(「お、が居やがる」)
善逸の見舞い帰り、天元は縁側に見知った姿を見つけた。
いつもの隊服でない所を見ると、どうやら療養中らしい。
からかってやるかと、気配を殺して背後を取った。
「よー、久しぶりだな」
「・・・」
「なんだ?無視かよ。良い度胸してるじゃねぇか、襲ってやるぞコラ」
「・・・」
「ん?おい、聞いてんのか?」
ーーポンーー
「っ!?きゃぁぁぁっ!」
蝶屋敷に高い悲鳴が響き渡った。
ーー無音の声ーー
蝶屋敷の縁側で、患者着に身を包んだまま一人の隊士が縁側で縁柱に体を預けていた。
(「やー、今回はこっぴどく怒られたな・・・」)
そう思いながら、は深々とため息をついた。
任務が終わり、鬼の討伐はできたものの今回は深手を負ってしまった。
人質になった村人の数が多く、相手は異能の鬼複数。守りながらの戦いで苦戦を強いられた。
その上、増援のはずの隊員の手際が悪く、放たれた血鬼術を人質を庇った自分が食らうという失態。
どうにか退けたものの、隠の部隊が到着した時には満身創痍で意識を飛ばしてしまったのだ。
(「それにしても、今回のしのぶさん怖かったな。
圧がいつもの比じゃなかったや・・・
任務復帰できたら、今話題の甘味でも買ってご機嫌取りをーー」)
ーーポンーー
「っ!?きゃぁぁぁっ!」
突然肩に置かれた手に悲鳴を上げてしまった。
心臓がバクバクと打つ。
誰だこの野郎、と鋭い視線で振り返ればそこに居たのは、音柱・宇髄天元だった。
さすがは元忍。
とはいえ、毎度毎度気配を殺して人の後ろに立つなと言っているのに学習能力というものがないのか?
というか、今回は余計に心臓に悪過ぎる。
「おいおい、随分と女らしい悲鳴だな。
どうした?なんか悪いもんでも食ったか?」
「何度も何度も何度もバカの一つ覚えを言わせないでくださいよ。気配殺して後ろ立たないでって言ってるじゃないですか。
わざわざ心臓に悪いことしてどんな嫌がらせですか、というかバカですか?バカなんですねこの派手バカ柱」
「あ"?」
「はぁ・・・というか、どうしてどうしてこの折であなたなんかに会わないといけないんでしょうかね。
不運の詰め合わせ贈られた気分です、最悪だ」
「お前、普通に失礼だぞ」
ため息をついて見せれば、上官殿はそのイケメン面に不穏の影を見せる。
そして、体格に似た大きな手がの頭を掴んだ。
「善逸が負傷した見舞いついでに来てやったってのになんだその態度は?揉み倒すぞコラ」
「あのですね、一応お伝えしますが、私怪我人なんですよね。
ってか柱なんですから早く任務に行ってください、音柱様」
普段なら天元の失言に必ず、笑顔を凶器に突っかかってくるのにそれがない。
かみ合わない会話にさすがの天元も首を捻る。
「お前、大丈夫か?」
「変な顔ですね。やっぱり不自然なく話すのはやっぱり今は無理ですね」
「おい?」
「あらあら、セクハラ発言は見過ごせませんよ?」
「う”!?」
縁側からこちらに歩いてきたのは、笑顔ながらも黒いオーラをまとったこの屋敷の主だった。
すぐに天元の手から解放されただが、しのぶに見つかってしまったこともあってか気まずい。
「宇髄さん、さんは怪我人ですので遠慮なさってください」
「俺はただ見舞いに来てやっただけだぜ」
「いかがわしい発言は見舞いには不要です」
「別に減るもんじゃーー」
「宇髄さん?」
「スンマセン」
しゅんとなった宇髄に満足したのか、しのぶの視線はへと移った。
瞬間、はびくりと跳ねる。
そしてしのぶはキレイな笑顔を向けたまま、綺麗な字で書かれた紙面をこちらに向けに語る。
「『安静にしているようにと言いましたよね?』」
「すみません、風に当たりたかったんですぐに戻ります」
「おいおい、なんだよそれ」
宇髄がしのぶが手にした紙面を指さす。
その様子にこれから話される内容に察しがついたはバツが悪い顔で、二人から視線を逸らした。
「さんは先の任務で血鬼術を受けられ、聴覚が絶たれ今は何も聞こえない状態です」
「は?」
「ですから、私達がこうして話してる声は聞こえません」
「・・・」
「お薬は飲まれたので、じきに治るでしょうがそれ以外の負傷もあるのでしばらく安静と言ったのですが・・・」
「やー、本日も胡蝶殿はお美しいですね」
「ベッドがもぬけの殻だったので探しに来たんです」
こちらをのぞき込むしのぶの笑顔が怖い。
ご機嫌取りなフレーズを口にするが、全然変わらない。
無駄骨なことが分かって、は必死に視線を逸らすが圧は変わらず増している。
「じゃぁ、こいつベッドに届けてやるよ。お前仕事残ってるだろ」
「あら、それはありがたい申し出です」
「おう、派手に任せーー」
「セクハラは禁止ですからね」
「・・・はい」
しのぶはその場を離れた。
その後、宇髄がこちらをバカにし切った顔でニヤニヤと見下ろした。
「お前、相変わらず派手に抜けてやがるな。だから出世できねぇんだよ」
「聞こえませんけどなんとなく馬鹿にされているの分かるのでムカつくんですけど」
表情が物語っている。
言い返したいが、何を言われているかが分からない。
こちとら忍とは違うので、唇の動きで相手が言っていることを理解できるなどという芸当はできない。
ーーグイッーー
「!」
突然、天元はの顎に指をかけると指の腹での唇へと触れた。
何がしたいんだ、とばかりに怪訝な顔をしてみれば企み顔が視界を埋める。
「相変わらずムカつくくらいのイケ面ですね」
「当然だろ、何しろ祭りの神だからな」
「善逸くんが騒ぐのも納得です。顔面爆ぜろ」
「良い度胸だなごら"!」
「痛い痛い!こっちは怪我人だっつーの!」
顎を掴む手をは叩き跳ねる。
指型でもついてそうなそこをさすれば、こちらをからかうのに飽きたのか天元はにやりと笑った。
ーーグッーー
「わっ!」
『 』
「ちょ!耳元で喋らないで!聞こえないって言ってるじゃないですか!」
突如頭を抱き寄せられ、耳元に振動が走った。
抵抗するようにその頑丈な体を押し返せば、自信満々な面が目の前に立つ。
「 」
「あのですね、私は宇髄さんと違って読唇なんてできないんですよ」
「 」
「気色悪いですね、言いたいことあるなら紙に書いてください」
同じことをされないように両耳を押さえたまま言い返せば、返されたのは呆れ顔。
あ、今バカにしてる。
「さて、ベッドまで運んでやるか。
反応がないお前構っても面白さ半減だからな」
「わっ!だから事前動作なく動くの止めてくださいってば!」
突然、抱き抱えられは慌てて天元に捕まる。
いつもなら話の流れで次の行動がある程度予測はできてたというのに。
聞こえている当たり前が当たり前でない事が不便なことを痛感する。
「あー、もう面倒ですね。
この程度の怪我で宇髄さんに運ばれて、これ見よがしに私のことからかって・・・自分の不甲斐なさに激しく凹みます」
ーーポンッーー
「?」
ベッドに下ろされたの頭に天元は手を置いた。
そして、
「あんま無理すんじゃねぇよ」
何かを語って、こちらに背を向けて部屋を出て行った。
残ったは深々とため息をついた。
「だーかーら、聞こえないって言ってるのに・・・」
ま、恐らく慰めてくれたんだろう。
時折見る優し気な目元は、自分が落ち込んだ時に向けてくれたものだったから。
「でも何て言ってくれたんだかなぁ・・・
聞いたところで素直に教えてくれるとも思えないのが難儀だけど・・・」
頬を掻いたは小さく嘆息した。
(「でも、ま。帰ってきたらお礼言っとくか」)
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2020.4.12