「
、よく聞け!」
バーンとまるで効果音がつくように現れた騒がしい上官は、お決まりの自己主張誇大なポーズで人の前に立ちはだかった。
「今月は祭りの神である俺のド派手な誕生日だ。
つまり、神である俺の言う事には何でも応えてもらうということだ!」
「・・・共同任務の概要は鴉から聞きましたので、私は先に向かわせていただきます」
音柱邸。
共同任務の打ち合わせで訪れたを、屋敷の主であるその当人の言葉を借りれば『ド派手に』出迎えられた。
が、出会い頭のトップギアなテンションに付いていけないは打ち合わせを早々に諦め踵をーー
ーーガシッーー
「話聞けこら」
返せなかった。
屈強な大きな手で肩を掴まれたは一歩も動けない。
話を聞くつもりはないは、にっこりと黒い笑顔で振り返った。
「聞いてますよ、さっさとこの邪魔な手を退かしてください」
「上官に向かって随分な態度だな」
「あらぁ?そうですかぁ?満面の笑みで応対させていただいておりますが?」
「へらへら笑えば誤魔化せるとでも思ってんのかよ?
分かりやすい音させやがって」
不機嫌顔を向けてくる天元の指摘に、は装った外面を消した。
「分かってるなら尚のこと離してください」
「お前こそ人の話をーー」
「任務の打ち合わせが優先」
「てめーー」
『カァーッ!任務優先!任務優先!』
両者に割り入った鶴の一声ならぬ、鴉の一声。
の鎹鴉の登場に、上官は苦々しげに睨み付けるが鴉の方はまるでドヤ顔をするように胸を張っている。
援護射撃を受けたはにっこりと肩を掴んだままの上司に勝利の笑みを向けた。
「当然、ですよね?」
「・・・」
ーー朝貌の花ーー
打ち合わせを終えたと天元は目的の町へと潜入していた。
辺りは橙色の夕暮れとなり、もうすぐ鬼の活動時間だ。
背の高い木の上に潜み、辺りを警戒していたは音柱邸でのやりとりを思い出していた。
『簡単な話だ』
話し始めて早々、天元が断言した。
『町っつーか、屋敷周辺に潜んでるっつー鬼狩って終了、それだけだろ』
『『それだけ』なら柱が動員される理由として不足だと思いますけど?』
『んな事より、この任務さっさと終わらせて旨いもん食いに行くぞ』
『んな事って・・・柱が出動されてる共同任務がそんな軽く終わりますか?』
『あったりめーだ。祭りの神が出ばってんだ、任務はド派手に終了だ』
『・・・さいですか』
結局、打ち合わせらしい打ち合わせにはならなかった。
相変わらず自信家というか、高慢というか。
ま、あの豪快さがあってこそ柱が動員された任務で隊士の士気も上がるのも確かか。
ただ、団体ではないこのような組での任務となると、少しは打ち合わせというものをした方がいい気がするのだが。
(「それにしても、誕生日か・・・」)
出会い頭の天元の言葉。
自分が祝われたのは、生家ではなく家に引き取られた時が初めてだった。
(「あの時は何のことかさっぱりだったけど」)
今では笑い話に近い。
終始戸惑う自分に、物好きなあの人が教えてくれた。
誕生日とは何か、西洋ではこう祝うとか、祝い事なのにそんな顔する奴見たことないと笑い転げられたり。
そうだ・・・
(「祝う側ってーー」)
「キャーーーッ!」
静寂を裂く悲鳴に考え事は打ち切られ、即座にその場へと駆け出す。
風を切る音が耳朶を打つ。
そして、こちらに駆けてくる必死に逃げる一人の女性。
その後ろには任務目標。
はすぐさま抜刀する。
「雨の呼吸、壱ノーー!」
「音の呼吸、伍ノ型・鳴弦奏々!」
ーードゴーーーンッ!!ーー
「きゃあ!」
爆風で飛ばされてきた女性を危なげなくが抱き留める。
割り入ってきた天元の技によって、鬼は倒された。
・・・倒されたが、些か荒っぽ過ぎる。
周囲を見回している上官に、は低い声を上げた。
「ちょっと、宇髄さん・・・」
「うし、終わったな。帰るぞ」
「・・・隠へ連絡してからです」
「あ、あの!」
から離れた女性が天元の元へと駆け出した。
「ん?おー、あんた命拾いしたな」
「ありがとうございました!あなた様のお陰で助かりました」
深々と頭を下げた女性に、ひらひらと手を振った天元が軽く返す。
それを横目に見ながら、は縹へ隠に連絡するよう言伝を頼む。
その間にも、女性と天元の距離は詰められもはや迫る勢いとなっていた。
「いやいや、気にすんな。んじゃ俺らはーー」
ーーガシッーー
「よろしければ屋敷にお立ち寄り下さいませ!」
「は?」
「わたくし、この先の屋敷の娘なのですが是非ともお礼をさせて下さいませ!」
「いや、別に礼を受けるほどじゃーー」
「それではわたくしの気持ちが収まりません!どうか少しだけでも寄って下さいませんか?」
鼻息荒く息巻く女性に、天元がやや引いていたが収まる様子が見えない事でが小声で呟いた。
「宇髄さん、少しくらい構わないんじゃないですか?
隠が来たら失礼すれば良いと思いますし」
「けどよ・・・」
「まぁ!ありがとうございます!ご案内します、どうぞ此方へ」
小声のつもりだったのに、何気に強引な人だな。
そう思いながらも二人は女性に先導され屋敷へ案内される。
女性の父親の家主からはすこぶる感謝され、そのまま宴まで開かれてしまった。
あの手この手でおだてられた天元は、祭り好きの性格も相まって大層楽しげに酒を傾けていた。
「ふぅ・・・」
あまり賑やかな場は慣れないは宴の部屋を出た。
と。
月夜の中、羽音が響き一羽の鴉がの元へと舞い降りた。
「縹、どうしました?」
『隠、撤収完了!周囲ニ鬼ハ無シ!』
「そうですか、ご苦労様でした。私に追加の任務はありますか?」
『連絡無シ!連絡無シ!』
「そう・・・」
差し出した腕に止まった縹の言葉に、は難し気な表情を浮かべる。
退席理由にしようとしたが、上官のあの様子に水を差すのも気が引けた。
「あの・・・」
その時、背後から声がかけられる。
そこには助けた女性が心配そうな面持ちでこちらを見ていた。
「ご気分でも優れないんでしょうか?」
「いえ、少し風に当たりたかっただけです」
「そうでしたか。それと・・・」
「あ、はい。何でしょうか?」
「その・・・実はお伺いしたいのですが、あなたと宇髄様はどのような御関係なのでしょうか?」
困った様子で尋ねられ、思わずの目が点になった。
関係?あの人と?
そりゃあ・・・
「仕事仲間、ですかね?」
上官だし、間違ってはないだろ。
の疑問形に近い返答に、女性は嬉しそうに表情を明るくした。
「そうですか!そうなんですね!良かったぁ!」
「はぁ・・・そりゃ何よりで」
「あの、不躾なのですが良ければ本日はお泊まりになりませんか?」
「泊まり、ですか?」
どうだろう、この屋敷に来る前の上官の様子を見る限り、長居はしたくなさげに見えたが。
「それはーー」
「もう夜も更けましたし、こんな時間にあなたのような女性が出歩くのは物騒です!」
「・・・」
そんなものより物騒な相手をいつもしているんだが。
なんて事は言えないが、こちらを見上げる必死そうな女性の顔。
それを見たは意図する想いを察した。
急ぎの任務が無いなら、まあ良いだろう。
「分かりました、ではお言葉に甘えます」
「良かった!お部屋はもうご用意しますので!それと湯殿も準備させましたので、どうぞご利用下さい!」
「ど、どうも」
「いえ!こちらこそ助けていただきありがとうございます」
ガバッと頭を下げた女性は颯爽と宴の部屋へと取って返した。
あの様子じゃ、自分がわざわざ上官に伝える必要もないだろう。
悪い子ではない。
ただ食い付き気味というか、必死というか。
自分の抱いた想いに素直で真っ直ぐなんだろう。
(「ま、いっか」)
当人もなんだかんだ盛り上がってる。
は厚意に甘える事にし、縹へ任務が入ったら連絡して欲しいと伝え、用意された部屋へと向かう事にした。
翌朝。
太陽が昇ると同時に目を覚ましたは、周囲を散策していた。
「わぁ・・・」
屋敷の裏山。
朝露が太陽の光で輝く一面の青紫にの感嘆の声が上がった。
辺り一面、桔梗が咲き誇りまさに圧巻の一言と言えた。
「すごい、こんなに群生してるなんて・・・」
人の手も僅かに入ってるのだろう。
雑草は少なく、程よく間引かれてもいた。
喉関係に薬効もあるから、もしかしたら薬目的に栽培しているのかもしれない。
「!」
と、群生していたその一角。
目を引いた一輪を手折り、は屋敷へと戻った。
「これは剣士様。お早いですな、おはようございます」
「おはようございます。昨夜はお世話になりました」
挨拶を返したに、家主はまだ眠いような表情で続けた。
「いえいえ。朝餉をすぐに準備致します。
どうぞ召し上がっていって下さいませ」
「いえ、そこまで甘える訳には。用がありますのでもう失礼します」
「はぁ、左様でございますか・・・」
声も掠れている。
昨夜はどれだけ騒いでいたんだ?
「上司にも声を掛けたいのですが・・・」
「それが・・・昨日、お酒を随分召されたようでしてまだお休みのようです」
「え・・・そうなんですか?」
珍しい事もある。
あの人が滅多に酔い潰れないと聞いていたが。
だが、急ぎの任務がないのにわざわざ叩き起こすのも悪いか。
「では、もう暫く休ませていただけますか?私は次の仕事に向かわないといけませんので」
「承知致しました」
「それと、よろしければらこちらは二日酔いと喉に効く薬です。
必要であればご利用ください」
「これはこれは・・・ありがとうございます」
見送り不要と伝え、は澄んだ空気の中を歩き出す。
なんだか置いてけぼりのような形にしてしまった事が、僅かに申し訳なさを抱かせる。
(「あー。無駄になっちゃったかな・・・」)
昔を思い出し、思わず手折ってしまった一輪。
あの人が言ったことを思い出し、今度は自分が祝う側にと思ったが・・・
「・・・臥いまろび恋ひは死ぬともいちしろく、色には出でじ朝顔の花」
仕事仲間、それだけの間柄。
それだけの筈だった。
いつからだろうか、そうじゃなくなってあの人に対して素直になれなくなったのは。
(「届けるにしても、こんな一輪じゃなぁ・・・
任務入ったら届けるなんて無理だし、かと言って縹にお願いするのもーー」)
「どーこ行くんだおめぇーはよ」
「!」
気配が無いのに、突然その人は現れた。
神出鬼没で登場した、まだ屋敷に居るはずだと思ってたその人には本気で驚き言い返した。
「え・・・なんで宇髄さんが居るんですか?」
「こっちの台詞だ。上官置いて帰還とはいい度胸だな」
「いやいや、深酒したって聞いたので起こしては悪いかと・・・
それに私は任務がーー」
「嘘つけ、新しい任務入ってないだろうが。
そもそもんな理由でお前が、神である俺から逃げられるとでも思うな」
「逃げるなんて人聞き悪い・・・」
申し訳なさはあったが、あえて悪者のように言われるのは心外過ぎる。
「男性としては綺麗な女性に祝われる方が嬉しいだろうと思ったのでお邪魔しないように気を遣ったつもりだったんですが」
「は?」
「だから、助けた屋敷の娘さんが宇髄さんを大層好いていたように見えたので」
「はあ?」
「ですから、気を利かせたつもりなんです。
ご自分で誕生日って仰ってたじゃないですか」
「はあ・・・お前な・・・」
ぐったりと頭を抱える天元に、は盛大に首を傾げた。
その反応にどう返すのが正解か分からない。
「?私、何か失礼しましたか?」
「」
「はい?」
「俺はな、他の女じゃなくて嫁のお前の口から祝われたいんだけど?」
「嫁の話は断ると散々言いました」
同じ話を蒸し返す天元にきっぱりと同じ文句をは返す。
いつもならまた同じようなやり取りが続くが、今回は違って天元がビシッと眼前に指を突きつけた。
「いいから、その口で言え」
「言えって・・・そういう祝われ方で良いんですか?」
「そりゃぁ一番は、褥の中でーー」
ーーポスッーー
朝っぱらから聞くに耐えない言葉を、が天元の顔面に手折った一輪で阻んだ。
「んだこりゃ?」
「西洋では誕生日に花を贈る習慣があるそうです。
珍しい色でしたので、もし良ければ受け取って下さい」
天元の顔面に当たったのは、細い竹筒に挿された白い桔梗だった。
ぽかんとしながらも受け取った天元。
居心地悪そうにそっぽを向いていたは、意を決したように天元を見上げ口を開いた。
「お誕生日、おめでとうございます」
>おまけ
「・・・いやいや、お前何言ってんの?」
「さっきから童でも理解できる日本語しか話してません」
「ガキじゃねぇんだ、コレだけで満足できるか!」
「要らないなら受け取らないで下さいよ!」
「うるせぇ!ならメシ食いに付き合いやがれ!」
「はあ!?そん・・・いや、それなら付き合います」
「おし、んじゃ行くぞ」
天元さんハピバ
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2020.10.31