ーータンッーー
軽い足音が瓦を蹴る。
僅かに遅れ、先ほどより重い音が響いた。
そして、
「待ちやがれ!」
「お断りしますっ!」
怒声に怒声が返され、その音に驚いた小鳥が空へと舞い上がった。
ーー鬼ごっこーー
屋根の上の逃走劇の舞台は塀の上へと変わる。
本部への呼び出しの途中、違和感があったのでやっぱりすっぽかそうとした矢先。
こちらと距離を詰めようとした音柱と目が合った。
瞬間、目的を察したは踵を返して逃げ出したのだ。
当然、追ってくるその人もこちらを捕まえようとして現在もこんな事になっている。
「おい!止まれ
!」
「お断りします!」
「んの!速ぇなちくしょう!おい
!逃げんな!」
「その頭は空ですか!断ると言いました!」
「てめ!上官に向かっていい度胸だなゴラッ!」
「っ!」
速度が上がる。
も負けじとさらにスピードを上げた。
悪いが足には柱相手と言えど自信がある。
そう簡単に捕まってたまるか。
「クソッ!冨岡!止めろ!」
「!」
そう思っていたの前に、無口な隊士が立ち塞がる。
次期水柱への就任も時間の問題とされている、冨岡義勇。
彼とは長い付き合いだ。
任務に忠実、もちろん上官の指示にもそれは当てはまり、私情を優先する人ではない。
だが・・・
「冨岡さん!」
「・・・」
「私の邪魔したらあの定食屋さん出禁にします!」
「!」
その言葉で、義勇はに進路を譲る。
それを目の当たりにした天元は怒号を上げた。
「お"い!冨岡ぁ!」
「・・・出禁は困る」
「クッソ地味に使えねぇな!」
暴言吐き捨て、中指を立てながらも天元は追跡を続ける。
しかし、どんどん二人の距離は開いていく。
舌打ちをついた天元はさらに声を上げた。
「煉獄!」
「応!任せろ!」
「!」
次に現れたのは、これも次期炎柱内定予定の煉獄杏寿郎。
逃すつもりはないのが分かる、決然とした表情でを射竦めた杏寿郎は腰を落とした。
「悪く思うな
!炎の呼吸、肆ノ型ーー盛炎のーー」
「うわ!馬鹿野郎!型使うんじゃねぇ!」
杏寿郎の行動に天元が慌てて止めようとするがどう見ても間に合う距離でも位置でもない。
型を繰り出す杏寿郎には即座に抜刀した。
「雨の呼吸、弐ノ型ーー雨鷽」
両者の技がぶつかり合う。
しかし炎の波は真空の斬撃で打ち破られ立ち消えた。
驚く杏寿郎の頭上をは飛び越す。
「よもや!」
「あーっ!千寿郎くんが裏路地で虐められてる!」
「今行くぞ千寿郎!」
「おいぃっ!」
そんなベタな手に乗るんじゃねぇ!
などと言う天元の心の叫びは杏寿郎に届かない。
阻む者が居なくなったはさらにスピードを上げた。
「畜生・・・完全に逃げられた」
もう追いつける距離ではない。
作戦は失敗だ。
盛大に舌打ちをついた天元は、深く息を吸った。
「冨岡ァ!煉獄ゥ!
ひとまず上官命令無視してんじゃねぇぞコラ!」
完全な八つ当たりになるだろう怒号が虚しく空に響いた。
一方。
天元の追跡を巻いたは細い路地に面した物陰に隠れ、荒い呼吸を吐いていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・」
傷に響く。
けど、どうにか撒けたようだ。
今回は自身の直感に感謝だ。
最近、無駄に柱達と任務を組むことが多い。
お館様には柱との共同任務を可能な限り避けたいと申し上げたにも関わらず、だ。
なるべく距離を取りたいというのに、何を考えているのか。
(「理由も伝えたのに、何でーー」)
ーーパシッーー
「!」
気配が無かったはずなのに、腕を掴まれる。
驚いて振り返ればそこには岩柱、悲鳴嶼行冥が立っていた。
「、手当てをするぞ」
柱って暇なの?
そう言ってやりたいところだったが、行冥がの状況を知っていたことの方に驚きが勝った。
どうして知っているんだ。
先の任務で負傷はしたがそれは誰にも教えていないはずだ。
と、一拍遅れて我に返る。
「必要ないです!離してください!」
しかし、気付くのが遅過ぎた。
逃げ遅れたは体格差も相まって勝てるはずもない。
腹に太い腕を回され、宙吊りのは何とか逃れようと悪足掻きを続ける。
無駄な努力を続け身を捩るに、困り顔の行冥は静かに問うた。
「どうしてそこまで距離を取る?」
「私の都合です!手を離して下さい!」
「だから何故だ?」
「あなたの為でーー!」
しまったと、思ったがあとの祭。
勢いに任せてしまった己の失態に、は自己嫌悪に陥り抵抗さえも止まった。
「どういう意味だ?」
「・・・」
「、黙っていては分からん」
「知る必要ありません」
「上官を抜きに、私にも言えぬ事か?」
「・・・っ」
そんな言い方、ずる過ぎる。
抱いた思いを自覚してしまっているのに、そんな風に問われては酷く心が痛む。
「・・・幸せに、なって欲しいんです」
「?」
「あなたには幸せになって欲しいんですよ」
絞り出すように、事実のギリギリ手前を伝える。
今の自分に言えるのはここまでだ。
だって知らなくていい。
まだあなたは引き返せるんだから。
「鬼殺隊の柱である以上、個人の感情の優先度は低い」
「・・・承知してます」
「ではーー」
瞬間、行冥の羽織りが力尽くで引かれる。
唇に触れた熱に、初めて行冥は動揺を見せた。
僅かに拘束が緩んだ一瞬。
地に足がついたは拘束から抜け出した。
離れようとするすれ違い様、の痛々しい呟きが妙に耳にこびりついていた。
「・・・だから離れるんです」
この想いが知られないように。
この想いが悟られないように。
この想いに捕まれないように。
はただただ、距離を取るため痛みを堪えて地を蹴った。
果たして勝つのは鬼か?子か?
>別日
「あーもー!しつこい!」
「今日こそとっ捕まえてやる!」
「諄い!性悪柱!」
「てんめぇ・・・冨岡!胡蝶!煉獄!行ったぞ!」
「なっ!?」
「・・・」「ごめんねちゃん」「
、諦めろ!」
「柱格4人掛りなんて恥知らず!」
「む!尤もだ!」
「足並乱すな煉獄!」
この日は捕まりました
Back
2020.9.3