詫びのおはぎの詰め合わせです」
「要らねェ世話だ」
「でも、不死川さんが私を布団に運んで寝かせてくれたって・・・」
「・・・別にたまたーー」
「あらあら、まさか二人がそんな関係だったなんて」
「うむ!よもやよもやだ!」
(「・・・!」)
「ちっげェエっ!!
つーか何でお前らがここに居やがる!胡蝶!煉獄!!」
「そんな!私のことは遊びだったなんて、よよよ」
ぇっ!悪ノリしてんじゃねェェェ!!!」





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2020.5.26