大量の救護道具を横に下ろし、布団に横になっている老躯には静かに尋ねた。
「具合は如何ですか?」
「うむ、何とか生きておるよ」
「それは何よりです。では、傷の具合を看させていただきますね」
ーー無二の存在ーー
数日前、刀鍛冶の里が襲撃を受けた。
鬼は上弦格が二体。
それを恋柱・霞柱、そして里へ訪れていた3名の隊士の手によって退けられた。
しかし、多くの鍛治人の命が失われ負傷者も多く出た。
今回、新たな刀鍛冶の里にがやって来た目的は三つ。
その後の鍛治人の治療と、自身の日輪刀のメンテナンス、そして・・・
「では鉄珍様、こちらの薬の服用をお願いしますね」
「すまんのぉ、手間をかけた」
「何を仰いますか、私こそ里の一大事に間に合わず申し訳ありません」
里長である、鉄地河原鉄珍の手当を終えたは、優しく布団をかける。
と、鉄珍はが来た最後の目的を口にした。
「して、お館様は何と?」
「はい。
間違いなく近いうちに鬼舞辻は総攻撃を仕掛けてくる、と。
それに向けできる限りの用意をお願いしたいとのことでした」
「あいわかった」
「では、私は他の方を診察して参りますね」
深々と頭を下げたは道具を担いで腰を上げた。
そして襖に手をかけた時、鉄珍の声がかかる。
「や」
「はい?」
「蛍の奴も頼んで良いかの?」
普段は外さない、火男の面を外した鉄珍がを見上げる。
そこには、里長の重責を担う者ではない子を心配する一人の老人の姿。
その言葉がなくても、最初からの心は決まっていた。
安心させるように、はふわりと微笑み返した。
「無論です、お任せください」
里長の屋敷を後にしたは、引っ越し作業で慌ただしい家々の間を歩く。
と、道先に自分をこの里に連れて来てくれた隠が立っていた。
「あれ、後藤さん」
「よ、里長の手当は終わったのか?」
「ええ。ご高齢でもあるので回復に時間はかかりますが、問題ないかと」
「そうか」
「後藤さんの方はどうでしたか?」
怪我をした里人は負傷程度毎に数カ所で療養してもらっていた。
重傷者は蝶屋敷で未だ療養中だが、問題なく退院できるだろうという連絡は受けている。
後藤には先に中〜軽傷者を担当してもらっていたが、まさか先に終わっているとは思わなかった。
「負傷者は全員、快方に向かってるよ」
「それは良かったです」
「じゃ、行くぞ」
「?」
から救護道具を代わりに担いだ後藤は、最後の一つの屋敷を指した。
「残りの重傷者と問題児の所に行くんだろ?」
「あはは、流石ですね」
は苦笑しながらも頷いた。
蝶屋敷には頑として行かないと駄々をこねた問題児と、その問題児のお目付役の重傷者の元へ二人は歩き出す。
そしてその屋敷に到着すれば、ちょうどお見舞いに来たらしい少年と鉢合わせた。
「あれ?お前何でここに?」
「後藤さんのお知り合いですか?」
「知り合いっつーか、さっき手当てした軽傷者の一人だよ」
「何だよ、おっさんもこの屋敷に用事か?」
見舞いの品らしい花を片手にした少年の毒舌に、後藤はスタスタと距離を詰めた。
「誰がおっさんだ、俺はまだ20代だ」
「オレよりも一回りもおっさーーいててててて!」
火男の面から出ている小ぶりの耳を後藤は容赦なく引っ張り上げる。
流石にこのまま見ているほど暇ではないので、はやんわりと仲裁する。
「まぁまぁ、後藤さん。それくらいにしてあげてくださいよ」
「隠のクセに子供にケガさせるとか、最低なおっさんだな!」
「この・・・」
「まぁ、押さえて押さえて。
こんにちは、私は鬼殺隊、です。君のお名前は?」
「・・・小鉄」
ぶっきらぼうに答えた小鉄に、膝を折って視線を合わせたはふわりと笑いかけた。
「小鉄くんか、よろしくね。
私達はこの屋敷の人の手当てに来たんだけど、小鉄くんはお見舞いかな?」
「そ、そうだけど?」
「そっか。わざわざ来てくれてありがとうね。
ただ申し訳ないんだけど、お見舞いは手当が終わった後にしてもらっても良いかな?
ちょっと中の人が問題ある人だから、小鉄くんがとばっちりで怪我しても困るし」
ね?と宥めるように言えば、後藤に引っ張り上げられたよりも赤くなった両耳で小鉄はそっぽを向いた。
「し、仕方ねえな。また後で来てやるよ」
「わぁ、理解あるオトナな対応ができる男の子だね。ありがとう」
「ま、まあな!」
「じゃあまた、後でね」
「なあ!」
腰を上げたの羽織を小鉄が掴むと、再びは膝を折った。
「どうしたの?」
「・・・これ、あんたにやるよ」
「でもお見舞い用に摘んできたんでしょ?」
「また摘んで来るからいいんだよ。里の人、手当てしてくれたのあんただろ?」
「・・・いや、俺もしてるっつーの」
「オレ、あんたになら手当てされてもいいし」
「生意気言ってんなよクソガキ」
「オレ、泣いたり暴れたりしねーし」
「お前さっき半ベソかーー」
ーードガッ!ーー
「痛ってぇ!」
後藤の脛を蹴り飛ばした小鉄。
両者に再び火花が散り始めた事で、は小さく嘆息した。
「じゃあ、お言葉に甘えて受け取らせてもらうね。
ありがとう、小鉄くん」
「お、おう!じゃあな!」
機嫌を直した小鉄が手を振り駆け出していく。
それに手を振って返していたは、隣で苛立ちを隠さない後藤に苦笑を返した。
「まぁまぁ、後藤さん。
気持ちは分かりますが・・・」
「あんの、生ガキが。世の中の仕組みってもんを後で教えてやる」
「それと同じレベルをこれから相手にするので、ご助力お願いしますね」
「同じって・・・中年二人って聞いてるぞ?」
「ま、歳じゃないんですよ・・・」
乾いた笑みを浮かべ、は目的の屋敷へと足を進めた。
その屋敷に居たのは二人だった。
重傷者である一人、鋼鐵塚蛍を玄関櫃に座らせはその前に、後藤は蛍の後ろへと陣取らせる。
手早く両手の消毒を終えたは、不機嫌顔の蛍に宣言した。
「では、左目の手当するので動かないで下さいね」
「お前が痛くしなきゃ動かん」
「おいおい、。大の大人だぞ?
包帯とガーゼの取り替え程度で痛がるか?」
「後藤さんは鋼鐵塚さんをしっかり押さえてて下さい、しっかりと」
「大袈裟だろ・・・」
二度繰り返したに呆れ返った後藤だったが、その後藤には返答を返さず、巻かれた包帯を外し始める。
指示通り蛍を形ばかりの緩い羽交い締め拘束をする後藤。
包帯を外し終えたは、今度は左目に当てられていたガーゼに手をかける。
が、ピリッとカサブタが切れた瞬間。
「っ!」
ーードンッ!ーー
後藤の羽交い締めが甘かった拘束を解いた鋼鐵塚がを突き飛ばした。
手近な柱に背中を打ったに、ギョッとした後藤が慌てて拘束を強めたが遅すぎた。
「オイ!もう少し加減しろ!」
「って!全然元気じゃねぇか!」
癇癪を起こしたように暴れる蛍を、後藤は本気で押さえる。
と、なかなか体勢を戻さないもう一人に気付いた後藤は怪訝顔を向けた。
「おい、?大丈夫か?」
「あー・・・すみません。良い角度で鳩尾に入ったので」
「・・・」
深々とため息をついたはやっと顔を上げる。
先程と変わらないそれに、後藤もほっとした様子を返した。
「もー、だから後藤さんにちゃんと押さえててって言ったのに」
「悪い・・・この程度で暴れる奴がいるとは思わなかったんだよ。
さっきの小鉄ってガキでもここまで暴れなかったしな」
「はぁ・・・じゃ、鋼鐵塚さん。治療を続けますね。
次暴れたら薬で落としますけど、今落ちたいですか?」
「お前が下手な手当をしなけりゃ済む話だ」
「なるほど、では仕方ないですね」
肩を落としたは蛍と距離を詰める。
の様子を見た蛍は、忌々しそうに鼻を鳴らした。
「ふん、結局は腕尽くか。芸のなーー」
ーードシュッ!ーー
ーーバタンーー
文句を最後まで聞く事なく、は蛍の太い首筋に容赦なく手刀を落とし昏倒させた。
よし、と達成感滲む声に後藤は目の前で白目を剥く男に同情の視線を落とした後、へと視線を戻した。
「」
「はい?」
「・・・薬使うんじゃなかったのか?」
「え?だって勿体ないじゃないですか」
「・・・」
実は容赦ないこいつが一番怖ぇ、と内心呟いた後藤の心情を他所にはテキパキと蛍の左目の処置を始める。
しばらくして、新しい包帯に交換も終えるとは一つ息を吐いた。
「ふぅ・・・」
「どうだ?」
「そうですね、今の段階では何とも言えません。
でも毒を受けた訳ではないですし、化膿もしてないのでこのまま症状が悪化しなければ完全ではないにしろ、視力は回復する可能性は残っています」
傷口を押さえる道具を仕舞い終え、念の為だろう解毒薬の注射も終えるとは次の手当てに必要な道具を広げる。
「刀鍛冶として鋼鐵塚さんの腕を亡くすのは惜しいですし、もう少し経過を見て最短で治せるように最善を尽くしますよ」
「相変わらず腕が良いな」
「ありがとうございます。
では、残りの手当を続けましょうか」
「手伝うか?」
「いえ、暴れないならもう私一人で大丈夫です。
隣部屋の鉄穴森さんの手当をお任せしていいですか?」
「分かった」
後藤の手を借り、夕方には全ての治療を終えた。
はこのまま日輪刀のメンテナンスに里に残ることになり、後藤は任務の呼び出しがあり別れることになった。
そして、前の里と同じく湯治場があると里人に聞いたは夕餉まで時間があるとの事だったので先に湯を済ませることにした。
「痛っ・・・」
ゆっくりと湯に浸かりながらも、水圧にさえ疼痛を及ぼしてくる患部に思わず手が伸びる。
そしてゆっくりと詰めていた息を吐き出した。
「はぁ、油断した・・・
流石は鍛冶仕事してるだけあるな。よりによって治りかけたとこに・・・?」
と、耳に届いた水の跳ねる音。
鈍い痛みで周囲への警戒が疎かになっていた。
すぐ刀に手が届く距離を計りながら、は水音の元へと歩く。
音源は大きな岩の影。
片手で押さえた手拭いで身体を隠しながらも、ゆっくりとは湯煙越しの相手を見定める。
「どなたかいらっしゃ・・・」
「・・・」
掛け流しの音がやけに耳につく。
そこに居たのは、困惑顔の岩柱・悲鳴嶼行冥。
どうしてここに、いつ来たのか、まずは挨拶しないと、互いに裸、最初に何をしたら・・・混乱の絶頂に追い込まれただったが、取りあえず踵を返した。
「し、失礼しました!私すぐにーー」
ーーパシッーー
慌てたの手首を行冥が掴む。
思わずビクリ、と肩が跳ねたにいつもの穏やかな声が続く。
「構わん、私はもう上がるからはゆっくりしていきなさい」
そう言った行冥がから手を離そうとした時、
ーーパシッーー
「あ、あの!」
が両手で行冥の腕を掴んだ。
「ひ、悲鳴嶼さんも来たばかりですよね?
身体が温まってないですから悲鳴嶼さんこそゆっくりしてください」
「・・・ともかく、手抜いを拾いなさい」
「は、はい・・・」
互いに背を向けながら、そのまま共に湯に浸かることとなった。
二人の間に流れるのは掛け流しの湯が消えていく音だけ。
直前のハプニングに、動揺が抜けないはなかなか言葉を見つけられない。
「負傷をしているのか?」
そんな時、行冥から問いが響く。
思わず溢してしまった独り言を今更訂正するわけにもいかず、は素直に頷いた。
「・・・まぁ、肋を少し」
「そうか・・・この里には刀の整備か?」
「はい。それと先日の襲撃で負傷された里の方々の治療に来ました」
「そうか・・・」
「はい・・・」
「・・・」
「・・・」
間が持たない。
いつもならこんな沈黙に居た堪れなさなど感じた事ないのに、どうして自分はここまで緊張しているのか。
そんなの心情を読んだのか、行冥から言葉が続いた。
「近いうちに柱主導の稽古が始まる予定だ」
「そうですか。
確かにここ最近の鬼の活動はなりを潜めていますから、良いかもしれませんね」
「お前はどれくらい滞在するのだ?」
「そうですね、鉄珍様の整備が終わり次第ですがあの方の体調も考えれば早ければ二、三日だと思います」
「そうか・・・」
「はい・・・」
「・・・」
「・・・」
今度の沈黙に緊張はもう無かった。
言葉にしなくとも分かる。
最後の戦いが迫っている。
文字通りの総力戦だ。
その時が来れば、互いにどうなっているかは分からない。
膝を抱え目の前の揺れる水面をじっと見ていたは、両腕で自身の身体を後ろへと押し出した。
ーートンッーー
「!」
「ごめんなさい」
直ぐに相手の背中へと当たれば、行冥からの言葉が出る前には謝罪を口にした。
「少しだけです。
ちょっとだけこうさせてください」
当然ながら、普段よりも互いを近く感じる。
温泉よりも熱い互いの肌。
でも心中はとても冷ややかで。
どうなるかの不安、やっと終わらせられるという興奮。
矛盾したせめぎ合いでぐちゃぐちゃだ。
どうすればいいか分からない。
ーーポンッーー
「!」
「その時に向け私達は出来ることをやるだけだ」
不安を見透かした行冥の言葉がゆっくりと胸中を鎮める。
振り返れば、いつもの穏やかなあの顔があった。
「その為にもお前は療養が必要だな」
「・・・そうですね」
つられてもゆるく笑う。
この人の隣なら何でも出来る気がした。
「さて、そろそろ夕餉が出来た頃か、私は先に出る」
「は、はい!私も直ぐに向かいます」
「うむ。ではな」
>帰り道
「」
「はい?」
「今度から辺りの気配には気を配りなさい」
「それは、はい仰る通りです・・・」
「私で無かったらどうするつもりだったのだ?」
「?そりゃ、一緒に入りませんけど?」
「・・・・・・そうか」
「はい」
(「無自覚とは恐ろしいな」)
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2021.05.02