ーー暗闇に差す灯りーー
「縹、すみませんが伝令頼みますね」
『承知シタ!オ前ハ寝テロ!』
「はい、ありがとうございます」
藤の家。
隠への伝令を鴉に頼んだは小さく息を吐いた。
任務は終わったが、血鬼術で両眼がやられてしまう失態。
医者からは眼球に異常はないと言われた。
それが本当なら暫くすれば戻るだろうが、しのぶの診断も欲しい所だ。
とはいえ、視覚が奪われたのは初めてだ。
過去の負傷では聴覚、声帯を奪われた事はあったが特段それほどまで不便は感じなかった。
手を伸ばしても当然だが何も見えない。
今は昼時らしいが、風が流れ込んでくる方を見ても陽の光は感じられない。
(「盲目ってこんな感じなのか・・・
なら悲鳴嶼さんもーー」)
ーーポンーー
「?お屋敷の方ですか?」
気配は無かった気がしたが、こちらを撫でるその人物の方を向く。
しばらくして声がかけられた。
「あ、あの・・・お加減は如何ですか?」
「はい、お陰様で良くなってます。
後で隠の方が来ると思いますので、その方が来たらお暇します」
「そうですか」
「はい、それまではお世話になります。
あ、もし他に負傷された隊士が来ましたらその方を優先して下さい」
「わ、分かりました」
「・・・何か心配事ですか?先ほどから何かに戸惑っている感じが・・・」
「あ?いえ!・・・そんな事ありません」
「そうですか、なら良いのですが・・・」
そう言われても声からして戸惑っているのを隠し切れてないが、見えない以上問い質しても仕方がない。
というか、そもそもこの人は何の用で来たのだろうか。
「あの・・・実は剣士様に聞きたいことがありまして」
「私で答えられることなら構いませんよ」
「あの、そ、その・・・剣士様には好いた方はいますか?」
「・・・はい?」
「ぶ、不躾ですみません!」
わざわざの訪問理由がそれか。
本当に不躾だな。
予想してなかったが、身体を動かすこともできないし特にやることもないし話に乗るのも良いか。
「そうですね、鬼殺隊で鬼を狩っていればそんな気持ち抱く余裕はありませんが応援したい方はたくさんいますよ」
「応援したい方・・・それってどんな方なんですか」
「口下手でいつも周りに残念な誤解を招いてる方とそれをフォローしてるとっても頑張り屋さんでしょ、傍目には両想いなのにお互いにカラ回ってる両片想いさん。
長い付き合いの人達ばかりなので、願わくば幸せになって欲しいですね」
「そんな方が・・・」
「他にもお相手の噂は聞きませんが皆を取りまとめてる鬼殺隊の中心にいる方、実は弟想いを隠している方、仲間思いでいつも任務に熱い方。
みんな第一線で戦ってますから私の想いなんて迷惑でしょうが、やはり幸せに・・・
・・・いえ叶うなら、鬼殺隊の皆さんが一般の方が当たり前に感じれる『普通』の幸せを、失ってしまった幸せをもう一度願いたいんですけど」
「・・・」
「なんて。私がこんな体たらくでは叶うのもだいぶ先になってしまいますね」
「そんな事ありません!」
突然強い口調に思わず呆気にとられた。
目元が包帯で隠されていてもこちらの様子に気付いたのか、その人はあせあせと言葉を探した。
「いえ、そ、その・・・剣士様のお陰で助かった人が居ますし!現に僕だってこうして助けていただきました!
だからその人達だって必ず、きっと!」
「ありがとうございます。
その為にも早く回復しないといけませんね。
ではちょっと喉が渇いたのでお水をいただいても構いませんか?」
「はい!すぐお持ちします!」
軽快に走っていく足音を聞きながらは起き上がった。
柔らかい風が頬を撫でる。
新緑の香りは心地が良い。
風を感じられるように開けられた襖の方を眺めていたは、布団の下に携帯していた小脇差を部屋の一角へ放った。
ーーキィンーー
「で?宇髄さん、何の用ですか?」
弾かれた音の方に向いて言えば、弾いた脇差を手にした天元がドサっと隣に腰を下ろした。
「いきなり手荒い挨拶だな」
「断りもなく怪我人の部屋に入ってくる礼儀知らずには見合ってますよ」
「何だ、気付いてたか」
「残念ながら、途中から宇髄さんだと分かりました」
「へぇ、どの辺りだ?」
「私を撫でた手は藤の家では有り得ないくらい鍛えられてましたから」
「・・・最初からかよ」
見えなくても口をへの字に曲げている姿がありありと想像がついた。
とはいえ、確信したのは悪趣味な質問を聞いてからだったりするのだが、あえて教えるつもりもなかった。
「つーか、さっきの話に派手に忘れてる奴がいる気がしたが?」
「あら?そんな方居ましたか?」
「おう、ド派手な神をな」
「もちろん、お館様には末長く健やかにお過ごしいただきたいと思ってます」
「あ、うん。それはそうね」
不貞腐れてるな。
歳上のくせに子供か。
なんて事を言えばますます機嫌が悪くなるのは分かった。
「同じく宇髄さんの幸せも願ってますよ」
「・・・おう」
フォローしてそう言えば、間を置いて返される。
何でそこで戸惑うんだ。
「宇髄さん?」
「なぁ。これも日輪刀か?」
「あ、はい。同じ材質と聞いてます」
「妙な言い回しだな」
「幼少から持たされたもので、鬼殺隊に入ってから刀鍛冶から教えてもらいました」
そう言ってが手を出せば天元は素直に小脇差を返す。
それを鞘に収め、こちらを向いているだろう天元に当然の問いを投げる。
「それで、何の御用でしょうか?」
「用って見舞いに決まってんだろ」
「そんな暇あるなら任務に行ってくだーー」
ーースルッーー
着ていた浴衣が一気に胸元より下まで下ろされる。
まぁ、包帯で巻かれてるから別に見られても・・・じゃない。
違う違う。
自分の感覚はズレてるという指摘をしのぶから再三言われていた。
特に負傷してから肌を見せる事に抵抗が低すぎると言われたんだ。
これは甘んじて受けては良い事じゃない。
「おいおい、今回は随分と派手に怪我してやがんな。
上半身ほぼ包帯巻かれてんじゃねぇか」
「・・・断りもなく何脱がーー」
「お待たせしまーー」
「「あ」」
「・・・」
タイミング悪く、先ほどの少年が入って来たらしい。
どう見てもそのまま部屋に入ってお茶を出す状況ではないだろう。
「っ!?そっ、そのっ!し、し、失礼しましたぁ!」
恐らく顔を真っ赤に染めて逃げ出してしまったろう。
これでは他の屋敷の住人になんと言われることか・・・
などというこちらの心情を気にする事なく、天元はけらけらと笑っていた。
「おー、ガキには刺激が強過ぎたか?」
「宇髄さんと一緒にいるとこんなんばっかりでげんなりしますよ」
ーーパシッーー
浴衣を下ろしていた手を叩き落とし、は着崩れを直す。
そんな時でさえその場から離れない男に、一言文句を言ってやろうと思ったが言うだけ無駄かと諦めた。
対して天元は反論するように口を尖らせた。
「はぁ?言うほど見られてねぇだろ」
「拙い脳細胞を補足すると、冨岡さん、しのぶさん、煉獄さんにはわざわざ釈明に行ってます」
「釈明なんざ地味な事するお前が阿呆だろ」
「妙な噂が立って奥方に迷惑かけてるのが嫌なだけです。
それと、私も迷惑です」
「んな心配するなら手っ取り早い方法があるぞ」
「聞くつもりないですけど」
「お前がさっさとド派手に嫁に来ればいい」
「独り言と処理しておきます」
人の話を相変わらず聞かない男だな。
唯我独尊を地で行くとはこういうことなんだろう。
傍迷惑極まりない。
「どーもお前は人の好意ってやつを受け取らねぇな」
「生憎と好意が嫁って感覚の人とはお付き合いした事ないので」
「煉獄弟からの好意は受け取ってるって聞いてるぞ」
「だって千寿郎くんは可愛くて素直で裏がありませんから受け取るに決まってるじゃないですか」
「悲鳴嶼さんに言われた事も素直に受け取ってるじゃねぇか」
「悲鳴嶼さんとは長いですもん」
「・・・俺とも長いだろうが」
「うーん、宇髄さんのは素直に受け取ることを心が拒みます」
「お前・・・いちいち嬉しそうな音なのが腹立つな」
僅かに苛立ちを滲ませ、天元は傷だらけの身体を布団へと押し倒した。
「!」
「俺がいつも冗談でお前を構ってるとでも思ってんのか?」
突然唇を奪われる。
深くなる口付け。
目が見えなくて良かった。
見えていれば、無駄に色気がある視線でこちらを射竦めていただろう。
それだけで見透かされる。
荒くなる呼吸に満足したのか、普段は聞かない低い声が耳朶に響いた。
「本当のところ、どうなんだ?」
真意を探るのはその眼光だけでないのは知っている。
だからこそ、はいつも以上に鼓動を押さえ近過ぎる男の胸板を押し返し口元に笑みを浮かべた。
「・・・さぁ?」
わざわざ隠しているのに。
知られたくないのにこちらの心情を察しひけらかしてしまう人は嫌いなんだ。
もう見たくない。
心を寄せた人が鬼に殺されていく姿は、鬼がまた蔓延っている現状は。
こんな弱くて醜い自分が人の好意を受け取る資格はない。
私の事など知らなくていい、こんな罪に塗れた自分の事など忘れて自分の幸せを願って欲しい。
ああ、強くなりたい。
もっと強くなりたい。止まっている暇はない。
大切な人が傷付く前に私が全ての元凶を断ち切りたい。
こんな所で休んでいたくないのに・・・
「・・・可愛げねぇな」
「どうも」
「ん当に可愛くねぇな!」
「はははー、そう思うなら可愛い奥方に会いに行ってくださーい」
ーーポンーー
「また来てやるよ」
の皮肉に天元は頭を撫で部屋を出て行った。
それを見送り、は嘆息した。
無駄に耳が良い男に届かないよう、音にならないように小さく小さく呟いた。
「・・・優しくしないでくださいよ」
見透かされただろうか。
真っ暗な世界で、もしかしたら二度と見えないのではないかという一抹の不安。
今、剣を振るえなくなるのが一番怖いことを。
こんな時に優しくされたら、本当に折れてしまいそうになる。
(「ありがとうございます・・・ごめんなさい」)
面と向かって言えなかった言葉を心中で呟いたは、零れず滲んだ目元を押さえるしかしできなかった。
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2020.5.16