変な感じだ。
目を閉じても、開けていても景色が変わらない。
見えていた時はまぶたが動けば、記憶通りの景色が飛び込んできたはず。
なのに、散々運ばれてきた蝶屋敷のこの部屋さえよく思い出せない。
まるで今まで見えていた自分の世界が嘘のような錯覚を起こしそうだ。




















































































































ーー同じ景色ーー



















































































































蝶屋敷に運び込まれ3日。
骨折以外の負傷は気にならなくなってきた。
だが、血鬼術で奪われた視界だけは未だに回復の兆しが見えなかった。



と、聞き覚えのある声がかけられる。
見えずとも、この声の主は分かった。
と同時に彼がこの場にいる理由は2つしか思い当たらない。

「悲鳴嶼さん、負傷されたんですか?」
「いや、お前のことを聞いてな」
「それは・・・わざわざありがとうございます」
「目は大丈夫か?」

負傷ではないことに安堵した直後、問われたもう一つの理由のそれ。
表情に思わず出ただろうが、相手は盲目。
とはいっても、長い付き合いであるが故に彼はこちらの動揺を察してしまっただろう。
微妙な間に気付いていたが、は影がない声で返した。

「しのぶさんから既に聞いたんじゃありません?
まだ全快には時間がかかるそうです」
「そうか・・・」

簡単な励ましの言葉を口にしない彼の優しさ。
それが今は一番有り難かった。

「そうだ」
「?」
「悲鳴嶼さん、まだ時間大丈夫ですか?」
「私は問題ないが・・・どうかしたのか?」
「少し、付き合っていただけませんか?」

蝶屋敷の庭に連れ出してもらったは外の空気を目一杯吸い込む。
今日は快晴らしい。
そしてそろそろお昼になる今なら、蝶屋敷で働く子達は昼食の準備と買い出しに行って庭には人目はない。
だからこそ、は縁側を行冥に連れられて歩く。

「すみません、付き合わせてしまって」
「いや、構わんが・・・こんな所で何がしたいのだ?」
「改めて確認したかったんです」
「確認?」

僅かな段差に注意を払い、縁側から庭へと素足で下りる。

「不思議な感じですね」
「不思議?」
「これが悲鳴嶼さんと同じ感覚なのかと」

行冥に支えてもらい、手を伸ばせば枝葉が触れる。
記憶にある場所通りなら手入れされた低木のはず。
見えていた時は何の思い入れもなかったのに、奪われた今は触れたそれが唯一の確かに存在していることに妙に心が震える。
だが、分かるのは葉の形と表面は滑らかで、裏はざらついていて、細い枝が指を刺しているだけ。
色はぼんやりとしか思い出せなかった。

「思った以上に何も分かりませんね」
「・・・」
「ま、私だからでしょうけど」

枝葉の冷たい感触と形。
自身の手を取ってくれている行冥。
分かるのはそれだけだ。
今この手を離したら、あっという間に自分の居場所を失いそうな錯覚さえしてしまう。

「私の場合は生まれてからこの調子だ。
見えるのが当たり前のお前が不安になるのは当然だ」
「・・・ふふ、悲鳴嶼さんにはお見通しですね」

図星を突かれ思わず笑う。
振り返ってみれば相変わらずの闇。
だがその手は間違いなく暖かくて・・・

「あの・・・お顔に触れても構いませんか?」

不覚にも声が震える。
返事の代わりに繋がれた手が引かれ、ゆっくりと相手の顔をなぞる。
頬、目、眉、額、鼻梁、唇。
触れれば、記憶しているあの顔がちゃんとある事に安心できた。
行冥が言った通り不安だったようだ。
こうして誰かに触れたいと思ってしまうほど、自分が考えていたよりずっと。

「・・・

戸惑う声。
はた、とは我に返る。
傍目に見れば、ずっと行冥の顔を両手で挟んで向き合ってる。
勢いよく両手を離した。

「うわ!すみません。調子に乗りました」
「いや構わんが・・・少々面映い」
「す、すみません・・・」

思わずこちらも顔に熱が集まる。
こちらの心情を察してか、苦笑する気配が分かった。
ものすっごい居た堪れない。

「わ、私、頭冷やーーわっ!
ーーポスッーー

いつもの調子で距離を取れば、段差につまづきバランスを崩した。
しかし予想した衝撃の代わりに逞ましい腕の中に簡単に収まった。

「見えずとも、私がここにいるのは分かるだろう?」
「・・・はい」
「間違いなく居る」

見えなくても自分が行冥に包まれているのが分かった。
ちゃんと繋ぎ止められていることにひどく安心出来る。

「ふふ、そうですね。
相変わらず悲鳴嶼さんは大きくて優しくて安心できます」

背中越しに抱き締められ、は自身より大きな手を確かめるように触れていく。

「ここ、傷跡です?」
「ああ。随分前の古傷だ」
「悲鳴嶼さんが戦ってきた歴史ですね」

自分にもそれはある。
だが見えない今、どこにあったか覚えていない。
その事実がやはり胸を抉る。
それがありありと感じ取れたのだろう。
行冥はポツリと零した。

「・・・悔やまれるな」
「はい?」
「お前の顔が見えていれば、かけるべき言葉を間違えることは無いだろう」

その言葉には目を瞬く。
見上げてもあの顔はない。
だが、声音で落胆の色だけは分かった。
珍しい光景とそんな心持ちにさせてしまったことを詫びるようには断言した。

「大丈夫ですよ」
「大丈夫?」
「はい、悲鳴嶼さん間違えた事ないですから」
「そうか・・・元々無いものを望んでも仕方が無いが、同じ景色を求めてしまうのは高望みか」
「そんな事ありません」

呟いた行冥にそのまま見上げる形でそう言ったは手を伸ばす。
彷徨うようにしていたが、探していた行冥の頬に届いた。

「だって私達は鬼が居ない世界を目指してるんですから。
それは高望みじゃないですよ。
それに、私は悲鳴嶼さんと同じ景色を今見てますからね。
ま、今回のコレは自分の失態の景色なんで偉そうな事言えませんけど・・・」

苦笑したは深く息を吐いた。

「悲鳴嶼さん。
私ね、平和になって時間ができたら今までいただいたものを少しずつ返していきたいんですよ」
「返す?」
「はい。もうやる事も決めてるんです。
悲鳴嶼さんにこの景色を見てもらうための勉強すること。
それとお館様の病をしのぶさんと協力して治すこと。
そして皆んなでお花見したり、温泉にも行ったり・・・
ふふ、早く治して任務に行かないといけませんね」

明るく笑いながら話すに、先ほどの落胆の色から苦笑に代わった行冥は呟く。

「お前は諦めないのだな」
「はい。私達が望む世界は戦わないと得られません。
私は戦い続けなければ、どんな状況になっても。
例え・・・二度とこの目に光が戻らなくても」

それに諦めるなんてそんな事、許されない。
他の隊士ならまだしも、他ならぬ自分がそんな選択肢は選べない。
固い決意。
それが声音と気配からでも伝わる。

「・・・もし見えないままなら、私が面倒を見よう」

その言葉にはぽかんと呆気に取られる。
そして、

「あはは、それは心強いです。戦い方、教えて下さいね」

額面通りに受け取ったの反応に、行冥は自身の前にある頭を撫でるしかなかった。



















































にぶちーん

>おまけ
「・・・うむ、お前が望むならそれもよかろう」
(「・・・通じんな」)
「はい、ありがとうございます!
そうだ!素振りできるようになったら見えないままでも訓練できる内容考えてみましょうかね」
「うむ、胡蝶の許可が下りるなら付き合う」
「ありがとうございます!」
(「悲鳴嶼さんって、本当に面倒見が良いな」)





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2020.5.26