ーー想いと代償と宿命とーー
「雨の呼吸、肆の型・・・春霖!」
飛び掛かってきた3匹の鬼の首を一気に斬り飛ばす。
鎹鴉の援軍要請で遊郭の隅へ降り立ってみれば、辺りは相当な戦闘痕。
周囲に群がった鬼を片っ端から狩って進んでいた。
嫌な予感は、していた。
この類の予感は外れた試しがない。
仲間が失われる予感。
(「勘弁してよ、もう・・・またなの?」)
ついこの間も失った。
鬼殺隊で5年以上の付き合いは本当に数少ない。
いや、正確に言えばもう柱しか残っていない。
ーーガラッーー
「!」
(「まだ生き残りが!?」)
地を駆ける。
疲労は残っているが、まだ剣は振るえる。
私はまだ戦える。
だから、今度こそは!
「乙、
!生存者は!?」
「
!お願い、助けて!」
上がった声にスピードを上げる。
瓦礫を飛び越し飛び込んできた姿に心臓を掴まれた。
血塗れの音柱、左肢に重度の損傷。
泣き顔の知り合いからの縋る視線に、は刀を鞘に納めた。
「よく耐えました、雛鶴さん。状態は?」
「鬼の毒が、天元様の顔色がどんどん・・・」
「やだやだやだ!天元さまぁ!」
「落ち着きなさいよ、須磨!」
「隠が到着するまで、出来る限り何とかします。
鴉は飛ばしましたので、皆さん落ち着いて下さい」
手持ちの道具で何とかできるとは思えないほど、悪友の状態は悪かった。
何より、元忍であるこの人が毒に侵されていて、それが解毒できるなど蟲柱でなければ不可能だろう。
「・・・よぉ、・・・派手に、辛気くせ、かお・・・」
「黙ってください、天元さん。お嫁さん方を泣かせてる現状を理解してください」
そう言えば薄く笑うその男。
いつもなら豪快な口調でへらへらと、自分は神だの、さっさと嫁に来いだの言っていたのに。
止めろ、そんな弱々しい笑い方。
最後までいつものあなたらしく、騒々しい人で、また私に絡みに来てくれ。
「へ、へへ。おめぇが、名前呼ぶたぁ・・・な」
「黙れって言ってんです」
ーーギュッーー
「ぐっ!」
出血が酷いところを縛りあげる。
そして、首筋の動脈へ指を当てれば心拍数が落ちているのが分かった。
状況は悪くなるばかりだ。
「気休めですが手持ちの解毒薬と強心剤打っておきますよ」
淡々と処置を進める。
手が震える前に、次の処置を、次できることを。
周囲では彼を呼ぶ声、励ます声、願う声。
自分にできることはあとは・・・
(「これ以上、私に何ができる、何がーー」)
「さん!」
自分を呼ぶ声に振り返れば、そこには年若い隊士。
だが、自分が手当していた男の姿を見れば目に見えて顔色を変えた。
「2人とも無事で良かった」
「宇髄さん、そんな・・・」
「私ができるのはこれが限界だわ、ごめんなさい・・・」
悔し気に呟くに、炭治郎は蒼白になる。
と、禰豆子が天元へと近付いていく。
幼いながらに別れを言いたいのだろうか。
そう思って小さなモミジの手が天元へと触れた。
瞬間、
ーーボッ!ーー
「「!?」」
突如、目の前が紅の炎に包まれる。
状況が飲み込めない中、頭は瞬時に働く。
剣技の中には真空を作り出せる技もある。
すぐならまだーー
「雨の呼吸、弐のーー」
ーーガシッーー
「待ってください!」
「離しなさい」
「違うんです!この炎は!」
炭治郎の手がの手を阻む。
しかしそれを押しのけて技を出そうとする。
(「ぐっ!なんて力だ、押し留められない!」)
(「早く炎をーー!」)
と、目の前の炎が収まっていった。
柄を握る手が弱まる。
そして目の前には驚いた表情ながらも、血色がよくなった顔があった。
互いに驚く中、が脈拍を取れば先ほどとは違う力強い鼓動。
どうなっている?
皆が呆然とする中、炭治郎がおずおずと口を開いた。
「あの、うまく説明できないのですが禰豆子の血鬼術で毒が消えたようなんです」
「禰豆子ちゃんの?」
「天元様のご様子は?」
「そうですね、脈拍は正常に戻りつつあるようです。
先ほど、念のため打った強心剤も毒がなくなったおかげで効果が出ているようです」
「なら、天元様は・・・」
「胡蝶さんの診断が欲しいところですが、恐らく大丈夫かと」
「やったー!」
「重傷なことに変わりないので、激しく動かさないでくださいね」
聞いてないような嫁′sに一応伝えるが、まぁいいか。
は小さく息を吐くと、炭治郎に向いた。
「さっきは止めてくれてありがとう、炭治郎くん」
「い、いえ!そんなことは!」
「応急手当しますから、傷を見せてもらえますか?」
「はい、ありがとうございます。
でも、まだ善逸と伊之助が・・・」
「分かりました。なら酷いところだけ手当して、私も探しましょう。
でも歩けますか?」
「オレなら大丈夫です。禰豆子に運んでもらうので」
「分かりました、なら任せますね禰豆子ちゃん」
「むーむー」
ぶんぶんと首を縦に振る少女に、は柔らかく笑う。
「ありがとう。周囲の鬼は来るまでの間に片付けたはずだけど、念のため生存者を探しながら私が掃討します」
そして夜明け間際、隠が到着した。
怪我人の手当てがなされていく中、は深くため息をついた。
「はぁ・・・」
「なんだその腑抜けた姿は」
その声にギクリと身を固くした。
振り返れば、こちらを見据えるオッドアイ。
口元を包帯で隠した男は、首に巻き付いた白い蛇と共に冷えた視線でこちらを見ていた。
「伊黒さん・・・」
「伝令は聞いた。音柱はどこだ?」
感情の読みにくい声音から怒っているのが分かった。
音柱の行く末に予想がついて、は内心で合掌した。
蝶屋敷。
今回の任務で負傷した怪我人が収容された。
重傷隊員は4名。
怪我人の中でも軽傷だったは、隠の隊員に手当てを受け最後にしのぶの問診を受けていた。
「はい、これでお仕舞です」
「ありがとうございました、しのぶさん」
礼を述べたは羽織りに袖を通す。
そして、天元の治療に使った補充を終えた薬箱を再び懐に戻した。
それを目にしたしのぶは、小さく笑い返した。
「いえいえ。手持ちも多少役に立ったなら何よりです」
「多少だなんて・・・しのぶさんのおかげ助かりましたよ」
「私も鬼が使っていた毒のサンプルを提供いただきましたし・・・?」
と、しのぶの言葉が途切れる。
そこには普段は穏やかな表情とは違う、暗く思い詰めた顔。
「どうかされました?」
「いえ、何でもありません」
「そのようには見えませんけど」
俯いた顔を覗き見るようにしのぶが言えば、弱々しい笑いを返したが相手の頬にそっと触れた。
「お気遣い感謝します、しのぶさん」
「さん。また以前のような無茶は・・・」
「骨身に染みてますから、しませんよ。
また一服盛られて強制入院は嫌ですからね」
「・・・」
軽口で返せば、しのぶからは不服気な顔。
これ以上長居すれば、小言を聞かされそうな予測がついたは腰を上げた。
「手当、ありがとうございました。
宇髄さんのお見舞いにでも行ってきますね」
診察室を後にし、は入院した者が居るその部屋へと入った。
ベッドの上には庚階級の3名が熟睡していた。
だが、もう一人が居ない。
何処に行ったんだ、とは屋敷の中を歩き出す。
そして、その姿を縁側に見つければ先に向こうから声をかけられた。
「よぉ、お前が見舞いたぁ珍しいこともあるもんだな」
「たまには良いんじゃないですか。
宇髄さん的に言えば、派手に有難く思えってことです」
「お前な・・・?」
天元の文句が続くはずがそこで止まった。
それをいい事には呆れた口調で続けた。
「しのぶさんに絶対安静を言われてたでしょうに。
わざわざ離れまで用意してもらって言いつけ守らないなんて、薬で昏倒させられますよ?
そもそもーー」
「悪かった」
短い謝罪。
聞き間違いでないそれに、の米神に血管が浮かぶ。
「は?」
「今回、後始末任されたろ?」
「・・・伊黒さんにねちねち苛められたからって、私に嫌がらせですか?」
「あ?」
「あなたは今回、尽力した。
身を削ったおかげで任務に就いた隊員も生きています」
「かろうじて、な」
ーーパンッーー
影が見えたその横顔を張り倒した。
怪我人とはいえ自分の力など、大して痛くもないだろう。
だが、目の前の男は驚いたようにこちらを見見上げた。
「100年以上、誰も成し得なかった上弦をあなたが倒したんです!
駒となって無駄死にした隊員はいませんでした!
雛鶴さんも、まきをさんも、須磨さんも、炭治郎くんも、善逸くんも、伊之助くんも生きてます!
柱であるあなたが体を張ったらからです!
気弱になる必要も後悔も必要ないんですよ!」
「お、おい・・・」
「失ったものは取り戻せない!
だから助けられた命をもっと良かったって・・・」
半ば叫んでいた声が掠れていく。
手が痛い。
喉が痛い。
いや、本当は・・・
「・・・私が、もっと・・・」
もっと早く自分の任務を片付けていれば。
もっと早く戻っていれば。
もっと早く、辿り着けていたら・・・
私がもっと、強かったら・・・
「っ!」
そんな事、いくら思っても無意味なのは分かっているのに。
後悔はどんどん湧いてくる。
どうして自分は肝心なところで役に立たないのだろう。
どうしてこんな悲しい事ばかりが続くんだろう。
・・・あいつなんか、助けなければ・・・
ーーポンッーー
「!」
「なんでお前が派手にシケた面してんだよ」
いつの間にか立ち上がった天元が、高い位置から頭に手を置く。
今まで揺れなかった視界が崩れる。
「・・・生まれつきですよ」
零れ落ちそうになった謝罪を飲み込み悪態を返す。
飲み込むしかなかった。
後悔はいつだって、全てが手遅れになった後ばかりで、本当に嫌になる。
「ははっ、そうか・・・ありがとな」
「・・・はい」
偉業を達した、同志の左目と左手を代償として得た勝利。
あとどれくらい続くんだ。
早く犠牲を伴う現状から脱しなければと思いながら、揺れる視界から目を背けるように拳を握った。
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2020.4.12