「うーん、私じゃ不向きじゃありませんか?」

蝶屋敷の裏庭。
機能回復訓練の相手をせがまれていたは、提案された話に腕組みで唸った。
内容からしてどうみても自分が適役とは思えない。

「そんな事ありません!」
「いや、だったら私より宇髄さん辺りとか」
「それはやめた方がいいと」
「やめた方がいい?」
「あ・・・」

固まる炭治郎には首を傾げた。
どう言う意味だ?

「何やら事情ありのようですね」
「そ・・・そんな事あり得ません!」
「・・・」

わー、凄い形相。
どうやら事情があるのは間違いないらしい。
それに炭治郎の物言い。
なんとなく入れ知恵した相手にも見当がついた。
そして本当に嘘がつけない体質というのも事実か。
これでは潜入任務なんて難しいだろうな。
目を上に剥いて、下唇を噛み締めている異様な表情を続ける炭治郎には観念した。

「あーはいはい、分かりました分かりましたから。
事情を話してくれるなら協力も吝かではないのでその顔止めてください」
「す、スミマセン。実は・・・」


















































































































ーー金石之交ーー

















































































































(「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死んでしまう!」)

夜の山を善逸は駆けていた。
今回は単独で山中の鬼の討伐任務。
荒屋に踏み込んだ直後、鬼に追い回され足場の悪い山中を鬼ごっこ状態となっていた。
が、

「ぃでっ!」

木の根に足を取られ盛大に地面を滑る。
直後、

ーードゴーーーンッ!ーー

さっきまで頭のあった場所、そこの太い幹が大きな音を立て倒れた。
夜の寒さとは違う、冷気が体中を駆けた。

(「や、や、やばい!きょ、恐怖が膝に来てる!9割膝にっ!!」)

ガクガクと全身が震える中、振り返れば滝のようなヨダレを流す鬼がにやりと笑った。

「ヒィッ!」

あまりの恐怖に引きつった悲鳴を上げ、そこから記憶が消えた。
そして、次に目を覚ましたのは自分を呼ぶ涼やかな声だった。

ーーくーん、善逸くーん、聞こえますか?」
「・・・ふえあぁっ!?」
「気付きましたね」

月明かりに照らされた横顔が、ふわりと笑った。
一瞬、善逸はぽかんと呆気に取られ、今どこに居るのかと辺りをキョロキョロ見回した。
直前は山の中だったはずだが、周囲にあるのは追いかけ回される出発地点となった荒屋と、何かの力で散乱した荒屋の破片だった。

「え?ええ?あれ?」
「鬼は倒し終えましたので、怪我の具合を見せて下さいますか?」

穏やかな笑みを浮かべたはそう言うと、善逸のそばに膝を折った。

「あの、さん・・・」
「何ですか?」
「鬼を倒してくれてありがとうございました」
「はい?」
「最近、オレ単独任務ばっかで・・・炭治郎たちが居ないと本当に死んじゃうところだったんです!」
「・・・」
「それに炭治郎と伊之助が二人だけでこそこそと話してて・・・もしかしてオレって嫌われた!?」
「いやいや、何言っーー」
「それにしても さんが鬼を倒してくれて、本当に助かりました!」
「いや、だかーー」
「は!ってか、わざわざオレを助けるために さんがここへ!?
それってオレと添い遂ーー」
「私が来たのは鬼が倒された後ですよ?」
「・・・え?」

妄想が暴走している善逸は身動きを止めた。
そんな善逸の頬を濡らした手拭で汚れを拭き取ったは、創傷に薬を塗り絆創膏を貼った。

「え?じゃあ誰が代わりに倒してくれたんですか!?」
「善逸くん」
「は、はい」
「自分の格好を見て誰かが助けてくれたと思うんですか?」

の言葉に、善逸は自身の服へ視線を下ろした。
直前の記憶は転んだ所まで。
だが、転んだだけとは思えない、羽織があちこち破れたり汚れたりしている。

「いや、だ、だってオレはすごく弱ーー」
ーースラッーー

手当て道具を手早く片付けたは、善逸の日輪刀を抜くと眼前に刀身を見せる。
それに驚いた善逸は思わず身を引いた。

「ひっ!」
「ご覧なさい」
「?」

の言葉に善逸は視線を刀身に向ける。
そこには月光に照らされた黒くぬらぬらした鈍い光が僅かに付着していた。

「この刀身に残ってるのは鬼の血です」
「・・・」
「普通なら灰となって消えますが、今後は懐紙で拭くことをお勧めしますよ。
頻繁に刀鍛冶に手入れを依頼できませんからね」

そう言って懐から懐紙を取り出したは、善逸の日輪刀を一振りすると刀身を拭った。
月光に照らせば、鎬に稲妻文様が走る。
綺麗だ、と素直に思ったはくるりと日輪刀の柄を善逸に差し出した。

「はい、どうぞ」
「・・・」
「どうしました?」
「ひゃっ!あ、ありがとうごじゃいましゅ!」

惚ける顔を覗き込めば、慌てた善逸は日輪刀を受け取ると鞘へと納めた。

「ふふ、よく頑張りました」
「///」
「さて、奇遇に会えましたし折角ですから一緒に帰りましょうか」
「はいぃv」

頭を撫でられた善逸はうきうき顔で山を降りる。
追加任務もないので、二人はそのまま街中まで歩く。
と、隣から届いた音にだらしない表情だった善逸はに問うた。

さん、何か良い事あったんですか?」
「え?どうしてですか?」
「いや、なんか凄く楽しそうって言うか、嬉しそうな音がして・・・」

そこまで言われ、はきょとんとした表情を返す。
そのまま注視されたことで善逸は慌てたように口早に言った。

「あ、いえ、その・・・オ、オレは耳が良くて・・・」
「・・・」

あせあせと言い訳するような善逸に、は口元を楽しげにほころばせた。

「ふふ、バレちゃいましたね。実は・・・」

善逸の耳元に唇を寄せたは囁いた。

「善逸くんと一緒に帰れて嬉しいなぁって思いまして」
ーーボフッーー

瞬間、顔から煙が出そうなほど、善逸の顔は茹蛸になった。
次いで、スザザザッと地面を滑ってと距離を置いた。

「あ、ああのそそその!
オレには!ね、禰豆子ちゃんという将来を約束したぁ!」
「あらそれは残念。ならお茶に誘う位は許されるかしら?」

くすくすと笑ったに連れられ善逸は続いた。
陽が傾き出すが、会話は無い。
だが変わらずから届く楽しげな音に、善逸は再び問うた。

「どこまで行くんですか?」
「うん?この先に隠れ家的な茶店があるんですよ」
「へぇ、そんな店が・・・」
「善逸くんも気にいると思いますよ」

楽しそうにそう言ったに善逸も吊られて表情を緩ませる。
と、ようやくその足がある屋敷の前で止まった。

「・・・って、ここは」

見覚えがあり過ぎる。
二人の上官、音柱邸の前で止まったは申し訳なさそうに善逸に振り返ると。

「すみません、所用あるので少し寄らせて貰いますね」
「は、はぁ」
「そうだ。雛鶴さんから善逸くんに渡したいものがあると連絡貰っていたので、先に部屋に行ってて貰えます?」
「?分かりました」

玄関で別れた善逸は、に言われるがまま指差された部屋へと歩き出す。

(「雛鶴さんがオレに?何だろ・・・
あの上官が絡んでないなら・・・甘味とかかな〜」)

うひひ、と笑いながら期待に胸を躍らせ襖に手をかけた。

「善逸、誕生日おめでとう!」
「「「善逸くん、誕生日おめでとう!」」」
「もぐもぐもぐもぐ!」

瞬間、善逸に向け大きな声がかけられた。
そこに居たのは、炭治郎、伊之助、天元、雛鶴、マキヲ、須磨。
目の前の光景に理解が追いつかず、善逸から抜けた声が溢れた。

「へ?」
「おら、突っ立ってないでこっち来い。
お前の為にこの天元様がド派手に用意してやったんだぞ」

既に酔っ払っているのか、天元が自身の隣をバシバシと叩く。
長机の上には沢山のご馳走。
どれもこれも善逸が好きな物ばかりだ。

「え・・・は?何事?」
「いやはや、ここまでバレないかと冷や冷やものでしたよ」

と、善逸の後ろから玄関で別れたがやって来た。

さん?あれ?用事は?」
「お誕生日おめでとうございます、善逸くん」

まだ固まっている善逸の背をは押す。
惚けたままの善逸に、天元は傾けた猪口を持った手でを指した。

「なんだぁ?まだ気付いてねぇのか?が言ったのは全部嘘デマカセだ」
「・・・間違ってはいませんが、語弊を招く言い方やめて下さい」
「耳を引っ張んじゃねぇ」

天元の後ろを通ろうとしたは、不届き発言者の耳を引っ張った手を離す。
炭治郎と伊之助の間に座った善逸に、はここまでの経緯を説明した。

「ごめんね、善逸くん。
あなたが誕生日だと聞いたから、みんなで驚かそうってことで私が案内役に。
ここに連れてくる事情は嘘ついーー!」

は驚いたように続きを口にできなかった。
何故ならいつもなら騒がしいほどの善逸が、今はただ静かに涙を流していた。

「ど、どうしたの?」
「ぜ、善逸!?どこか怪我したのか?」
「腹減ったか?」

慌てたように、炭治郎、伊之助が問えば涙を拭いながら善逸は言った。

「ち、ちが・・・こんな、祝われるなんて・・・」

善逸の言葉に年長組は穏やかな、同期組は嬉しそうに笑った。
そして、自身の両隣の肩に腕を回した善逸は咽び泣いた。

「うわーん、み、みんなありがとぉ〜」

盛り上がる時間はあっという間に過ぎる。
耳に届く賑やかな音には口端を上げた。
どうやら上手くいったようで良かった。
追加の料理を用意しようと、厨で動き回るの背中に声がかかった。

さん」

そこにはあの部屋にいると思っていた善逸が立っていた。

「あら、主役がこんな所で油売ってていいの?」
「・・・あの」
「なぁに?」

首を傾げれば、言葉を探すようにしていた善逸は意を決したように頭を下げた。

「ありがとう、ございます」
「私はお礼を言われることはしてないわ。
今日の事も炭治郎くんが言い出したことだしね」
「炭治郎が・・・」
「ええ。善逸くんの好きな物とか蝶屋敷の子達に聞いたり、伊之助くんと贈り物を悩んだりね」
「伊之助も・・・」

実は他にもいるんだが、それは直接この屋敷に来た時に驚いてもらう事にしよう。
じーんと感動するような善逸に、は時間がもったいない、と自分より高い場所にある頭を優しく撫でた。

「良い仲間を持ちましたね。
善逸くんがどれだけ時間が経っても変わらない家族以上のものを手にできて良かった。
今日は楽しく過ごしてください」
「は、はい///」

素直でよろしい、とは善逸の背中を祝い部屋へと押し戻した。






























































善逸くんハピバ

>おまけ
「なーにが、礼を言われることはしてねぇだ」
「盗み聞きとは相変わらず悪趣味ですね、上官さま」
「よく言うぜ。気付いてたなら言うなってんだ。
ったく、今日まで善逸と会うなだの、面倒な注文散々付けやがって」
「会うなとは言ってません。揶揄うのも程々になさって欲しいと言ったんです。
それにその事は某蝶屋敷のさるお方からの進言です」
「某の意味がねぇだろ」
「良いじゃないですか、宇髄さんだって最後はノリノリで手伝って下さったんですし」
「お前が送ってきた文に嫁が乗り気になったんだよ」
「素直じゃありませんね」
「お前が言うか」
「やるからには徹底が主義なだけです」

好みや好きな物を育手にリサーチ済みの さん


Back
2020.9.3