音柱邸。
日が沈み、辺りは夜の帳に包まれる。

「おーい、善逸。飯だーー」
ーースパーンッ!ーー

片手で善逸の襟首を掴む天元の後頭部に、は容赦なく飯杓子を叩き付けた。
小気味のいい音が響き、ジンジンと痛む後頭部を押さえた天元はしでかした背後を向いた。

「ってーな!」
「なんつー持ち方してんですか!少しは考えてください!」



















































































































ーーぬくもりーー




















































































































遡ること、数時間前。
『用があるから来い』とだけの連絡に、悪い予感しかしなかったが上官命令を無視するわけにもいかずは音柱邸を訪れていた。
が、到着早々、驚愕のあまり固まってしまった。

「・・・え」
「遅ぇぞ、さっさと上がれ」
「いや・・・説明が先ですよ」
「は?説明だ?」

小さな幼子を片手に抱いている上官。
見たところ3,4つ。
そしてその幼子はどう見ても、とある隊士の姿に瓜二つ。
まさか、とはドン引きしながら天元に問うた。

「いつの間に善逸くんとお子さんを作らーー」
ーービシッーー
「った!」

強烈な指打には額を押さえよろめいた。
体格だけじゃなくて弾く力も筋肉オバケってどういうこと?
痛みで僅かに潤んだ目で見上げれば、米神に青筋を浮かべた天元が立てた親指で屋敷の中を指した。

「黙って上がれ」
「・・・はい」

冗談なのに、と思ったが笑顔の圧に仕方なく素直に従うことになった。
屋敷に上がり、事情を聞かされる。
片手で抱えられた幼子は天元と善逸の子供・・・なんてことはなく、単に善逸本人らしい(当然か)。
ぐずり出した善逸をが抱き抱え天元が呼び出しの用件に移った。
色々語られたが、一言でまとめられる。
『ご都合血鬼術』
ということで、しのぶからも数日で元に戻る間は面倒を見ろと押し付けられたが、手に余るからお前も手伝えという事らしい。
相変わらず、横暴だ。

「でも善逸くんだけならそれこそ蝶屋敷で・・・」
「食らったのは仲良し3人組全員だ。
竈門は煉獄んとこ、猪頭は蝶屋敷で面倒見てんだよ」
「・・・さよですか」
「んだよ、善逸の面倒見るのは不満か?」
「別に何も言ってないじゃないですか」
「・・・」

の答えがお気に召さないらしい不満気な天元が不貞腐れ顔を向けてくる。
それを向けられたは外面用の作り笑いを返した。

「小さい子にそんな不健全顔を向けないでください」
「あ"?」
「さて、ひとまずご飯の準備しますかね。
その間は宇髄さん見てて下さいよ」

抱き上げていた善逸を天元に預けたは立ち上がった。
言外に手伝うことを引き受けてくれたことで、目を瞠った天元は一瞬返しが遅れる。

「・・・おう」

ぱたぱたと厨へと向かった後ろ姿を見送る。
絶対二言三言じゃ終わらない文句が来ると思っていたのに肩透かしだ。

(「何か悪いもんでも食ったのか?」)
「うー・・・」
「おいおい、さっきまでおとなしかったクセに地味に泣くんじゃねぇ」
「ふぇ・・・」
「祭りの神が抱いてやってんだろうか、善逸の分際でーー」
「小さい子相手に何を言ってるんですか」

呆れ声でが再び姿を現した。
出て行って間もない登場に、天元は善逸の相手をしつつを見上げた。

「飯の準備しに行ったんじゃねぇのか?」
「絶賛その最中です」

ピシャリと告げたは、手近の卓へ天元の湯呑みを置いた。

「お茶置いときます」
「おー」
「善逸くんのはこっちね」
「あいがと」
「はい、どういたしまして」

ふわりと善逸に向け笑いかけたは、小さな頭を撫でるとまた部屋を出て行った。
あからさまな対応の上、温度差がある。
この野郎、さっきまでギャン泣き一歩手前だったのに。
一言言ってやる間も無く消えたに、天元は善逸にお茶と一緒に運ばれた茶菓子を渡す。

(「この差はなんだ・・・」)
「うじゅいさん、おいひいね」
「おー、そうだな」

湯呑みを傾けながらそう言った天元は、善逸用の湯呑みも渡してやる。
自分のよりもそれは温度が低かった。

(「あいつ・・・」)
「どういたの?」
「・・・いや何でもねぇよ、黙って菓子でも食ってろや」

しばらくして食事の準備を終えたと共に夕食を終えた。
片付けをするからと、は天元と善逸を一緒に風呂へと送り出す。
そして、

「ちょっと善逸くん!体拭いてないのに何処行くんですか!」
「やー!」

天元から風呂上りの善逸を受け取ったが、その当人が逃げ出し追いかけっこが開催されていた。
季節的にすぐ風邪をひくことはないだろうが、風呂上がりに素っ裸でうろつかれてはそのうち本当に風邪をひいてしまう。
そして自分より随分小さいのに、廊下を走る善逸は同年代の子供と比較できないほどかなりすばしっこい。

「呼吸使えないはずなのに早っ、ちょ!危ないから廊下は走らないの!」

手拭を広げながら追いかけていただったが、善逸はちょこまかと逃げるばかりで捕らえられない。
このままでは本当に風邪をひいてしまう。
手加減していたも思わず足に力が入った。

「この・・・捕まえーー!」
ーーズルッーー
ーーゴンッ!ーー

善逸を捕まえた瞬間、廊下に落ちた水で滑ったは見事にすっ転び、後頭部と背中を強打した。
どうにか善逸だけは巻き込まれないように、持ち上げていたが衝撃は相当だ。
何より善逸で両手が塞がれているから、痛む箇所に手を伸ばすこともできない。

「ったぁ・・・」
「何してんだ?」

襖を引いてこちらを見下ろしていたのは、風呂から戻ったらしい屋敷の主だった。
風呂が終わった善逸の体を拭こうとしたけどちょっと目を離した隙に脱走して、このままだと風邪をひいてしまうからと慌てて善逸を追いかけたけど、捕まえる直前でその善逸の体を濡らしていた水滴で滑って盛大に後ろ頭を打つ羽目になった。
なんて・・・説明するのか?
この間、3秒。

「・・・別に」
「廊下ですっ転んで、涙目で別にはねぇだろ」
「・・・・・・」

理由が分かってるなら聞くな。
にやにやと笑う天元に言いたいことがあっただったが、さらにからかわれるだろう事が簡単に予想がつき閉口する。
そして手拭で包んだ善逸を天元に差し出した。

「では、廊下を掃除するんで善逸くんの着替えをお任せします」
「は?何で俺がーー」
「宇髄さんが廊下を掃除してくださると?」
「よーし善逸、この祭りの神が派手に着替えさせてやらぁ。崇め奉れ!」

そそくさと部屋へと引っ込んだ天元と善逸を見送ったは、掃除道具を取ってくるか、と痛む後ろ頭をさすりながら踵を返した。
一方、善逸を受け取った天元はというと・・・

「善逸!逃げんな!」
「やー!」
「やーじゃねぇこら!」

今度は室内での追いかけっこになっていた。
どうにか褌だけは終わらせたが、寝巻きを拒否られちょこまかと逃げられる。
と、

「まだ終わって無いんですか?」

掃除を終えたのか、が戻ってきたその顔には呆れが浮かんでいた。

「お前こそもう終わったのか?」
「祭りの神とやらの手腕より上のようでしたので」
「ふっざけんな。コイツが地味に逃げやがるんだよ」
「・・・柱のくせに」
「お前は俺が育児できるとでも思ってんのか?」
「はいはい期待してません、した私が愚かでした」
「あ"?」

低い返事に構わず、軽く咳払いしたはいつもより声を張った。

「こほん。
あー、ちゃんと着替えできたえらい子には、明日のおやつは美味しいお団子用意しようかなぁ〜」
「!」
「おや、善逸くん。お着替えしますか?」
「しゅる!」
「あら、お利口さんですね〜」
「えへへ〜」
「・・・」

逃げ回っていた善逸はの元へと駆け寄って行った。
チョロ過ぎるほど簡単な口車に乗った善逸に、天元はげんなり顔だ。
ご機嫌なうちにと、は善逸に寝巻きを着せていく。
その様子を布団に横になりながら見ていた天元はその手際に感心した。

「手際いいな」
「そうですか?まぁ、少しお手伝いした経験があるだけですよ」
「経験?蝶屋敷でか?」
「まぁ。それと昔も少しだけ」
「昔?」

聞いた事がない話だ。
自身も同じように身の上話はあまりしない方で、初めて聞く話に天元も興味が湧いた。

「私が預けられた親族の家業が病院だったんです。
小さな子の面倒を見る事もありまして」
「ほー、まぁお前は竈門に似て面倒見良さげだしな」
「その時はいつも泣かれてましたけどね」
「・・・は?」
「よしできました」

腰帯を締め終えたは満足気に言った。
さらに話を掘り下げようとした天元だったが、それより先に当人が善逸と話を続けた。

「苦しくないですか?」
「あい!」
「うん、よいお返事です」

頬を包むに善逸はきゃっきゃと楽しそうにはしゃぐ。
それをはとても柔らかい表情で見つめる。
初めて見た横顔に天元は思わず凝視し、続く言葉は消えた。
と、向けられた視線を拾ったはきょとんとした表情を返した。

「なんですか?」
「あー・・・いや、何でもねぇよ」
「そうですか。では寝かしつけは保護者に任せます」
「は?」
「お願いしますね?」

しのぶさんから任されたなら少しは仕事しろ。
そんな背景を背負ったの笑みに天元は善逸を受け取った。

「・・・おう。任せろ」
「宇髄さんのお言葉をお借りすれば、『派手に』お願いします」
「・・・」

言外にサボるなよ、と釘を刺された。
襖を閉じて出て行ったに、天元は苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。

「あいつ、胡蝶に似てきやがって・・・
いや、胡蝶がに似てやがんのか?」
「うずいしゃん、おねえちゃんこわい?」
「あ?」

見下ろせば大きな瞳がまっすぐ見上げてくる。
無邪気ゆえの裏の無い問い。
こてんと小首を傾げる善逸に、天元は視線を泳がせた。

「あー、いや怖・・・くはねぇよ」
「ほんと?」
「や、たまに怖ぇな」
「でもやさしいね」
「・・・」
「おてて、あったかかったよ」
「・・・そうだな」

断る事もできただろうが、文句を言いながらもなんだかんだで手伝ってくれる。
思えば、今までも無理難題を引き受けてくれていた。
潜入任務、負傷の手当、そして気落ちした時も。
憎まれ口を叩きながらも、手を貸すことに惜しみがない。

「あいつは、あったかいよな」

他人の心はたやすく救っていくくせに自分のことは手を出させない。
酷く弱々しい音をさせて折れそうなのに、表面からはそれを悟らせない。
しまいには巧妙に隠してしまう。
すぐに目が離せなくなった。
今では自分だけに垣間見せる顔に、嫁がせるように口説いてるが今のところ空振り。
だが、今日見た初めての顔、とても柔らかい声。
諦めるという選択肢は、さらに無くなった。

「ったく派手にあったかくて、人様にやる馬鹿だよな」
「うん!」

元気よく返事を返す善逸に天元は頭を撫でてやった。
ほのかに香る防虫菊。
いつの間にか部屋の外に置いていったらしい。
どこまで話を聞かれたのか。
明日からまた口説いてやるか、と天元は口端を上げた。
































































>おまけ
「こんばんは、さん」
「しのぶさん・・・」
「あらあら、どうかしましたか?」
「どうか、とは?」
「お顔が、真っ赤っかですよ?」
「///・・・そうですか」
「ふふ、珍しいものが見れました。では」
「待って下さい、薬持ってきたなら置いてきましょうよ」
「楽しそう・・・いえ、善逸くんはお休みのようなので明日に改めますv」
「・・・」



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2020.9.2