「お疲れ様でした、輝利哉様、かなーー」

片膝を付き下げていた顔を上げれば、飛び込んできた光景に仰天した。
色白の顔に、どう見ても殴られたような頬の腫れと唇から流れる血。
礼節など吹っ飛び、はすぐさま駆け寄った。

「か、かなた様!どうなさったのですか!?」
「・・・」
「まさか輝利哉様も?お怪我は?」
「・・・」

無言を通す二人に、普段の冷静さが欠けたはおろおろとするばかり。

「お願いですから、他にも怪我されてるのなら仰ってください。
告げ口するような事は致しませんので」
「「・・・」」
(「ま、参ったな・・・」)
『合格者ニ殴ラレタ!』
「んなっ!?」

天からの助け、とは思ったが同行させた鎹鴉からの報告に言葉を失う。
わなわなと言いたい事は山の様にあったが、ひとまず全てを横に置く。
深く息を吐くと、普段の冷静さを取り戻したはふわりと二人に微笑んだ。

「・・・兎も角、まずは冷やしましょう。
手当ては藤の家に着いてから行いますので」

自身の手巾に薬筒の薬を染み込ませたは少女の頬に当てる。
同行したい所だが、自分には試験の事後処理が残っているから無理だ。
心配気にかなたの隣に立つ輝利哉に、は二人を優しく抱きしめその頭を撫でる。

「お務め、本当にお疲れ様でした。藤の家ではゆっくりお休みくださいませ」
ーーコクンーー

頷きだけ返されたは再びふわりと笑みを向ける。
そして二人に同行する隠に手当ての準備の指示を終えると、は藤襲山を駆ける。
鬼の残数確認と、試験を突破できなかった不合格者の回収。
毎年、不合格者の数が増している現状は既に報告している。
今年は少ないのは幸いだ。

「それで縹、殴ったってどんな相手だったの?」
「不死川玄弥!角刈リデ長イ髷ノ小僧ダ!」
「不死川?それって・・・」

聞き覚えのある名字だ。
まさか親類だろうか?
それにその特徴、もしかして何度か見かけてるかもしれない。

「・・・いや、後にしましょう。早く終わらせて藤の家へ」

考え込もうとしたが、視界の先に遺体を見つけたことで目の前に集中した。
既に日は昇っているとはいえ、鬱蒼としたこの山は日陰ばかりだ。
どこからでも鬼の攻撃があってもおかしくない。

(「まさかとは思うけど・・・」)

そうは思いながら、やはりは思案を巡らせる事を止められなかった。




















































































































ーーね?ーー





















































































































最終選別試験後、立て続けの任務を終えたは所用で岩柱邸を訪れていた。
屋敷には居ないようだったので裏山へと足を向ける。

(「悲鳴嶼さん、鍛錬かな?
なんかいつも岩を押してるとは違う騒々しい音ーー」)
ーードゴォーーーンッ!!!ーー

考え事さえ吹き飛ぶような轟音。
何事だ、と音の方を向けば迫り来る太い幹。

(「・・・なんで?」)

と、呑気に思ったが身体はその反対に抜刀し眼前の障害物を両断する。

「・・・」

ずーん、という重い音で自分の両隣に転がる木の幹。
後で薪用に屋敷に運んでおこうか、などと思いながら刀を収めたは飛んできた方向へと再び歩き出した。

「悲鳴嶼さん」

探し人の後ろ背に声を掛ける。
すると、いつものいかめしい顔つきが僅かに解れ、巌の声が返された。

「久しいな」
「はい、ご無沙汰しておりました。
ところで・・・」

辺りは行冥が立っている周囲6間 (約10M)は太い樹ばかりが手当たり次第という形で折られていた。
目の前の人物はそのような事をやるとは思えない。
まるで癇癪を起こした怪力の子供でも暴れたようだ。

「こちらに向かう折にも吹っ飛んできましたが、この惨状は新しい鍛錬の一つでしょうか?」
「いや・・・弟子が少し暴れてな」
「・・・継子を取られたんですか」

初耳だ。
最近、本部へ寄らず飛び回っていたがまさかそんな事になっていたとは。

「いや、継子ではない。少々事情があってな・・・」
「・・・そうですか」

数珠の音を立て手を合わせる行冥に、事情を察したはそれ以上の追及を止める。

「して、私に用向きか?」
「いえ。しのぶさんの代理でこちらにいらっしゃる怪我人を診て欲しいと連絡を貰いまして」
「そうだったか・・・」
「宜しければ、お屋敷にお邪魔してもよろしいですか?」

鍛錬中ならあまり話し込んで時間を取らせるのも気が引ける。
早めに用事を済ませたい。
そう思って尋ねるが、行冥は首を横に振った。

「・・・いや、今は屋敷には居ない」
「居ないって・・・まさか怪我をしてるのに鍛錬でもしてるんですか?」
「いや、そうでは無くてな・・・」
「?」
「うむ、その者について話しておこう」

二人は場所を裏山から屋敷に移した。

「恐らく、しのぶからの連絡の意図はお前にもその者を直に診て欲しかったのだろう」

そう切り出した行冥は話始めた。
その子は呼吸を会得出来なかったこと。
最終選別試験は突破したが、日輪刀の色が変わらなかったこと。
そして、

「鬼喰い、ですか・・・」
「うむ」

そして、その子は鬼を喰い鬼の能力を使って鬼を倒していたこと。
最後の台詞にやっと行冥の言葉、しのぶの連絡の意味を理解した。
確かに過去、鬼殺隊で鬼喰いの能力を持った剣士が居たという記録がある。
そしてその剣士の診療録もは生家で見たことがあった。
後でしのぶにその事も含め、薬の調合も一般隊士と分けなければならないことを伝えなければならない。
しばらくして、裏山で暴れ回っていた弟子が現れた。
身の丈6尺弱、年の頃は10代半ば。
年齢の割に体格に恵まれた少年だ。
そして何より、目元が同僚の彼の人にそっくりだった。

「はじめまして。
私はと申します。岩柱の悲鳴嶼さんとは懇意にさせて貰ってます」
「・・・」
「さて、私は蟲柱からあなたの怪我の具合を代わりに診てくるように言われてます。
早速ですが、傷の具合を診ますから服を脱いでいただけますか?」
「・・・・・・」
「・・・一応、腕前は蟲柱と同等と思って下さって構いません。
不安なのは分かりますが、せめて名前くらい教えて貰えませんか?」
「・・・・・・・・・」
「・・・えーと」

かれこれ30分。
喋っているは私だけなんだが?
しかも視線も合わせてくれない。
極め付けは窓辺に居る自分と壁際に座る少年。
あからさまに距離が遠い。
これでも人当たりは良い方のはずなんだが・・・
これで相手が柱なら力尽くで口を割らせている(代表格:水柱)
しかし相手は新人。
その上、悲鳴嶼さんの弟子。
あまり無理強いはしたくないのだが・・・

「うーん・・・喋りたくないならせめて首を振るとかしーー」
ーートンッーー
「玄弥」
ーービクッ!ーー

襖を開けて現れたのは、この屋敷の主。
座っている状態から見れば、まさしく巨大な山を見上げるようだ。
長い付き合いのでも分かり易いほど怒りを見せた行冥はだんまりを続けていた玄弥に鋭く言い放った。

「隊士であるがわざわざ時間を割いている。
剣士としても後衛としても彼女は優秀だ。
その上、年長者に対してお前の態度はなっていない。
少しは礼儀を弁えなさい」
「す、すみません・・・」

初めて聞いた声は今にも消え入りそうな声だった。
仲裁したいところだが、行冥の顔を潰すのはまずいのでグッと堪える。
だが空気が悪くなるのを察し、は切り替えるように明るい声を上げる。

「よし、ではお名前を聞かせてください」
「・・・し、不死川、玄弥・・・です」
「はい、玄弥くんですね。
続いて先日負傷したという背中と脇腹の傷を診せてください」

行冥の登場のお陰で診察は恙無く終わった。
しのぶへの報告は後でまとめようと、服を整えている玄弥にはどうしても確認しておきたいことを口に乗せた。

「玄弥くん」
「・・・は、はい」
「最終選別試験後、女の子を殴ったのは君ですよね?」
「・・・・・・」

の冷たい声に、玄弥の身動きが止まった。
雄弁な答えには続ける。

「悲鳴嶼さんのお言葉を借りれば、礼儀を弁えた行動ではありません。
試験後で気が立っていたとはいえ、です。
分かりますか?」
「・・・は、はい」
「では、折を見てその子には会った時には必ず謝罪しましょう」
「・・・」
「ね?」

行冥と似た、言外の圧にひゅっと息を呑んだ玄弥は素直に即答した。

「はい」

































































>おまけ
「なんと・・・まさか姫君にそのような暴挙を仕出かしていたとは」
「やっぱり兄弟なんですね・・・」
「あやつが柱合会議に初めて参加した時のことが思い出される・・・」
「そういえば・・・悲鳴嶼さんをはじめ、柱の方々が苦言をこぼしてましたね」
「うむ、困ったものだ」
「困ったものですね」

もはや夫婦の会話




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2020.8.7