ーー憂さ晴らしーー

















































































































「ちっ・・・」

イライラする。
地味な負傷に腹が立つ。
その上、身体の自由が利かない。
こんな傷で呑気に寝てる暇はない。
早く鬼を狩りに行かなければならないというのに・・・

「宇髄さん」
「あ"?」

虫の居処が無っ性に悪い所に声を掛けられる。
もう何度も鋭い態度で追い返し、寄り付かなくなったと言うのに性懲りもなく誰が来やがった。
射殺せるほどの眼光を向ければ、そこには涼しい顔で隣に座った隊士。

「んだ、お前かよ」
「どうも」

久しぶりに会った。
隊服の所を見ると、任務帰りか手伝いだろう。
蝶屋敷でよく手伝いをしているは気分を害した風もなく持ってきた包帯やら薬やらを袖机の上に置いた。

「何の用だ?」
「包帯の交換に来ました」
「要らねぇよ」
「・・・」
「分かったらとっととーー」
「分かりました」

布団を被ったまま、手だけで追い返す。
すると相手は腰を上げた。
随分素直な事が不気味だったが、まぁいいか。
と、思った時だった。

ーーベリッーー
「!?」
「じゃ、行きましょうか」
「は?」

布団を引っぺがされ、は手早く自身の脇の下に小柄な身体を使うとこちらを支えて歩き出す。

「おい!怪我人にーー」
「騒ぐと今度は致死量近く盛られますよ?」
「・・・」

自由の利かない身体を支えられながら、着いたのは風呂場。
いつもと違うのは、流し場に椅子が置かれていた事だった。

「は?」(2回目)
「じゃ、動かないで下さい」

療養着のまま椅子に座らされ、袖がない上掛けを被せられる。
されるがままだったが、今から何をされるのか分からず、思わず声を上げる。

「は?(3回目)いや待てや」
「さすがに湯殿はまだ無理なので、洗髪で我慢して下さい」
「だからそうじゃねぇって」
「だから騒ぐと盛られますよ?」
「・・・」
「じゃ、流すので首曲げてくださいね」

反論は受け付けないらしい。
仕方なく付き合う事にし、首を曲げればが顔に湯が掛からないようにしながらゆっくりと湯を流していく。
誰かに洗髪してもらうなんて、思ってみれば初めてかもしれない。
そんなこちらの心情を他所に、はわしゃわしゃと洗い進めていく。

「・・・」
「痒い所あります?」
「・・・ねーよ」
「そうですか」
「・・・」

つっけんどんに返しても、返答の声音は病室で会った時と変わらない。
だんだんと自分だけが意地を張っているだけのような醜態に見えて、小さく問うた。

「・・・何でだ」
「はい?」
「だから何で強引に風呂なんだ」

苛立っているのは分かってたはずだ。
担ぎ込まれて早々、屋敷の主と盛大にやり合った。
話にならず抜け出そうとして一服盛られたのは昨日。
誰も病室に近付く者はいなかったのに、突然現れたこいつは手当てするでもなく風呂に連れ込んだ。

「おい」
「さーて、何ででしょうね」
「てめ・・・」
「はーい、流しますよー」

米神に血管が浮かぶ。
それすらおかしいのか、は小さく笑いながらゆっくりと湯を流していく。
これで付き合ってやるのも終わりだと頭を上げようとしたが、額に手を置かれた。

「まだ終わんねぇのか?」
「まだですよー」

間延びした声でそう答えたは、ゴソゴソと身動きすると再び自身の髪を手櫛で梳いていく。

「おい何すーー」
「まぁまぁ、お任せください」

ゆっくりと、頭皮をなぞるように指圧されるのは強張った気持ちさえも解れていくようだった。
と、届いた清涼感のある香りは覚えがあった。

「・・・薄荷か?」
「さすが宇髄さん、ご存知でしたか」

スーと鼻に抜ける香りは頭を明瞭にするようだった。
指先で額から後ろ頭に向けゆっくりと指圧し続けながらは涼やかな声音で続ける。

「元々、医療用に使われる事も多いんですけどね。
実はそれ以外にも用途は多用なんですよ」
「相変わらずよく知ってんな」
「お褒めに預かり光栄です」

再び流し終えれば、は手拭を頭にかけてきた。

「はい、おしまいです」
「おー・・・」
「どうです?少しは楽になりました?」
「・・・」

答えずにいたが、向こうは肯定と受け取ったようで楽しげに笑いを溢した。
気分が悪い、そう思ったがは手拭でこちらの頭を拭きながら話し出す。

「そうそう、宇髄さんが救援に入られたお陰で命拾いした隊士は峠を越しましたよ」
「!・・・全員死んだはずだろ」
「辛うじて生き残った方がおられました。
剣士として刀を握るのは無理ですが、その方は隠として役に立ちたい方がいると仰ってました」
「・・・そうか」

担ぎ込まれる直前。
柱の救援で入った任務は凄惨たる光景だった。
満月に照らされたそこは、一面真っ黒。
それが隊士が流した血だと理解するのに時間を要した。
辺りに転がる同士討ちのような死体。
そうでない者は毒でも受けたのか、目も当てられないほど、苦痛に歪めた顔。
相手は下弦の弍。
自身にとっては造作もない相手だった。
ただ、救援が間に合わなかった。
ただ、他の隊士の手には余った。
それだけの事だ。

(「・・・俺がもう少し早くーー」)
「宇髄さんが来てくださったから救われた命です」

の言葉にぴくりと肩が跳ねた。

「私達が出来るのは本当に少なくて嫌になります。
それでも、救われた人が居るのも事実です。
音柱様ならそんな傷、あと5日もあれば回復しますから、また盛られて退院が遅くならないようにして下さいよ」
「・・・」

いつもは低い位置からしか聞かない声。
手拭に隠れて見えないあいつはどんな顔でこちらに語っているのか。
届いたのは労りと不安がない混ぜになった、いつもより歪さが増した音だった。
いつの間にか拭かれていた手は止まっていた。

・・・」
「よし!じゃあ部屋に戻りますか。戻ったら包帯交換させて下さいね」

手拭が取られると、にっこりと笑顔が返される。
相変わらず心情を隠す奴。

「・・・終わったら飯も持って来いよ」
「はいはい。お薬もちゃんと飲んでくださいね」
「わーってるっつーの」

最悪の気分はいつの間にか明瞭さを取り戻していた。
付き合いの長さも去る事ながら、こいつの気の回しさ加減には恐れ入る。
お陰でまた地に足をつけ戦える気がした。































































>おまけ
「しのぶさーん、宇髄さんの包帯交換とか諸々終わりました」
「あら、終わったんですか?」
「終わりました・・・なのでその痺れ薬の調合止めてください」
「でも、近いうちに必要になるかもしれませんよ?」
「・・・誰に使う気ですか。その量、普通の人なら死んじゃいますよ」
「残念ですね」
(「残念って・・・」)
「それではお茶にしましょうか」
「・・・その手にした妙な粉薬は置いて下さいね」




Back
2020.8.23