縁側で陽に当たっていれば元気の良い声が響いた。
「さん!」
その声に視線を移せば、外廊をこちらに歩いてくる二組。
遠目でも分かる程、炎のような頭髪は懐かしい面差しを思い出させる。
小さな胸の痛みを感じながら、はふわりと笑い返した。
「千寿郎くん、久しぶりですね」
「はい、さんもお元気そうで」
「ふふ。わざわざお見舞いありがとう。
もう炭治郎くん達も意識戻ったから顔を見せてあげてください。
きっと喜びますから」
「はい!」
嬉しそうに歩き去っていく後ろ姿を見送ると、はもう一人、厳めしい表情のままのその人へと笑いかけた。
「ご無沙汰しております、槇寿郎様」
「・・・」
ーー未練断ちーー
「先の戦いでは元音柱様と共にお館様を守ってくださりありがとうございました」
は縁側に腰を下ろしたまま深々と頭を下げた。
あの激戦からひと月。
まだ昏睡者が多い中、一足早く目覚めたは療養のため最近の日課は日向ぼっこが常になっていた。
「既にお聞き及びかと思いますが、煉獄さんの仇は水柱様と炭治郎くんが討って下さいました」
二人のあの戦いで、結局自分が辿り着いたのは戦いの後だった。
着いてみれば二人は満身創痍で昏倒していて、自分がしたのは二人の応急手当てくらい。
激戦だった事は傷の程度から容易に想像が付いた。
そして、そんな負傷をした二人を見て思い出されたのはやはり、手遅れの現場を目の当たりにしたあの時のこと。
「二人掛かりで倒せることができた鬼を煉獄さんはたった一人で乗客200人を守りながら戦い抜いた・・・
本当に煉獄さんは凄くて、あの人に敵う人はおりません」
後悔に潰されるほどの喪失感。
そんな折れそうになった自分を引き戻してくれたのは、鬼殺隊の仲間であり、亡くなったその人の言葉と願い。
「槇寿郎様」
顔を上げたは、先ほどから一言も発しない男へ向け柔らかく笑い返した。
「どうか、煉獄さんの願いの通りお身体ご自愛くださいませ。
千寿郎くんもあなたが居なければーー」
「お前は!」
それまで黙っていた槇寿郎がようやく声を上げ遮った。
不思議そうな表情を浮かべるに、重々しいため息が響いた。
「はあぁ・・・どうしてお前は昔から他人ばかりに気を遣う・・・」
「そう、ですかね・・・」
「そうだろうが」
間髪入れず反論した槇寿郎にそうですね、と呟いたは記憶を手繰る。
初めて会った、いや救ってくれた時。
その後の再会。
顔を突き合わせるたびに浴びせられる罵詈雑言。
そして・・・
「槇寿郎様が仰られた通り、発端の責任を負うべき者だからですよ」
淡い笑みの中にある、達観。
いや諦めかもしれない影を見た槇寿郎は表情を歪めた。
そして、見下ろしていると視線を合わせるよう膝を折ったかと思えばさらに頭を下げた。
「殿」
初めて呼んだ名前に驚く気配を感じながらも槇寿郎は続けた。
「此度の貴殿の戦い、心より敬服致す。
そしてこれまでの数々の無礼な振る舞い、己の狭量な器。
自分より一回りも下の者に、年長者が取るべき態度ではなかった。
この場で深く詫びさせてくれ」
流れるように語られた言葉に沈黙が返された。
しかしそんなに間を置かず、影の無いの声が響いた。
「槇寿郎様、どうかお顔をお上げください」
煉獄家でも何度も聞いた柔らかい声に槇寿郎が顔を上げれば、声と同じく柔らかく微笑を浮かべるがいた。
「あなたは私を救って下さった。
そして、あなたが許さなかったから私はここまで戦い抜くことができたんです」
ゆっくりとそう言ったは、返礼でもするように頭を下げた。
「礼も詫びも私の方こそ申し上げる事です」
「・・・お前はそうやって私に何もさせないつもりか」
「あれ、そういうつもりはないのですが・・・」
槇寿郎の苦々しい言葉に、顔を上げたも苦笑を返す。
不満気な相手にはしばらく考え込むと、良い案が浮かんだとばかりにぴんと人差し指を立てた。
「分かりました。
なら礼と詫びの印に一つお願いを聞いてください」
「何だ?」
「毎日、少しずつで構いません。
千寿郎くんとの時間を持ってあげて下さい」
「・・・何だと?」
礼にも詫びにもならない申し出に槇寿郎の怪訝顔が深まった。
しかし、反論が始まる前にの口が開いた。
「一度だけ、炎柱が零されたことがあります。
あの時、認めて欲しかったその方に認められず落胆したあの人の話を、私はただ聞いてあげるしかできませんでした」
庭を見ながら語るの言葉に槇寿郎は思い当たることがあった。
一度だけ、目の前の女がはっきりとした敵意というか喧嘩を売ってきた事があって盛大にやり合った。
結果、一本取られた。
・・・ま、卑怯な手を使われたが。
その時を思い出してか、槇寿郎は僅かに顔をしかめた。
確かにあの時の自分は反論の余地がないほど不甲斐なく、情け無いと言えた姿だ。
しかし過去の失態を糾弾するでもなく、視線を槇寿郎に戻したはふわりと笑った。
「千寿郎くんにはもう寂しい想いをさせないでください。
これが私の最期の願いです」
聞き捨てならないフレーズに、槇寿郎は目を見開いた。
その様子に、はまるで悪戯を隠すような気軽な調子で唇の前に指を立てた。
「どうぞ他の方にはまだご内密に。
恐らく、私が一番先に命尽きるでしょう。
あなたに救われた時には既に痣者となっていた身の上ですので」
「!」
「だから、どうか壮健に幸せに暮らして下さい」
それは最愛の伴侶も浮かべていた笑み。
見覚えのある嫌な笑顔だった。
苦々しく表情を歪める槇寿郎に、はダメ押しの一言を添えた。
「約束して下さいますよね?」
「つくづく・・・卑怯者だな、貴様は」
「ふふ、ごめんなさい」
その場を槇寿郎は辞した。
返答代わりのため息の了承を得られただけで十分だった。
その時、
「」
「!悲鳴嶼さん、いらしてたんですか」
「・・・」
「あー・・・もしかして聞かれてましたか?」
いつもより暗い表情の行冥に、は困ったように笑えば、嘘がつけないその人は隣に腰を下ろしゆっくりと口を開いた。
「聞くつもりはなかったがな」
「いえ、私も周囲の気配を読むのがかなり鈍ってまして、すみません」
「お前が謝ることでもあるまい」
「悲鳴嶼さんにそんな顔をさせるのは本意じゃありませんから」
詫びるようにが言えば、行冥は言葉を探すが何も見つからなかった。
沈黙が二人を包む。
しばらくしては呟いた。
「後悔はないですよ」
はっきりと。
小気味いいほど、想いの丈を言葉にしたは隣を見上げた。
「悲鳴嶼さんが居ないのに、長く生きたくもないので」
「・・・冗談でもそんな事を言うのは感心せんな」
「冗談のつもり、無いですから」
尚も戸惑う行冥に、は大きな手に自身の手を重ねた。
「あなたを心からお慕い申し上げております、行冥さん」
一息で告げられた想いに、今までで一番の驚きを見せる行冥。
当然だ。
今まで想いを言葉にしてこなかったのだから。
でも、もう残された時間が限られている。
この自分勝手な告白の答えを求めるくらい、許して欲しい。
速くなる鼓動と共に唇も震えてくる。
人生で最大の緊張と共に、は必ず答えを求められる一言を伝えた。
「私の最期のワガママです、あなたの口から答えを聞かせてください」
>おまけ
「・・・答えが欲しいのか?」
「ええ、是非とも」
「私が名を呼ぶのはお前だけだが・・・」
「玄弥くんも呼んでましたよね?」
「・・・こうして触れるのもお前だけだが」
「そうですね、お言葉ではくださらないのですか?」
「・・・」
「そうですか、私は残念ながら未練を残しーー」
「来世でもそばに居てくれるか?」
「・・・勿論です」
力尽きた...
Back
2021.06.13