ーー見ない、言わない、聞こえないーー
ぼーっと、縁側から空を見上げる。
春の盛りとなり、山々も柔らかな蕾をほころばせ、ほのかな花香で気分も和らぐ。
初春の穏やかな陽光の下で空を見上げていたは何をするでもなく、ただ時間が過ぎるのに身を任せていた。
「」
ーーポンッーー
「!?」
突然届いた声と肩に置かれた手。
完全に意表を突かれたことに驚き、の肩は面白いほど跳ねた。
そして勢いよく振り返ったそこには怪訝顔の、この屋敷の主でもある岩柱・悲鳴嶼行冥が立っていた。
「どうした?先ほどから何度も呼んでいたのだが」
「すみません、ちょっと考え事をしてまして・・・」
「そうか、もう冷えてきた。部屋に入りなさい」
取り繕うような自分の様子に相手からの追求はない。
それに安心したはホッとしたように縁側から腰を上げた。
「はい、そうしまーー」
ーーゴンッ!ーー
が、そんな自分の状況を悪化させる豪快な音が上がり、顔面に衝撃が走った。
縁柱に寄りかかっていたのをすっかり忘れていた。
生理的な涙で目の前が歪む。
何より、完全に油断していたところにこれだ。
寝起きから叩き起こされたようで何も考えられないくらい痛い。
「ったぁ・・・」
「・・・」
額を押さえうずくまる。
が、今の状況を思い出しすぐさま我に返った。
行冥からのなんとも言えない視線から逃れるようにすぐさま立ち上がる。
「あはは、すみません。ちょっと寝ぼけてたんですかね、まさか柱にぶつかるとは」
「・・・怪我はないか?」
「はい。もうすぐ夕餉ですよね、お手つだーー」
ーードゴッ!ーー
どんだけツイてないの?
今度はよりによって小指とかさ。
そして開きかけた部屋の襖に肩ごとぶつかるとか、声を上げられないくらい本気で痛い。
「い"〜〜〜〜〜っ!」
「・・・」
「だ、だいじょーー」
うずくまったまま取り繕うとしたが、それより先に大きな手が額に当てられた。
先ほどぶつけたこともあって、まだ鈍く痛んでいたがそれでは言い訳できない温度だろうことを分かっていたは逃げるように身を離したが時すでに遅し。
「少し熱があるようだが、原因はそれでは無いな。
胡蝶の診察は受けたのか?」
「ですから怪我なんてーー」
「・・・」
「怪我、なんて・・・」
「・・・・・・」
無言の圧力で注視され、言葉尻はすぼんでいく。
時間を要さず、たやすく折れてしまったは小さため息をついた。
「・・・まぁ、してなくもないですけど。しのぶさんのお手を煩わせる程ではありません」
「歩くこともままならぬのにか?」
「う"・・・」
正論の指摘すぎて何も言い返せない。
どう転んでも誤魔化すことは無理な状況に、は白状することにした。
「・・・鼓膜が破れていて、少し平衡感覚が無いだけです。
薬で治るものでもありませんので、安静にするしか対処法はありません」
「先の任務か?」
「はい、不甲斐ないのは自覚しています」
「確か負傷者が多かった任務だったな」
「・・・」
なんで知ってるの?
「はぁ・・・柱の方は基本的にお忙しい方ばかりと思ったのですが、私の勘違いだったでしょうか?」
「救援に入った不死川から聞いた」
「たとえそうでも末端の隊士如きの仔細をご存知なのが甚だ疑問なのですが・・・」
「お前が庇った隊士が不死川に言っていたそうだからな」
「・・・そうですか」
(「余計な事を・・・」)
わざわざ広めることでもないだろうに。
ったく、どんな相手だったかはもう覚えてないが、いい迷惑だ。
「お前のことだ、蝶屋敷で手当も受けていないだろう。
他の隠している負傷もあるならしばらくこの屋敷で養生するといい」
「・・・お世話になります」
いや、だからなんで知ってるの?
確かに肋も折れているけど。
筋も何箇所か痛めてるけど。
もはや千里眼なこの人の前では隠し事は無理か、とは行冥の腕を支えにさせてもらい食事が用意された部屋へと連行された。
(「なんだか、慣れない・・・」)
普段は負傷者への食事の介助は数え切れないほどやってきた。
が、その反対はほとんどない。
骨折も数え切れないほどやってきたから、食事くらいなら左右どちらでも可能。
それに、今の自分に介助は必要無い。
・・・無いのだが、膳を並べたり厨から器を持ってきたりを全てこの屋敷の主に任せてしまっている。
上官だし、鬼殺隊では先輩だしで自分がやると言ったが、先程の二の舞の保証がないから座っていろと言われてしまっては何も言えなかった。
「」
「はい、何でしょう
「どちらの鼓膜が破れたのだ?」
「左ですが・・・」
「そうか、早く治ると良いな」
「ありがとうございます」
相変わらず優しい人だ。
今回の負傷だって、自分の至らなさによる自業自得だというのに。
と、湯呑を膳に置いたの視界に大きな手が現れる。
何事かと顔を上げれば、その無骨な手は右頬に添えられた。
片手だけで顔を覆えてしまう程、頼もしく温かい手。
何度この手に救ってもらったか。
こちらに落とされる自分を映さないその瞳から向けられる、慈しみの視線に自然とそちらも表情が緩む。
(「・・・まるで」)
「まるで夫婦のようだな」
その時。
負傷してない耳を塞がれたまま行冥の口元が動いた。
当然ながら、何と言われか聞き取れずは右頬の手を外すように手を掛けた。
「・・・あの、悲鳴嶼さん、今何と?」
「いや。茶を淹れてこよう、食事を続けていなさい」
それだけ言うと行冥は席を立った。
「分かりました、ありがとうございます」
特に追及する事なく、ふわりと笑ったの頭を撫でた行冥は部屋を出て行った。
誰もいなくなった部屋に、笑顔を取り繕っていたは詰めていた息を吐き出した。
「はあぁ・・・」
だが、上がるばかりの熱にどうすることもできず、呼吸でなんとか収めようと集中する。
『まるでーー』
厨から戻るなら時間は限られる。
早く平常心とみえるように、せめて鼓動だけでもいつものように戻さなければ。
それなのに思い出されるのは、先程の大きな手の平、柔らかい声。
『まるで夫婦のようだな』
(「・・・反則だってば///」)
しかし、想いとは裏腹な鼓動は相反した激しさを残していた。
その『フリ』はいつまで続くのか
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2021.4.29