薄紅の花弁が舞う満月の夜。
酒瓶を片手に夜道を歩いていれば、路地に立つ人影。
あからさまな殺気を向けられ、槇寿郎は苛立たしげに舌打をついた。

「・・・不躾な奴だな」
「不躾な事をされる心当たりをお持ちの自覚はあるようですね」

そう言って通りの板壁から背を離したは普段の笑みを消し、冷たい声で続けた。

「こんばんは、槇寿郎様」




















































































































ーー掌中の珠ーー



















































































































「何の用だ?」
「飲んだくれに話すほど大した用件ではありませんが・・・一つだけ」

いつもの穏やかさがなりをひそめたはそう言うと、鋭く槇寿郎を見据えた。

「炎柱が就任されたことはご存知ですよね?」
「ああ。そんな下らない報ーー」
ーードゴッーー

手近な壁が破壊される。
木製のそれを殴り壊したは、先ほどと一転してにっこりと笑みを浮かべていた。

「ああ、すみません。
少々耳障りな腐った性根の言葉が聞こえた気がしまして。
まぁ、もしそうなら・・・苦言を呈したいところです

最初に会った時よりも濃い殺気が槇寿郎に刺さる。
それに対して、男は全く動じていなかったが暫くしてその肩が震えだした。

「くくく・・・苦言?苦言だと?
ははははは!貴様にその資格があるとでも思うのか?」

そう言って、嘲笑していた槇寿郎はに指を突き付けた。

「元はと言えば全てが貴様の所為だろう!」

宵時にも関わらず辺りに怒声が響き渡る。

「お前らが居なければ剣士になることもなかった!瑠火も死なずに済んだ!自身の無能さに打ちのめされ惨めな思いをすることもなかった!」

面と向かって怒鳴りつけられてもの表情は変わらない。
それがさらに怒りに油を注ぎ槇寿郎の声は大きくなっていく。

「お前が居たから人間がパタパタと鬼に殺され死んでいくんだ!
どっちが鬼だ?
長い間、罪なき者を殺し血を浴び続け生き延びてきた貴様が俺に何の苦言を言える資格がある!」
「そうですね、全て貴方の仰る通りです」

淡々とは槇寿郎の言葉を肯定した。
それに一瞬、男は怯む。

「貴方には私を責め断罪する権利があります。
ですが・・・」

静かに、はただ静かな瞳でひたと男を睨みつけた。

「鬼殺隊隊士として、私の上官である炎柱を侮辱した心ない言葉を放った貴方には腹に据えかねています」
「貴様に加減してやるつもりはないぞ」
「奇遇ですね。私も本日は隊士として来たわけではありませんし、素手でやるつもりもありません」

そう言ったは背に担いでいた木刀を槇寿郎に放り投げた。
流れるような動作でそれを受け取った男の目が光る。

「貴様が俺に剣術で勝てるとでも思っているのか?」
「最後にお会いしてからどれだけ経っているとお思いですか?
御託を並べる暇がいつまで持ちますかね」
「・・・面白い、やってみろ!」
ーーガッ!ーー

言うが早いか、男は両手で持った木刀を振り下ろす。
それを受け流したは大きく後退し走り出す。
少しすれば辿り着いたのは広い河原。
すぐに追いついた男は鼻を鳴らした。

「その程度で振り切れるとでも思ったか」
「勘違いしないでください。
ご近所にご迷惑をかけては千寿郎くんに申し訳ないので移動したまでです」
「はっ、そのまま逃げれば見逃してやーー!」
ーーボゴンッ!ーー

言いかけた男は咄嗟に立っていた場所から飛び退った。
直後、大きく地面が陥没する。
陥没した中心に立ち、それを仕出かしたは油断なく男を見据える。

「ふん、少しは腕を上げたか」
「・・・」

両者はそれぞれ木刀を構え、互いに地を蹴った。

ーーブンッーー
ーーガッーー
ーードッーー

近付いては離れ、至近距離では打ち込みの応酬。
何合続いたか分からない。
しかし体格差を埋めることはできず、力が乗り気らない一合を槇寿郎に弾き飛ばされる。

ーードゴッーー
「っ!」

木の幹に後背を強打したから詰めていた息が漏れる。
その隙を逃さず男は勝負を決する一撃を振りかぶった。

ーーザッ!ーー
「ぐっ!?」

しかしその瞬間、が足元の地面の土を蹴り上げそれが男の顔面にかかる。
視界を奪われ最後の一撃の軌道が逸れた。
は体勢を崩した男の腹に容赦なく足蹴を入れ、脇腹目掛け一撃を打ち込んだ。

ーードサッーー
「はぁ、はぁ・・・これまでです」
「・・・ぐっ」

息を乱したは倒れた槇寿郎に木刀を突き付けそう言った。
打ち込みで掠った顔、何度か打ち込まれた跡が見える着崩れた浴衣で。

「私のような、半可者でも・・・元柱にこうして一太刀浴びせることができます。
・・・救っていただいたときより強くなりました」

そう言って、も河原に座り込む。
互いに荒く息をつきながら、暫くして槇寿郎が苦々しく呟いた。

「足癖も悪い上に、姑息な手も平気で使うとはロクな隊士じゃーー」
「13年前・・・」

出し抜けの言葉。
語られる内容に思わず男の言葉が止まった。

「死体の山の中で動けなかった私を救って下さった方は、私が生まれて初めて温もりを感じ得た方でした」

語られる昔語り。
それは幼い少女が身内を皆殺しにされた血みどろの屋敷から救われた遠い記憶の事象。

「助かった命を繋ぐ意味を探しながら、私を普通の生活に戻してくれたその方には感謝しています。
結果として私は鬼殺隊に入る道を選びました。
これは私なりの救っていただいた命の繋ぎ方です」

そう。
結局、普通の生活もまた鬼に奪われた。
その再びの時にはもうその人は鬼殺隊から去った後だということをあとで知った。

「守りたいと思う心は強さを得られる原動力だと、心を燃やせと、その方に教えていただきました。
私には家族や愛情と言われるものを得たことがない身の上でこのようなことを申し上げる資格もないでしょうが・・・
私にとってその原動力が鬼殺隊です。
だからこそ、その仲間が心を痛めていることが私は許せない」
「・・・」

淡々と、だが悔しさを込めたに槇寿郎は無感情に言い返した。

「ふん・・・炎柱などと褒めそやされたところで無意味な事だ。
所詮、『日の呼吸』以外ーー」
「貴方がこだわる『日の呼吸』でさえ、最強の技の使い手でさえ、結局は鬼舞辻を倒していませんよ」

とても冷静に、冷徹には事実を突きつける。

「『日の呼吸』以外は猿真似の劣化した呼吸だとでも?
猿真似だからどうだと言うんです?
呼吸なんてあくまで鬼舞辻を倒す為に至る手段。
汎用性を上げた呼吸が増えたおかげで鬼殺隊の戦力は格段に上がりました」
「こじつけだ」
「ですが事実です」

辛うじての返しでさえ両断し、は深く息を吐き続けた。

「我々は負け続けています。
そんな中でも、仲間を失っても自身がどんなに傷付いても打ちのめされても心が引き裂かれそうでも、這ってでも前に進んでいる煉獄さんを見てきました。
だからこそ余計に私は・・・私が立ち止まる訳にはいかない」

そこまで言ったは、倒れたままの槇寿郎の投げ出された腕を取った。
男は跳ね退けようとしたが、はその前に負傷した箇所へ包帯を巻き始めた。

「例え貴方が戦うことを止めても私がどうこう言える立場ではありません。
言う資格もないことも承知しています」

静かにそう言いながらは槇寿郎を見据えた。
今までに見たことがない、酷く悲し気な面差しで静かに・・・

「自己憐憫にひたるも結構。
ですが、戦い続けようとしている同志を阻むのは止めて下さい。
実の子に悪辣なことを並べ立てるくらいなら、その原因である私にすればいい。
貴方が私に向けた言葉は全て真実ですから」
「・・・」
「十になったばかりの子と幼い弟が母を失い、師と仰いだ父の落ちぶれた姿に心折れることなく己の道を進んだ。
その胸に亡き母からの言葉を抱いて、煉獄さんは柱となったんです。千寿郎くんだって、兄を支えるために自分ができることを行っています」

悲しいのはあなただけじゃない。
共に大切な人を失った家族。
私にはその感覚は分からない。
想像するしかできないけど、大切な者が抜けた穴が空いてしまった虚な感じは分かる。
もしこれが喪失の悲しみならば、自分だけが悲しいだなんて心得違いをしないで欲しい。
だって、きっと、幼かったあの二人も・・・

「槇寿郎様」

手当を終えたは、落ちていた木刀を拾い男に背を向けたまま続けた。

「せめてお身体はご自愛ください。
何かあれば杏寿郎さんと千寿郎くんが悲しみます」

そこまで言って振り返ろうとしただったが思い留まり小さく呟いた。

「これ以上、彼らにまた失う悲しみを与えないでください」

掠れるような声だったそれは、何故だか槇寿郎には嫌に耳に残った。
夜風が花弁を明るい空へと舞い上がるのを見つめながら男は痛む身体を起こす。
しかし、もうそこには誰の姿も見当たらなかった。

























































炎柱就任後の一幕

>おまけ
さん、夜のお散歩がどうしてそんな格好でお帰りですか?」
「え、えーと・・・ちょっと転んで・・・」
「なるほど〜『ちょっと転んで』ですか〜」
「あ、いや・・・ちょーっと勢いあったかも・・・」
「ぱっと見ですが、肋を折って腕にはヒビ、足は重度の打撲痕。
まるで木刀で本気の打ち込みし合った後のように見えますが?」
「えー、そ、そうですかねぇ?少々汚れが酷いだけじーー」
「あら、背負われているコレは木刀ですね」
「あ、あれぇ?どうしてこんなもの背負っていたんでしょうねー」
「そうですか、『ちょーっと勢いよく転んで何故か木刀を持ってお散歩していた』だけですか。
なるほどなるほど〜」
「や、やーだー。しのぶさん顔、怖いですよ〜」
「あらそうですか?とびっきりの笑顔を差し上げているんですが」
「・・・」
「他に何か仰りたい事は?」
「ナニモナイデス」



>おまけ2
さんのお怪我は大丈夫ですか?」
「ええ。ありがとう千寿郎くん」
「いえ。実は父も先日ボロボロで帰ってきまして・・・理由を尋ねても答えて貰えなくて」
「へー、そうですか」
「でもそれから少しお酒の量が減った気がします」
「そうですか、それは良かった」
さんは任務で負傷されたんですか?」
「んー、まぁそうですかね。
聞き分けないワガママなだめだめな鬼を狩ってたらこんな体たらくになっちゃいました」
「うむ!精進が足りんな !」
「あはは、誠に仰る通りです。煉獄さん、鍛錬相手お願いできますか?」
「無論だ!」




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2020.5.30