「あの、さん」
「ん?どうかしました?」
「実は前から聞きたいことがあったんですけど・・・」
「はい、何ですか?」
「どうして強くなれたんですか?」






















































































































ーー理由ーー





















































































































両拳を握った炭治郎からの澄んだ瞳。
少年から飛んできた星がいくつかぶつかってくる。

「えーと・・・私、人に言われるとほど強くはないんですけど」
「そんな事ないですよ!だって さんはーー」
「止め止め止め、stop!stop!」
「すとっぷ?」
「あー、ごめんなさい。何でもないわ」
「さっきの西洋の言葉ですよね!さんは博学なんですね!」
「ありがとうございます。では私はーー」

逃げようとした矢先に腕を掴まれる。
事前動作を見せてないつもりだったが、流石は柱陣の評価を得た少年だ。
キラキラと期待が込められた眩しすぎる視線に、逃走を諦めたは小さく嘆息した。

「うーん、そうですねぇ・・・」

少年が納得できる答えはあるだろうか。
今自分が話せるのは・・・

「強いて挙げれば『怖いから』ですよ」
「怖い?さんがですか?」
「ええ。怖いですよ」

自分が振るわなければ、罪なき命が消える。
自分が振るわなければ、哀れな運命が続く。

「私はいつも怖いから剣を振るっています」

その心の奥底にあるものは正確に言葉にできない。
罪悪感なのか贖罪なのか。
誰かに赦しを乞いたいのか。
しかし例え赦しの言葉をかけられたとしても、今の自分ではどうしてか受け入れられるとは思えなかった。
それは鬼舞辻を倒してないからか。
目的を遂げるまでに失われた命の重さからか。

「なので、参考にする方は煉獄さんにしてください」
「俺はさんはーー」
「そこまで」
「ふごっ!」

炭治郎の鼻を摘んだは間近で笑みを浮かべた。

「炭治郎くんからの言葉はいつも嬉しいです。
けど、今はちょっと受け取れません」
「・・・」
「あなたの質問に見合う答えが見つかったら聞かせてください」

半ば逃げるようにして、は炭治郎と別れた。

(「私が強い、か・・・」)

そんな筈はない。
単なる剣技を見ても上はいくらでも居る。
精神的にも打たれ弱い。
確固たる信念なんてご立派なものも持ち合わせたつもりもない。
ただ、幼少から植え込まれた目的の為に動いているだけだ。
そんなものが『強さ』とはならないだろう。
そもそもの原因を取り除こうとしているだけ、はるか昔から続く血塗れの道を辿りながら・・・

(「もしかしたら・・・私は死ぬ為の理由を探してるのかもしれない」)

任務で死にかけた時、自身を駆り立てたのは死の恐怖では無かった。
強迫観念。
死という選択肢を選ばせないほど幼少の擦り込みはもはや洗脳と言っていい。
歳を重ね知識が増えれば増えるほど自覚できた。
だから炭治郎のように誰かを守ろうとする姿は、自分にはとても眩しくてそばに近付けない。
そう、鬼殺隊で気心を知れる仲になる者達は皆そうだ。

(「・・・せめて」)

歩みは自然と止まる。
見上げた空は青くてヒバリが囀る。
鬼なんて存在がなければ、平和とはこんな日の事を言うのかもしれない。

「せめて、死ぬなら私は・・・」

手の届かないそこへと手を伸ばす。
自分の思い、願いに届きそうな言葉をーー
と、

「・・・そこ、誰かいますね」
「・・・」
「・・・はぁ」

気付いた気配に声をかけるが、出てくるつもりはないのか動きはない。
嘆息したは呼吸を使い地を蹴った。
音柱程ではないがスピードにはそれなりに自信がある。
瞬時に目的の場の後ろを取った。
そして隠れていた人物の肩を掴んだ。

「とーみーおーかーさーん」
「!」
「何なさってるんですか、こんな所で」
「・・・失礼すーー」
「させませんけど?」

羽織りを確保され、義勇の逃亡は失敗する。
不服な顔を向けられ、それに返されたのはいつもの笑みではなく苦笑。
は素直に手にしていた羽織り放す。
それが意外だったのか義勇は目を見張った。

「ま、冨岡さんがいらっしゃるのに気付かず変なこと口走ってすみません。
先ほど聞いたことは忘れてください」
「・・・そうか」
「はい、お願いします」

離れていく後ろ姿。
いつもよりさらに小さく見えた背中に義勇は思わず声を上げた。


「はい?」
「・・・俺はお前に死んで欲しくないと思っている」

真剣な義勇の表情にきょとん、とは固まる。
本当にこの人は唐突に言うな。

「それは私のセリフですよ。
叶うなら、私は誰も死ぬ所は見たく有りません。
誰かが傷を負うのだって嫌です。それが仲間であれば余計にですよ」
「・・・
「何ですか?」
「・・・俺は言葉を間違えただろうか?」

一転して表情を沈めた義勇。
それには再び首を傾げることとなった。
男はさらに表情を暗くして続ける。

「俺はいつも間違えてばかりだ、柱と呼ばれるに相応しくない」
「・・・」
「・・・だから、雨の呼吸が使えるお前がーー」
ーーパチンーー
「はい、そこまで」
「!」

突然、義勇の目の前で両手を打ち鳴らしたに、びくりと男の体が跳ねた。

「まったく、後ろ向きな事で饒舌になってどうするんですか。
それくらいいつも喋って下さいよ」
「・・・」
「まず、あなたは間違ってません」
「!」
「人との会話は相手があって成り立つんです。
裏を返せば相手の状況であなたの言葉はどちらにでも捉えられる。
あなたの気遣いは正しい。
それを素直に受け取れるかどうかは私次第ということです」
「・・・そうか」

少し安心したような義勇の様子に、は静かに続けた。

「冨岡さん」
「?」
「あなたがどう思おうとお館様はあなたを柱に任命しました。
それを単なる数合わせだとでも考えているなら改めて下さい」

語調は穏やかでもその視線には厳しく諫める色が含まれていた。

「どれだけ心引き裂く現実と自身の非力に打ちのめされても、あなたは私の前に立っている。
鬼と渡り合う剣才と人の痛みを知っているあなたが水柱で良かったと私は思います」
「・・・」
「それに・・・」

言いかけたははっとしたように口を噤んだ。
普段とは違うそれに、義勇が続きを求める。

「それに、何だ?」
「・・・いいえ、何でもありません」

はぐらかし、それ以上の追求を拒む笑みをは浮かべる。
怪訝顔の義勇にぴんと指を立てたは続けた。

「ま、そう言う訳なので隠してるその怪我、手当てに行かないならしのぶさんに言いつけますよ?」
「うっ」
「行かないなら治療は痛くするように言っときますけど?」
「・・・行ってくる」
「はい、いってらっしゃーい」

ひらひらと笑顔で手を振るに見送られ、義勇は丸めた背中でトボトボと歩いて行った。
しばらくして、手を下ろしたから笑顔が消えていた。

(「それにね、冨岡さん。
私は柱には決して成れないんですよ・・・」)

例え他の柱と並ぶ実力があろうとも、皆を欺いている私にはあなた以上にその資格がない。
心中で伝えられなかった言葉を呟く。
鬼舞辻が探している生き残り。
その生存が露見すれば、どんな手を使われるか分からない。
過去と同じ事を今この鬼殺隊で起こす訳にはいかない。
露見させるなら、こちらの準備を整えて万全を期した時。
それはお館様とも決めていた。
時が来たら、自身の存在を使ってでも鬼舞辻をおびきだす餌とすること。
その時まではこの元凶を引き起こしてる自分の正体は明かせないんだ。
は空を見上げ、自身の無力を堪えるように呟く。

「せめて死ぬなら、鬼舞辻を倒して死にたいな・・・」

そうすれば全てが報われる。
赦しを受け入れられる気がする。
こんな私でも柱になった皆の隣を歩いてもいいような。
そんな気がするんだ。






















































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2020.5.16