闇だ。
辺りを見回しても何も見えない。
耳が痛いほどの静寂。
薄らと見えてきたのは・・・
『兄ちゃん・・・』
遠ざけてきたはずの存在が悲しげにこっちを見ていた。
「玄弥、お前なんで・・・」
ここに居るんだ?
そう聞きたくても、そいつの顔があまりにも悲しげにこちらを見るのでその先が続かない。
『ごめんね、兄ちゃん・・・』
いつのまにか成長したそいつは、周りよりももっと暗い闇に向かって離れて行く。
「待て、何処へ行きやがる?」
追いかけたくても足が動かない。
・・・行くな。
悪態を吐きながら、どうにか捕まえようとするがそれより早くあいつが遠くへと行ってしまう。
待て、行くな!行くんじゃねェ!
『・・・さようなら』
ーー伸ばした手ーー
「げんーー」
ーーゴヅッ!!!ーー
突然の衝撃と激痛に意識が一気に覚醒した。
同時に任務後だった自身の状況を思い出した。
手負いの身には酷な痛みに、実弥は何が起きたのかと揺れる視界をこじ開けた。
「な、何だァ・・・」
「っ〜〜〜、こっちの台詞なんですが・・・」
届いた声にやっと焦点が結んだ。
そこには同じ鬼殺隊士の姿。
ただ額を押さえ涙目になっているところを見ると、どうやら寝起きのキツい衝撃の原因はそれらしい。
「・・・、なんでてめェがここに居やがる」
「近くの藤の家に重傷者が居ると連絡あったので寄ったんです。
酷くうなされていたようなので、起こそうとした間際に頭突きされるとは思いませんでしたよ」
額から手を離したはジト目で実弥を見下ろす。
額が未だに赤く痛々しい。
ハタから見れば笑えるが、自分も同じようになっているだろう。
宇髄がこの場にいれば、やかましくからかっていただろうが。
ふと自身の腕に視線を落とせば既に手当ては終わっているようだった。
外は日が昇ってそこまで時間が過ぎた様子はない。
夜明け近くに転がり込んだはずだが、いつの間に治療が終わったんだ?
そんな心情を察したのか、は口を開いた。
「・・・」
「一応、深手は縫いましたけど勝手に抜糸しないように。
最低3日は安静にしていただきますよ」
「は、ンな傷なんざ・・・?」
と、起き上がろうとしたが身体に力が入らず実弥の顔に疑問符が浮かぶ。
その姿にそれ見たことか、と冷ややかに見下ろされる。
「相変わらず人の言葉を聞きませんね」
「何しやがったァ・・・」
「どうして私の所為前提ですか」
「お前ェ以外がこんな事しねぇだろうがァ」
「はぁ・・・」
青筋を立てる実弥に、心底バカにしきった表情を向けたはため息一つを零して話し始めた。
「不死川さんが戦った場所は、この辺りでは毒草の群生地で地元民も立ち入らない場所だそうです。
鬼には効かないのは当然ですが、人間なら話は別です」
「・・・」
「それに不死川さんの戦い方では毒に対する耐性も低い状況でしたでしょうから動けなくなるのも当然です」
「・・・」
「という訳で、解毒薬の材料は今手配してもらってますから、褥と仲良くなりたくなかったら大人しく言いつけを守ってくださいね?」
「・・・ちっ」
完全に勘違いだったことで、実弥は舌打ち一つでそっぽを向いた。
それを見たは圧を消すと、絞り直した手拭を実弥の額に乗せた。
「出血量も相当でしたから、食事ができるならお持ちしますけど?」
「・・・要らねェ」
「ならもう一度眠ってください」
「・・・」
「大丈夫です、今度は夢見が悪くなったりしませんよ」
「!」
の言葉に実弥の視線が怒りに染まって返される。
「・・・何の話だァ?」
「別に?」
「あ"?」
「隈が酷いのでそう言ってみただけですよ」
「・・・」
『失礼致します』
剣呑な空気(一方のみ)になる中、襖が開けられる。
実弥からは姿が見えなかったが、どうやら藤の家の者らしい。
「剣士様、仰られていた薬が届きました」
「それは助かります。では調合はこちらでやりますから」
「承知致しました」
どうやら先ほど話していた解毒薬の件らしい。
薬ができれば藤の家に用はないし、こいつの世話になる事もない。
そんな分かりやすい空気になっている実弥には先ほどと変わらない笑みを浮かべながら腰を上げた。
「では薬を調合してくるので、不死川さんは休んでてください」
「・・・あァ」
深く追及してこなかったに素直に返事を返した実弥は小さく息を吐いた。
静かになる一室は、まるで先ほどの悪夢に通じるものがあって目を閉じるのが拒まれた。
(「あいつ、何か聞きやがったのかァ・・・」)
問えば自分がそう言ったことを認めるようで言えなかった。
まるであの悪夢が・・・
そこまで思った実弥は振り払うように拳を固く握り、長く息を吐いた。
休むしかないか。
先の戦いで血を流し過ぎたのは事実だ。
相変わらず憎らしいほどの観察眼だが、本当に酷い時は手段を問わず蝶屋敷へ強制収容することも厭わない相手だ。
蝶屋敷へ運ばれれば、それこそ家長の長い小言が待ち受けている。
ここは素直に指示に従うが吉だ。
嗅いだことのない仄かな甘い匂いに、普段の眉間のシワは僅かに薄まった実弥は再び目蓋を閉じた。
(「余計な事、言っちゃったかな・・・」)
部屋を出たは小さくため息をついた。
負傷の傷は深いもので、手当てが遅ければ命を落としかねない危うさだった。
自分が間に合ったのは幸運の一言に尽きる。
毒草の影響で身体が動かなくなったのはある意味で良かったろう。
本人は不本意だろうが。
(「そんなに心配なら会いに行けばいいのに」)
実弥がうなされた言葉を全てでないが聞いていたし、意味するところも知っていた。
血の繋がりがあるからか、兄弟故のしがらみか。
自分には理解が及ばないところだ。
しかし、明日を知れぬ身の上の鬼殺隊にいるなら、さっさと言ってしまえとも思ってしまう。
(「ま、さっきよりは気が鎮まって少しは寝れるかな」)
懐にしまった香油の効果に期待するようにそっと胸元に手を当てる。
最近手に入れた神経を鎮める効能があるという香油。
西洋でも効果はあるとの話で、馴染みの医者の話を聞き文献も読み漁り自分でも試してみた。
ま、効果があれば僥倖程度に思っておくか。
可能ならしばらく安静にして欲しいのが本音だが、解毒薬を渡すかどうかは香油の効果を見てからだな。
あまりにわがままが過ぎるようなら一服盛るか、と剣呑な思考を巡らせながらは目的の部屋へと足を早めた。
Back
2020.8.7