買い出しからの帰り、山積みとなった荷物を抱えていた時、声がかかった。
「さん、ちょうど良いところに」
振り返れば、蝶屋敷の主である蟲柱・胡蝶しのぶがふわりと微笑んでいた。
「戻られて早々悪いんですが、少し頼まれてくれますか?」
「任務の連絡はないですから、構いませんよ」
「実は機能回復訓練に付き合っていただきたくて」
しのぶの言葉に、は記憶を手繰った。
「今入院しているのって・・・炭治郎くんと善逸くんでしたっけ?」
「ええ。カナヲは任務で、アオイはちょっと体調を崩していまして」
「良いですよ。荷物置いてきたら道場へ向かうので二人に連絡だけお願いします」
ーー猫にマタタビーー
道場の床の擦れる音が鳴り止まる、と同時に涼やかな声が響いた。
「さて、この辺にしましょうか」
息乱すことなくがそう言えば、完全に息切れしている屍寸前の二つの影が何とか反応を返した。
「あ、ありが・・・ゴホッゴホッ!」
「・・・」
対照的な構図。
しかし、確実にスピードや反射速度が上がっていることに気付いているはにっこりと笑いかけた。
「さて、それじゃぁ片付ーー」
「珍しいじゃねぇか」
突然響いた第三者の声。
「お前が機能回復訓練に付き合うたぁな」
道場の入り口に立っていたのは、任務から戻ったような音柱・宇髄天元だった。
にやにやと笑いながらを見下ろしていた天元だったが、の方はまるで見なかったような呈で二人に向いた。
「さて、それじゃあ片ーー」
「よしっ、いっちょ勝負してやるよ」
「はい、片付けますよー、二人とも立った立った」
「付き合ってやるって言ってんだろ?」
「片付けるって言ってるんです」
顔は笑顔ながらも、背景からは『帰れ』とばかりな。
違う意味で息ができないような空気に、炭治郎と善逸は顔を見合わせるしかできない。
「付き合い悪ぃな、柱がやってやるって言ってんだよ」
「・・・柱に不要では?」
「たまにはいいだろ」
「・・・」
「普通にやってもつまらねぇな、何か賭けるか?」
完全にやる気モードの天元には冷たい視線を返す。
そして、へばっていた善逸はドン引きした表情を浮かべた。
「え・・・誰が好き好んで筋肉達磨相手にーー」
「終わったら鰻」
「喜んでやらせていただきます」
手の平返しの善逸には深々と嘆息した。
このままさっさと引き上げても良かったが、相手をしていた二人を放置もできずはどうしたものかと思い悩む。
だが、豪語して数分後、炭治郎と善逸は虫の息となっていた。
そして、天元の顔がに向いた。
「よし、来やがれ」
「相手をするとは言ってませんが?」
「固いこと言うな」
「しのぶさんに頼まれたのはこの二人だけです。
忙しいので、これで失礼しーー」
「キツネノテブクロ」
ピタッとの足が止まる。
「北の方の任務で助けた村人が、貴重な薬の原料とか言ってたなー」
「・・・どこでそんな名前を」
「俺を誰だと思ってるよ?」
両者の間にせめぎ合う空気が流れる。
しかし、意味を理解できないへばっていた2名は疑問符を浮かべるしかない。
「ゴホッ・・・なに?何なわけ?炭治郎、分かった?」
「いや、オレにもさっぱり・・・」
「勝ったら素直に教えてやってもいいぞ」
「・・・いいでしょう」
無言の応酬の中で腹を決めたらしいは、炭治郎と善逸相手では脱がなかった羽織を脱いだ。
「炭治郎くん」
「は、はい!」
「羽織を預けます、それと善逸くんと一緒に道場の外へ」
「外?」
「どうしてですか?」
「怪我が増えては困るので」
謎の発言に炭治郎は首を傾げつつも、拳を握って力説した。
「せっかくなら近くで見たいです!」
「オレ、全力でさんを応援します」
・・・じゃ、気を付けてくださいね、と妙な間を置いてにっこり笑ったは天元と対峙した。
だが、時間を要さず炭治郎と善逸は道場の外へと出ることとなった。
何しろ体のそばスレスレを恐ろしい勢いで二人が迫って来た。
善逸に至っては数度、天元にぶつかって転がり打身が増えてしまった。
「おらおら何だ何だ?鈍ってんじゃねぇのか?」
「・・・」
「ほーれ、早く逃げねぇと捕まえんぞ?」
おちょくる口調で天元は相手を煽るが、が本気を出しているようには見えない。
焦れた天元は打ち切るかと、目の前の肩に手を伸ばす。
「やる気出さねぇなら、勝ちは貰ーー!」
ーービチッーー
天元の手は空を切る。
と同時に、額に走る軽い衝撃。
勢い余って数本歩いた天元の足が止まると、その男の背後に飛び上がっていたの軽い着地音が響いた。
「現状に胡座をかいてるとしっぺ返しを食らうと愚考しますよ、音柱様」
片膝をついたが立ち上がると、肩越しに不敵に笑った。
「私が単に逃げるだけと、明言したつもりはありませんが?」
「・・・上等だ」
ーーパンッ!ーー
「はーい、そこまでですよ〜」
高い柏手に全員の視線が道場の入り口に向いた。
そこには、この屋敷の主である蟲柱・胡蝶しのぶが美しいながらも迫力を背負う笑顔で立っていた。
「さん、入院患者の2人のお相手はお願いしましが、部外者の相手まではお願いしてませんけど?」
「胡蝶、邪魔すんじゃねぇ。これは俺とこいつの勝負だ」
「あらあら、よくもそんな大口が叩けますね宇髄さん?」
「あ"?」
米神に筋を浮かべているしのぶは、絡んできた天元の背後を指さした。
思わず天元がそれにならって振り返る。
道場は床や壁に凹みと言う表現ではカバーしきれない、そこかしこに穴が空いた惨状となっていた。
どれもこれも、と天元が方向転換の際に踏ん張ったがためにできてしまったもの。
「・・・あ」
「現役の柱が、後衛部隊の邪魔をしておいてどの口が文句を言えるのでしょうか?
少しはしおらしくしているさんを見習ってはどうでしょう」
しのぶの言葉通り、そこには正座したがしゅんとうなだれていた。
「
!てめ、セコい真似しやがって」
「吹っかけたのが宇髄さんなのは事実ですし、証人が2人も居るので」
「素直でよろしい。
では、お二人で片付けをお願いします。
終わらなかったらどうなるか・・・ご存知ですよね?」
笑顔の後ろに控える仁王像の圧に流石の天元も素直に返事を返すしかない。
その後、怪我が増えた炭治郎と善逸のを手当てするために二人を連れ立って歩き出すしのぶに炭治郎が問うた。
「あの、しのぶさん」
「どうしました?」
歩きながらも振り返ったしのぶに道場に残した二人のやり取りで気になる話を尋ねる。
「キツネノテブクロって何だか知ってますか?」
「おや、よくご存知ですね。そんな珍しい花の名前を」
「いや、あのダルmーー宇髄さんがさんに言ってて・・・」
「なるほど、さんも本気になる訳ですね」
「一体、どんな花なんですか?薬の材料とは聞きましたけど・・・」
顔を見合わせる二人に、そうですね、と前置きしたしのぶは話し始めた。
「洋名はジギタリス。
西洋原産の花で、日本には江戸時代頃に伝わったとされています」
「へぇ、西洋の花ならさぞ綺麗なんでしょうね」
禰豆子ちゃんにあげたいなぁ、と体をくねらせる善逸に汚物でも見るような炭治郎の冷ややかな視線が向けられる。
そんな二人の反応にしのぶはにっこりと肩越しに笑んだ。
「ええ、美しい上に猛毒を持つ花ですよ」
「・・・」
「・・・」
「葉っぱが食用の野草と似通っていて、中毒死する例もあるほどです」
「も、猛毒って・・・」
「そ、そ、そ、そんの危ない花でさんは何を・・・」
ぞっと青くなる炭治郎と善逸がしているだろう物騒な想像。
素直な反応がおかしいのか、楽しげにしのぶは笑った。
「製法を変えれば、打ち身、切り傷の他に強心剤の材料となるんですよ」
その言葉にやっと安心したのか、炭治郎と善逸はほっと胸を撫で下ろした。
(「さんの事です。
お館様を思っての行動でしょうけど、ダシにされて道場を壊したのはやり過ぎでしたよ」)
内心呟いたしのぶは、診察室へと入り新たな怪我人の手当てを進めながら今頃道場で反省しているだろうその人を思った。
ヒロインに薬の材料
>おまけ
「はぁ〜、結局こうなっちゃったし・・・無駄な仕事を増やされましたねー」
「んだよ、俺の所為かよ」
「ええ、宇髄さんの所為です」
「お前だって少しは壊しただろ!」
「・・・あのですね、そもそもの発端は宇髄さんなんですから、少しは反省して下さい」
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2021.4.29