ーーお使いーー



















































































































『しのぶさーん、頼まれてた薬草買ってきましたー』

姿なき声が部屋へと届く。
徐々にこちらに近づいてくる音を聞きながら、しのぶは机上の書類へ書き終えた筆を置いた。
そして、部屋の入り口へ着いたその姿を出迎えるように振り返る。

「ご苦労様でした」
「いえいえ。それともう一つ」
「もう一つ?」

首を傾げるしのぶに、紙袋を右手に持っていたの反対の左手が後ろに続いている何かを部屋へと引き入れた。
片身模様の羽織り。
いつもよりやや不機嫌そうな顔の冨岡義勇の裾を持ったは達成感が満ちた表情でしのぶに使いの品を渡した。

「検診すっぽかしてた水柱様をお見かけしたので確保してきました」
「・・・」
「まぁ、助かります。では冨岡さんにはこちらに来ていただきましょうか」
「・・・俺は怪我してなーー」
「冨岡さん?」
「・・・承知した」

言外の圧に屈した義勇の恨めしい視線に手を振って返したは、しのぶらが居る部屋を後にした。
そして、お使いついでの戦利品を手にしながら目的としていた場所へ向かう途中。
廊下を颯爽と進む揺れる黒髪に声をかけた。

「アオイさーん」

気心知れた仲と思い呼んでみれば、向こうはいつもの生真面目顔のままぺこりと頭を下げた。

様、お疲れ様です」
「もー、だから様なんて要らないですよ。
お使いついでに甘味買ってきたので、休憩にしませんか?」
「でも、わたしはこれから薬を・・・」
「あれ?誰か入院してる方居ましたっけ?」

屋敷を数時間しか空けていなかったが、入院が必要な急患でもあったのだろうか?
それにしては屋敷内は落ち着いている気がするが。
と、首を傾げるに対しうんざり顔のアオイ。
その様子には何となくその口から出てくる名前に予想がついた。

「善逸さんが血鬼術にかかって、担ぎ込まれました。
聴覚が麻痺しているようでして・・・」
「薬飲むのに大騒ぎ、か」

先を推測して呟けば、答えの代わりに心情を物語った苦々しい表情が返される。
予測は二つとも正解か。
はアオイが手にしていた薬を取ると代わりに戦利品の大福をその手に乗せる。
そして入れ替わるように病室へと歩き出した。

「じゃ、コレは私が代わりましょう」
「ですが・・・」
「折角ならアオイさんの淹れてくれた美味しいお茶が飲みたいので淹れて貰えませんか?
淹れ終わる頃にはしのぶさんも手が空くと思いますし」

断るはずがない家主の名前を引き合いにし、にっこりと笑い返す。
それにたじろいだアオイは赤くなる顔を誤魔化すように咳払いをした。

「わ、分かりました。ではお薬はお任せします」
「はーい。ついでに他の皆さんにもお声掛けお願いしますね」










































































































所変わり、入院患者の病室。
蝶屋敷には珍しく他の患者が居ない部屋の窓際に立っている善逸は深々とため息をついていた。

(「耳聞こえなくなるって嘘過ぎじゃない。
そりゃ聞こえなくなればなんて昔は思ってたけどさ・・・」)

しかし昔の自分の考えは浅はかだっただろう。
この状況になって思う。
不安。
無音の世界。
これほど心細いとは思わなかった。
自身の鼓動すら響いてこない。
視界からはいくらでも音になる景色が入って来るのに肝心の音が聞こえない。
まるで自分の世界が失われたような錯覚すらする。
と、

(「あれ、この匂い・・・」)
「あれ?気付き・・・って、聞こえないんだっけ」

ふわりと鼻に届いた香りに振り返れば癒される笑顔に迎えられる。
病室に入ってきた最近任務で一緒になる同じ隊士が善逸に向かって微笑む。
その唇が動いているが、いつもの涼やかな音はやはり聞こえない。
しかし近付いたその人は近くの棚に置かれた紙束とペンを手に取った。
どうやらこちらの状況はすでに承知しているらしい。
素早く走らせ終えた紙面をは善逸に向けた。

『具合はどう?』
「聞いてください さん!俺ってば死ぬ思いで頑張ったのにガミガミガミガミ小言言われてすんごい苦い薬も飲まされたんですよ!
もー!酷い!誰も俺の事労ってくれない!」
「あははー、通常運転のようで何よりです」

ベッドをこれでもかと拳で叩きながら捲し立てる善逸にからからとは笑う。
さめざめと泣きじゃくる善逸にはさらに紙束に書いた面を見せた。

『そんな頑張った善逸さんにお見舞いです』
「え!マジですか!」

喜ぶ姿には小さな紙の小包を善逸の手の上に乗せた。
うきうきとその中を確認した善逸は中身が何か理解するとソレをベッドに叩き付けた。

「って、薬じゃねぇーか!」
『飲んだらご褒美あげますけど?」
「・・・え」
『私からのご褒美、要りませんか?』
「飲ませていただきます!」
「わー、チョロくて不安になりますよー」

聞こえないことを分かっていながら、は笑顔で毒を呟く。
それに気付かず、即答したが手元の薬と湯飲みを暫し睨み付ける善逸。
それを見守りながら、は手元の紙束にさらさらと筆を滑らせる。
そして、善逸は意を決して一気に流し込んだ。

「ぐっ!?うげえぇぇぇっ!
苦い苦い苦い!死ねる!舌爆発するぅ!!」

目を剥きのたうつようにベッドを転げる善逸には白湯を手渡す。
それを数杯飲み終え落ち着いた善逸には再び紙面を見せた。

『良くできました』
「うぅ・・・俺、頑張りました。早くご褒ーー」
ーーポスッーー

善逸を包むふわりと上る瑞香。
顔に当たる柔らかい感触。
抱き締められ頭を撫でられ善逸は身を固めていた。
暫くして身を離したは、顔を真っ赤に染める善逸ににっこりと笑いかけた。

「なっ!なっ!なっ!なっ!なっ!」
『よく頑張りました』
「ひゃ、ひゃい!」
『無事に戻って来て偉いですね』
「〜〜〜〜〜っ!」
『甘味のご褒美もありますけど、いかがですか?』
「・・・食べまーーヒィッ!
「?」

紙面を見せながら頭を撫でていたの手を跳ね飛ばす勢いで、善逸が飛び上がる。
ガタガタと震える善逸の視線を辿るようにも振り返る。
そこに立っていたのは音柱、宇髄天元。
隊服でない所を見るとどうやら非番らしい。
不穏な空気の天元に、まるで仔犬の威嚇のように善逸が吠えた。

「な、何であんたがここに居るんだよ!」
「てめぇこそ何してやがる」
「何言ってんのか聞こえないわ!」
「あ?」
『ちょっと待っててください』

面倒になる前に素早く善逸にそう書いて示したは、席を立ち病室に踏み込もうとした天元を阻んだ。

「善逸くんが怯えてますよ。何してるんですか、宇髄さん」
「こっちの台詞だ。お前こそ何してんだ」
「善逸くん頑張ったらしいのでご褒美を」
「は?ピンピンしてんだろ」
「・・・聞いてないんですか?」

胡乱気のに天元が疑問符を浮かべる。
てっきり善逸の見舞いで来たと思ったのに、どうやら事情は全く把握してないそれにはため息をついた。

「彼は今、耳が聞こえないんですよ」
「なんだそりゃ、情けーー」
ーートンッーー

言いかけた天元の言葉を、は自身の目線にある胸元を指で突き遮った。

「当たり前がなくなる事が、どれほど不安な事か少しは気遣っても良いと思いますよ。
何より彼は誰かさんと一緒で耳が良い」
「?」

そう言って、は善逸に渡すはずだった大福を渡した。
怪訝な表情で見下ろされる天元には善逸に向けていた柔らかい笑みを浮かべた。

「こんな時くらい甘えさせても良いと思いますけど?」

じゃお茶淹れて来ます、と言ったレイカはアオイが居るだろう厨へと向かった。









































































































>おまけ
(「・・・反則だろ、あの顔」)
「はぁ〜、せっかくさんと幸せな時間だったのに筋肉達磨に邪魔されーー」
ーーベシッーー
「痛っ!はあぁ!?
怪我人になってことしてくれちゃってんのこの派手柱!」
「うるせぇ!お前が血鬼術なんぞに掛かるのが悪い」
「聞こえないっつってんだろ!このイケメンが!顔面滅びろ!」
「上等だごら」
「ぎぃやぁぁぁぁっ!!!」

「・・・」
「あははー、アオイさーん。
そんな般若顔じゃお茶も美味しくなるの困っちゃいますよー」





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2020.5.2